第三十九話 茶色の髪
三十話の時点でもうすぐ終わると書いたのに……次で四十話です。多分、本当にもうすぐ終わります。
「……アデライードさまに、ちゃんと謝らなきゃ」
よろしく、と言い合った後、ノエルはそうつぶやいた。ルーシェルたちはそろって首をかしげる。
こうもそろっていると何だか変だ。まあ、三人とも可愛いのだが。普通なら笑ってしまうところだが、生憎そんな気分ではない。
ノエルは両手をぎゅっと握り締めた。
「アデライードさまは、人間に復讐すること嫌がってたんだもの」
無理に協力させてしまった。
アデライードさまは、最初からノエルのために人間に復讐する手助けをしてくれたのだ。大好きな人に嫌なことを無理にやらせてしまうなんて。
そう考えると、いても立ってもいられなくなった。
「ルーシェル、ちょっとあたし行ってくるわ! §б――」
「ちょっと待て」
『移動』の魔法でアデライードさまに会いに行こうとすると、今までずっと黙っていた男がノエルの腕を掴んだ。
「……あ、クロード」
「クロ君、いつからそこに?」
「そういえば、クロードそこにいたんだね」
女三人の反応がひどい。やはり、男は立場的に女より下なのか。
思わず笑ってしまうと、男は顔を引きつらせた。
「……はあ。お前らは本当に……」
何かを諦めたような顔をし、ため息をつく。そして、洞窟の外を指差した。
「外にいるのは、そのアデライードとか言う奴じゃないか?」
「は?」
アデライードさまがいるはずない。この場所に来たことがないのだから、『移動』の魔法は使えないはずだ。いつもいるあの鍾乳洞からここまで、馬で来たって一週間はかかるのに。
だが、アデライードさまなら来ているかもしれないという気もする。
半信半疑で洞窟の外に出てみる。ルーシェルたちはついてこないで、洞窟の中で待っているようだ。
そこには土の壁に寄りかかりながら、うっうっ、と涙をハンカチで拭いている茶色の髪の美女の姿があった。
「……何してるんですか、アデライードさま」
「おわっ!」
女性にふさわしくない声を上げる。「きゃあっ」とでも言ってくれたら面白いのに、とつい舌打ちしたくなった。普段の口調がああだから、そんな声を出すアデライードさまは想像できないが。
「き、気付かれてしまったか……」
「気付きますよ、そりゃ」
気付いたのはあの男だが。『クロード』とか言う名前だっただろうか。ルーシェル以外の名前がはっきりわからない。
アデライードさまは悔しそうな顔をした。
「くっ。腕を上げたな」
「何のですか」
「さあ」
この人は本当に時々変になるな、と呆れてしまう。普段は静かで知的な人なのに、どうしてこう変になるのだろうか?
「……それで、何でここにいんですか」
「ノエル、私に対する態度が冷たくないかい?」
「質問に答えてください」
冷たくても仕方ないだろう。
アデライードさまは唇を尖らせた。
「君に少し『探知』の魔法をかけててね。すこーし『移動』の魔法を改造して、ノエルの所に移動できるようにしたんだ」
「……お伺いしたいことがあるのですが。アデライードさまは『蘇生』の魔法というものをご存知ですか?」
この人はやはりすごい、と元の丁寧な口調に直す。
魔法を改造するのは、そう誰にでもできることではないのだ。相当強い力を持つ魔女でなければできないことだ。
そのアデライードさまが『蘇生』の魔法を知らないなんて、ノエルには思えなかった。
だが知っていたとすれば、なぜ自分に教えてくれなかったのか。アデライードさまに会ったのは村を壊滅させた次の日で、その話はしてある。あの時に教えてくれたら、両親はまだ生き返らすことができたかもしれないのだ。
「えっ、と。それはだな」
アデライードさまは視線をさまよわせた。この反応は知っているに違いない。
じっと彼女を見つめると、観念したように肩を竦めた。
「知っていたよ。人間の男に教わってな」
「!」
ルーシェルは事実を言っていたのだ。
「洞窟内にいるあの男と似ていたな。確か、ユルヴァンだったか? 変な男だったよ。魔女である私を恐れず、魔法を教えるとはな。『蘇生』の魔法なんてものがあるなんて、その時まで知らなかった。……さて、ノエル。そろそろ私は洞窟に入り、ルーシェルたちに挨拶をしたいのだが」
「あ、ええ、そうですね……」
洞窟の中に入りながら、ノエルの頭は疑問でいっぱいだった。
なぜ知っていたのにも関わらず、教えてくれなかったのだろうか。
アデライードさまのことだから必ず理由があるはずだが……。
(……あら、そういえばルーシェルに説明しておくの忘れてたわね)
茶色の髪の魔女。
ルーシェルは、目を見開きアデライードさまを見つめていた。
* * *
入ってきた女性は、この辺りでは珍しい褐色の肌をしていた。
だが今ルーシェルが驚いているのは、そこではない。
(茶色の……髪?)
