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第四十一話 秘密

 今回、また少し長めです。

 夢を見ていた。普段ならこれが夢だとわからないのに。夢だとわかってしまっているから、こんなにも辛いのだ。


 お母さんとお父さんが、笑いかけてくれて。

 一緒にご飯を食べて。

 自分は嫌だけど勉強をして。

 そしたら、お母さんもお父さんも褒めてくれた。

 夢の中の自分は笑っている。

 そしてその日、自分は逃げた。

 お母さんもお父さんも一緒に、一緒に逃げて! そう思うのに、夢の中の自分は一人で逃げてしまう。

 この続きはもう見たくない。もうこの夢は何度も見ていて、最初は幸せで、最後には絶望に落とされるのだ。両親の死、という。


 たとえこの二人を生き返らせなかったとしても、あの魔法を教えてほしかった。少しでいいから、希望がほしかった。生き返らすことができなかったら、もっと絶望しただろうが。

 アデライードさまの判断は正しかったのかもしれない。自分でその絶望を味わったから、弟子の自分には同じ思いをさせたくなかったのだろう。

 だけど。

 やはり、納得しきれることではなかった。


 そんなことを考えていても、夢の中の自分は家に戻ってきて。

 扉を開けてしまった。

 そこにあるのは、大好きだった両親の死体。

 そして自分――ノエルは、村人を皆殺しにするのだ。

 目が覚めたとき、寝台は涙でぬれているだろうな、と思った。


     * * *


 人の気配がして、ルーシェルは目を覚ました。体を起こし辺りを見回すも、横で寝ているセリア以外誰もいなくて首をかしげる。ノギスはそこで寝ているし、この気配は人間だったと思ったのだが。


(……う~ん、気のせいか)


 そう思いまた目をつぶると、首をくすぐられた。


「……誰?」


 眠いからか、反応が鈍くなる。首をくすぐられてもあまりきかないが、普通だったらびっくりして悲鳴を上げるくらいはしただろう。


「ふむ、君にくすぐりはきかないのか……」


 この声は確か……。昨日聞いたばかりだったと思うのだが、頭が働かず思い出せない。

 目を開けると、すうっとアデライードが現れた。

 これも魔法でやったのか、とのん気にそう思う。


(あ、でも、ノエルはこんな魔法教えてくれなかった)


 ぼうっとして何も言わないルーシェルを、アデライードは不満そうな顔で見る。


「何だ、その反応は。驚かないのか……。ノエルはこの魔法を使えないのに」

「ああ、やっぱりそうですよね」


 横になったままでは失礼かと思い、セリアを起こさないようゆっくり起き上がって身なりを整える。こんな日に限って、寝癖がすごい。手でとかしていると、アデライードは苦笑してくしを出した。


「とかしてやろう」


 どこからも取り出したそぶりはなかったから、おそらく『創造』の魔法で作ったくしだろう。

 大人しくアデライードに背を向けて座ると、彼女は丁寧にとかし始めた。


「……セリアはなぜここに?」

「僕と会っていることがばれて、村に帰れないそうです」


 本当に、セリアと友人になって良かったのだろうか。

 彼女はルーシェルと友人になったせいで、殺されたのだ。


「こら、下を向くな。とかしにくい」


 そう言われ、慌てて前を向く。


「……君はセリアを、『蘇生』の魔法で生き返らしたのだったな」

「はい」

「少し、私の話を聞かせてやろうか」


 何だろう、と振り返ると、また怒られてしまった。どうやら、とかし終えるまでアデライードの顔を見てはいけないらしい。

 アデライードは、何をしにきたのだろうか。

 髪をとかされながら、ふと疑問になった。

 セリアのことを気遣ってか、アデライードは小さな声で話し始めた。


「昔の話だ。もういつだったのかさえ覚えていない。私は、ユルヴァンという人間の男に出会った。……クロードに会った時は一瞬ユルヴァンかと思ったよ。それくらい、クロードとユルヴァンは似ていた。性格は全く違うようだがな。ユルヴァンは何というか……女にとことん甘い性格だった」


 フィルマンだ、と思った。

 あの変態もクロードに似ていて、ユルヴァンもクロードに似ている。しかも女に甘いとは。

 クロードの一族には、フィルマンの子孫もいるだろう。逆に、昔には先祖もいる。ユルヴァンの子孫が、フィルマンとクロードなのだろうか。そこまで容姿が似ていると、血がつながっているとしか思えない。


(あ、一族ってことは、みんな血がつながってるのか)


 考えてみれば当然のことだ。フィルマンとクロードは、ユルヴァンの血を濃く継いだのだろうか。一族の男が皆、あの顔のわけではないだろう。

 アデライードは話を続けた。


「ユルヴァンに私を封印しにきたのか、と問うと、彼は君を口説きにきたんだと言った。一瞬冗談かと思ったが、そんなことを言っている顔ではなくてな。……ルーシェル、君はセリアと友人になる時、一度は断ったのではないのかい?」

「断りましたよ、当たり前です」


 本当にその人のことを思うのなら、友人になんてなるべきではないのだ。

 結局は、セリアと友人になったのは自分のためなのだ。彼女も自分のためだと言っていたから、お互いさまなのだろうか。


「私も断ったのだよ。だが、毎日ユルヴァンは私を訪ねてきた。……根負けしたよ。一年以上も毎日来られてしまってはな。その時には……私も彼を好きになっていた」


 何となくこの話の結末がわかってしまって、ルーシェルは黙って話を聞いた。


「私たちは、誰にも言わずひっそりと会い続けた。……だが、秘密というものは、結局はばれてしまうものなのだよ。会い続けた結果が……セリアと一緒だよ」

「……ユルヴァンさんは、亡くなったんですか」

「ああ。『蘇生』の魔法を知っていても、使えなくては意味がない。『蘇生』の魔法を知っていても、使える魔女は本当に一握りなのだよ。ルーシェルのような魔女は珍しい。……さあ、終わった。これでいいか?」


