第四十話 妖艶な魔女
こんなタイトルって、やっぱり駄目ですか?
鍾乳洞に戻ると、アデライードさまは魔法で作った椅子に座って、のんびりと紅茶を飲んでいた。
彼女が帰ってからノエルがここに来るまでの間に、紅茶を用意する暇などなかったはずなのだが。もしかして、珍しく魔法で作ったのだろうか。紅茶だけは、いつも自分でちゃんと淹れているのに。
向かいの椅子に座って、アデライードさまに尋ねる。
「アデライードさま。その紅茶は?」
「これか? 久しぶりに魔法で作ったのだが……やはり不味い」
わかっていたのなら作らなければいいではないか。
顔をしかめながらも、それでも飲むのをやめないアデライードさまに呆れてしまう。今日は何だか変だ。時々変になるのだが、今日は少し違う気がする。
ようやく飲み終わったのか、アデライードさまは紅茶のカップを音を立てずに机に置いた。
「さ、飲み終わったことだし。君には、私に訊きたいことがあるんじゃないのかい?」
「……あります。なぜ、私に『蘇生』の魔法を教えてくださらなかったのですか?」
「逆に訊こう。君は母親と父親、どちらを生き返らすつもりだった?」
その問いに、ノエルは答えられなかった。
どちらを生き返らせたのか。
おそらくあの時、どちらを生き返らせてもノエルは後悔しただろう。
(……どっちも、大切だったもの)
そんなこと、決められない。
アデライードはため息をついた。そのことに、ズキリと胸が痛む。
「答えられない、か。まあいい。……どちらかを生き返らした後、君は魔法を使えなくなっただろう。そうなったら、私が永遠にノエルを守るのか? あの魔法を使うと魔法は使えなくなるが、寿命は変わらないのだ。私は君より、もう千年は長く生きている。私が死んだ後、君はどうやって自身を守るつもりだった?」
「それは……」
ルーシェルが『蘇生』の魔法を使ったことで、その後外見が変化しないことはわかっている。髪も瞳も黒いまま、魔法が使えずどうやって生きていくのか。
「だから、君に教えなかったのだ。それに、期待させてもしノエルが『蘇生』の魔法を使えなかったらどうする? ……君にまで、そんな思いはさせたくなかった」
どこか遠くを見るような目で、アデライードさまは言った。
「私には、使えなかった。ユルヴァンを、生き返らすことができなかったのだ」
アデライードさまが『蘇生』の魔法を教わったという、人間の男。
この人は、なぜそのユルヴァンという男を生き返らしたかったのだろうか。
じっと彼女を見つめると、こちらを向いて、ふっと悲しそうな笑みを浮かべる。
「ノエルは人間が大嫌いだったから言わなかったが……。私は、ユルヴァンという人間と……その、つまりだな」
珍しく口ごもる。
「……こ、恋仲だったのだよ」
「………………は?」
恋仲の意味は、確か互いに恋い慕っているというものだったと思うのだが? ノエルの知っている『恋仲』と、アデライードさまの言っている『恋仲』は違う意味なのだろうか。
固まっているノエルの向かいで、アデライードさまは真っ赤になっている顔を手で隠した。
(え、え? その反応は……?)
それはつまり。
(……ふう、空が青いわね)
ここは鍾乳洞の中で、空など見えるはずもない。
現実逃避をしていることに、気付いていないノエルだった。
「……ノエル?」
「はい、何でしょうか」
手の隙間から訊いてくるアデライードさまに、にこやかに言う。
「私とユルヴァンはこ――」
「何でしょうか!?」
その先は聞きたくない。おそらく先ほど聞こえたことは、幻聴だったのだろう。
「こいな――」
「何でしょうか!?」
「……」
「何でしょうか!?」
「いや、何も言っていないのだが」
冷静なアデライードさまの声を聞き、いつの間にか立ち上がっていたノエルは椅子に座りなおした。
アデライードさまの顔が今も赤いのは、絶対に気のせいだ。そうなのだ。
「恋仲だ」
「いやー! やめてくださいそんな冗談! しかも私に遮られないよう、早口でおっしゃいましたね!?」
ここまではっきり言われては、もう気のせいだと思えないではないか。
「そう落ち込むな」
「誰のせいだとお思いなのですか……」
大声を出すのにも疲れた。
ノエルはがっくりと肩を落とした。アデライードさまが大切なことを忘れるのはいつものことだが、流石にこんなことを言ってくれないなんて。ノエルは信用されていないのだろうか。今もあまり人間が好きではないが、人間が大嫌いなときにだって、それを言われてもアデライードさまへの思いは変わらない。それは絶対だと言い切れる。
「ああそうだ。明日またルーシェルの所へ行こうと思うのだが」
「勝手にしてください」
いじけたアデライードさまの機嫌を直すのは苦労した。
* * *
あの二人が帰ると、途端に洞窟は静かになった。
セリアとエデが、まだぽうっとした顔でつぶやいた。
「素敵な人だったわ……」
「うん……あたし、将来あんな人になりたい」
「少々変わっているがな」
余計な一言を付け加えたクロードを一斉に睨む。もちろんルーシェルもだ。
「クロードの」
「クロ君の」
「馬鹿クロードの」
「「「ばーかっ!」」」
その攻撃に参加していないノギスは、呆れたようにルーシェルたちを見ている。
「……ひどくないか? 特にエデ、なぜ馬鹿と二回言った?」
「馬鹿クロードが馬鹿だからなのだ!」
生き生きとした笑顔で言うエデ。
ルーシェルも馬鹿とは言ったが、その言われようはひどい気がする。あくまでも、気がするというだけだが。クロードが馬鹿だという意見には賛成だ。
実際に馬鹿だから。
「……おい、今何かひどいことを考えなかったか?」
「さーあ?」
そしらぬ顔でそっぽを向くと、クロードは諦めたような顔をする。先ほどもこんな顔をしていたな、と思い出した。
その原因は自分たちだとわかってはいるが、彼をからかうのはやめられない。
「まあ、クロ君は置いておきましょう。アデルさん、とっても綺麗だったわね……。女の私でも見とれちゃった」
「うんうん、何ていうか……妖艶?」
「妖艶かあ。そうだね、僕もそう思うよ」
三人が話している間、クロードとノギスは二人で洞窟の隅のほうにいた。
『白猫、お前だけが俺の味方だ……』
『白猫ではなくノギスだ』
そんな会話が聞こえた気がした。
ほんの少しだけ、彼らが哀れだと思った。
前回に比べて短めです。……前回が、なぜか少しだけ長かっただけです。