外で話していた時、ノエルはこの女性を『アデライードさま』と呼んでいた。だからこの女性がアデライードであっているはずだ。
だがその髪は、魔女の証である黒髪ではなかった。
「こんにちは、ルーシェル。ノエルから話は聞いているよ」
「はっはいっ。こんにちはっ!」
慌てるルーシェルを見て、アデライードは微笑んだ。
その笑みがやけに色っぽくて、女であるルーシェルでさえ、ぽうっと見とれてしまった。いや、それだけでなくセリアとエデも見とれている。だが、男であるはずのクロードは何の反応も示さない。
クロードの反応に、ノエルはキッと彼を一瞬睨んだ。一瞬だったのは傍にアデライードがいたのと、先ほどセリアとエデに「よろしく」と言ったからだろう。
「驚いているようだね、この髪」
「いえっそんなことはっ」
慌てているせいか、何だか語尾が上がってしまう。
「正直に言っていいんだよ。ノエルも驚いていたからね、出会った時は」
「その話はやめてください……」
苦々しく言うノエル。出会った時、どんなことがあったのだろうか。
とても興味がわいたが、ノエルが本当に言ってほしくないように見えてやめた。
「まあ、その話は置いておこう。……改めて名乗るよ。私は魔女のアデライード。外での話が聞こえていたなら、わかっているはずだがな」
アデライードは自分の茶色い髪を引っ張って見せた。
「この通り、私の髪は黒ではなく茶色だ。瞳の色は黒だが。どうしてこうなったのか、私自身もわからない」
この間ルーシェルがセリアが嫌うなど、髪の毛が黒くない魔女ほどありえないと考えたが。実際にそんな魔女がいるのなら、ルーシェルがセリアを嫌いになることもありえるのだろうか。
絶対にないとはもう、言い切れなくなってしまった。
「さ、君たち一人ひとりに自己紹介をしてもらおうか。ノエルも、君たちの名前を把握していないようだからな」
図星だったのか、ノエルがそうっとルーシェルたちから目を逸らす。
「僕はルーシェルです。ノエルから聞いてると思いますけど」
「私はセリア。……ええっとアデルさんって呼んでもいいですか?」
「ふむ、アデルさん、か。いいだろう」
ノエルは殺気を出したが、アデライードは笑顔でうなずいた。
「あたしはエデだよ。丁寧な言葉づかいって苦手なんだ。だからこの口調で話すけどいいかな?」
「構わない」
「……俺はクロードだ。エデと同じく、この口調で話す」
「ノギスだ。白猫だが、これでも一応ルーシェルの使い魔をやっている」
「ほう……」
興味深そうに、アデライードは目を細める。ノギスのことはノエルが説明していると思ったのだが、違ったようだ。
アデライードはくるり、と振り返って、後ろにいるノエルに声をかけた。
「だ、そうだ。ノエル、皆の名前を覚えたか?」
「意地悪ですね……アデライードさま。まあ、覚えましたけど」
「……あ、そういえば言い忘れてたが、龍神はここに来る前に解放したぞ」
いきなりそんなことを言う。アデライードはノエルがここに来て、心変わりすることをわかっていたのだろうか。
大切なことだと思うのだが、今言うということは本当に忘れていたのだろう。
ノエルは呆れて声も出ないようだった。
「……そんな大切なことは、先に言ってください」
「おや? またノエルが冷たくなってしまった」
「当たり前です」
先ほどとは違い、ノエルの言葉にはアデライードを敬う気持ちは入っていない。
「龍神には私から謝っておいたから、心配はするな。そもそも龍神と私は、昔からの友人だからな。まあ、龍神は人ではないのだが」
「ゆう、じん?」
「そうだ。友人だ」
アデライードは無邪気な笑顔で言う。
(……ノエル、もうそろそろ限界なんじゃないかな)
爆発しそうだ。
「……ほんっとうに! あなたは! 最初から私に協力してなかったんですね!」
「いや、したが。ああ、それからエデの両親と……あの男も解放しておいたぞ」
あの男、と言った時意味深な目でエデを見る。その視線に気付いたエデは、なぜか顔を真っ赤にさせて口をぱくぱくした。
「その人たちもですか!? そんな大事なこと、もっと早く言ってくださいよ!」
「今思い出したんだから、仕方ないだろう」
「仕方なくありません! ……はあ、もう疲れました。あたし先に帰ってますね」
ゼーゼーと肩で息をしながら、ノエルはがっくりと肩を落とした。
「なら、私も帰ることにしよう。さらばだ!」
魔法を唱えたわけでもないのに、一瞬にしてアデライードの姿が消える。ノエルはそれを見て、もう一度ため息をついた。
「はあ……。アデライードさまは時々変なのよ。気にしないでちょうだい。それから、アデライードさまは無詠唱で魔法を使えるの。びっくりしたかしら?」
「無詠唱? へえ、そんなのができるんだ」
そういえば、フィルマンも術を唱えていなかった気がする。
(あ、フィルマンといえば)
先ほど洞窟の外でアデライードが言った、『ユルヴァン』とは一体誰のことなのだろうか。人間の男だったのだから、魔女ではない。それなのに『蘇生』の魔法を知っているとは。フィルマンが知っていたのは、そのユルヴァンという男から聞いたからなのだろうか。
もしかしたら『蘇生』の魔法を作ったのは、その男なのかもしれない。
「それじゃ、また来るわね」
ノエルが『移動』の魔法を唱えた。何の光も出ずに、その姿は見えなくなる。
『蘇生』の魔法を使ったとき、なぜ真っ白な光が出たのだろう。
(う~ん、わからないな……)
またアデライードに会って、話を聞きたいと思った。
彼女だったら、理由を知ってそうな気がしたから。
いつもより少し長めです。