 言われて髪に触ると、寝癖はなくなっていた。普段よりサラサラしている気がする。


「話を続けるよ」


 ルーシェルは立ち上がり、椅子にきちんと座った。アデライードも座って、『創造』の魔法で作ったのか、いつの間にか紅茶を飲んでいた。


「……『蘇生』の魔法はユルヴァンから教わった。今でも信じられないが、ユルヴァンがその魔法を作ったらしい。……彼は術というものを使ってな。ルーシェルも知っているだろう?」

「人間を守るもの、ですよね」


 アデライードは「そうだ」とうなずいた。


「なぜ、術ではなく魔法を作ったのか」

「……僕も、それは気になっていました」


 どんな理由があるのだろう、とアデライードを見つめると、彼女は真剣な顔をする。


「それは……」


 ぷっと笑ったアデライードに、わけがわからず目を瞬く。


「何となく、だとさ」

「な、何となく?」


 そんな適当な理由で『蘇生』の魔法を作ったかというのか。

 アデライードは、愛しそうに目を細めた。その表情で、彼女がどれだけユルヴァンを愛していたのかがわかる。


「人間が使うより、魔女が使った方が何となくいいと思った。ユルヴァンはそう言ったんだ」

「何となく、ですか」

「そう。何となく、だ」


 フィルマンは、『蘇生』の魔法を知っていた。だが、クロードは知らなかった。これにはどんな意味があるのだろうか。

 そして、あの魔法を使った時の光は一体何なのだろう。


「あの、僕が『蘇生』の魔法を使った時、真っ白な光が出たんですが……。どうしてかわかりますか?」

「それは……おそらく、その魔法が限りなく術に近いからではないか? はっきりとはわからないが。『蘇生』の魔法は術と同じく、人を守るものだからでは、と思うのだが」


 アデライードは『蘇生』の魔法を使えなかったと言ったし、ユルヴァンにその理由は尋ねていないのだろう。光が出ることさえ、知らなかったのではないだろうか。


「……そういえば、アデライードさまは何しにここへ来たんですか?」

「この話を聞いてほしくてな。ノエルには秘密だぞ、すねてしまうからね。彼女にはまだ話していないことだから」


 秘密というものは、結局はばれてしまうと言ったのは彼女なのに。

 今から、ノエルがどれだけすねるか……いや、怒るかを考えて身を震わせる。

 アデライードはどこかすっきりしたような笑みを浮かべて、立ち上がった。


「それではもう、帰るとしよう。ノエルが今頃起きて、私を探しているかもしれない」

「一緒に住んでるんですか?」

「ノエルには居場所がないらしくてな」


 探せばいくらでもあるだろうに。人間が近づかない所が。

 不思議そうにするルーシェルを、ふふっと笑いながらアデライードは『移動』の魔法を唱えた。


「§б‡Й!」


 わざわざ魔法を唱えたのは、そういう気分だったのだろう、と思った。


     * * *


 ノエルが目を覚ますと、思った通り寝台は涙でぐっしょりとぬれていた。


(また見ちゃったわ……)


 あの日からもう、何百回、何千回と見た夢。

 こういう時は一人だと心細くなって、思わずアデライードさまの姿を探してしまう。


「……アデライードさま?」


 どこかに出かけているのだろう。昨日ルーシェルに会いに行くと言っていたから、あの洞窟に行ったのだろうか。

 勝手にしてください、と言ってしまったからには、ルーシェルの所へ行くわけにもいかない。あの後機嫌を直そうとした時、なぜその言葉を訂正しなかったのだろう、と後悔する。


(早く帰ってきて……)


 寂しい。

 アデライードさまに、抱きしめてもらいたい。

 帰ってくるまで眠っていようとも思ったが、またあの夢を見たくはないのでやめておく。代わりに、アデライードさまのために紅茶を作ろうと思い立った。作ったことはないが、見よう見まねでもそれなりの紅茶を作れるはずだ。


(……あら? そういえば、アデライードさまが紅茶を作るところ、ちゃんと見たことがないわ)


 紅茶を作ることは、諦めるしかない。

 ノエルはため息をついて、アデライードさまの寝台まで歩き横になる。先ほどまでアデライードさまがいたのか、まだ少し温かかった。そのことに安心して、ノエルは目をつぶった。この寝台では、あの夢は見そうにないから。


「……ノエル? 私の寝台で、何をしているのかな?」

「ア、アデライードさま!?」


 がばっと起き上がると、アデライードさまが困ったような顔でこちらを見ていた。かあっと顔が熱くなるのを感じる。まだ帰ってこないと思っていたのに、こんなところを見られてしまうとは。


「申し訳ありません! これはその……」

「……ふふっ、わかっているよ。いつまで経っても、ノエルは子供だね」

「あう……」


 アデライードさまの言う通り、自分はいつまで経っても子供だ。

 だから「ほら、おいで」と優しく言われてしまったら、あらがうことができないのだ。

 ノエルは彼女に抱きついた。アデライードさまは背が高いから、彼女の顔は上の方にある。頭をなでなれながら、顔を見られなくて良かったと思った。なでられるとまた涙が出てきてしまったからだ。だが、アデライードさまの服をぬらさぬよう我慢する。


「泣くのを我慢しなくともいい」


 顔なんて見なくとも、アデライードさまには何でもわかってしまう。そのことが恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。










 やはり自分は、この人のことが大好きだ。




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