第三十八話 お人好し
今回、会話が多いですね。
魔法が使えない。
そのことに焦りはしても、あまり驚かなかった。これが、フィルマンの言っていた『ある物』なのだろうと。
だが、魔法が使えないとなるとどうしようか。
(クロードより……ノエルはきっと強い)
セリアはもともと戦えないし、エデは人質を取られている。ルーシェルは魔法を使えない。ということはクロードしか、ノエルと戦える者がいないのだ。
だがクロードでは、彼女に太刀打ちできない。
「ふん。やっぱり、ルーシェルにはあたしは攻撃できないの?」
「……違う。僕は魔法を使えなくなったんだ。セリアを生き返らせた代償に、ね」
魔法はもう、使えるようにはならない。そうと決まったわけではないが、何となくわかった。これが魔法を使えなくなったのか、それとも髪が黒い『人間』になったのか。それはわからなかったが。
ノエルは一瞬驚いた顔をし、それから何かを思案するような顔をした。
「代償、ね? それだけの代償で生き返らせられるなら……あたしは、お母さんとお父さんのどっちを生き返したかしら」
一人しか駄目なのよね、と眉をひそめる。
「……まあいいわ。そんなこと。予定通り、このままあたしは復讐を実行するもの。龍神は解放しないわ」
そんなこと。
そんなことでは、決してない。それはノエルもわかっているだろう。おそらく、どちらを生き返したか考えたくないだけなのだ。
「……ノエル。君は本当に、人間が嫌いなの?」
「何言ってるのよ。当たり前じゃないの」
怪訝そうにルーシェルを見るノエル。
確かに彼女は、人間が嫌いなのだろう。だが、ただ嫌いなだけではないと思うのだ。
ノエルは、自分の両親が大好きだ。その両親も『人間』だ。両親が大切に育ててくれたなら、ノエルだって人間が全員悪いわけではないとわかっているはずだ。
「だって、ノエルのお母さんとお父さんも人間なんだよ?」
「お母さんとお父さんを、人間と一緒にしないで!」
「……憎むのは、殺した人だけでいいんじゃない?」
犯人だけを憎めば、それでいいと思うのだ。人間を憎むのは違う気がする。
ルーシェルがそう言うと、ノエルは顔を歪め吐き捨てるように言った。
「ルーシェルなら、絶対そう言うと思ってたわ! ……あなたのそういう優しいところ、あたしは嫌いよ」
「うん」
ルーシェルはただうなずいた。何かを言ってしまったら、ノエルが泣いてしまいそうだったから。
「……あたしも、そう思えたらよかったのに」
「うん」
「ルーシェルが川で助けた人間の子。あの子みたいに、いい子もいるのに」
ノエルがぽつり、ぽつり、と話すのを、皆静かに聞いていた。
「……あたしだってね。何もしていない人間まで殺すのは、きっと間違ってるってわかってるのよ。だけど、それを認めたくなかった。
お母さんとお父さんを殺したのは『人間』なんだから、人間は憎まなきゃ駄目って。……あの時、あの村にはどれぐらいいたのかしら。何も知らない人間が」
「あの村?」
「あたしが住んでた村。お母さんとお父さんを殺した犯人は、きっとあの村にいたわ。だからあたしは、あの村の村人たちを皆殺しにした。『地震』の魔法や『炎』の魔法。いろんな魔法を使ってね」
その中には、何も知らなかった人間もいたのだろう。何も知らなかったし、何もしていないのにノエルの魔法によって殺された人間。
まだ小さな、生まれたばかりの子供だっていたはずだ。これから様々なことを体験し、幸せになるはずだったのに。
その人間たちの命を、ノエルは奪った。
許せない、と思っても、彼女にそれを言うことはできなかった。
「でも……もう済んだことよ。今更何を言っても変わらない。……あたしは、人間に復讐するの」
「……もうやめない?」
こんなノエルを、もう見ていたくなかった。後悔し、傷ついているノエル。彼女は今、どんなことを考えているのだろうか。
座っていたノエルの腕をぐいっと引っ張り、立ち上がらせる。
「何するのよ」
「いや……あのさ、ノエル。セリアとエデに謝らない?」
何のためにそんなことを、とでも言いそうにノエルは顔をしかめる。
「それでさ。クロードの術で、髪と瞳の色を変えられるんだ。そしたら、どこでも行けるよね?」
セリアとエデは許してくれないかもしれない。普通は、あんなひどいことをして許せるはずがないだろう。
「ほら、謝って」
だが、許してくれるかもしれない。
そうなったら、ルーシェルはノエルも一緒に、いろんな所へ行きたい。皆で。
迷っているようなノエルを、セリアたちの方へ押し出す。迷っているなら、本当はノエルも謝りたいと思っているのだろう。
「……ノエちゃん。私、あなたを許せないわ」
「あたしもだよ」
セリアとエデの厳しい顔に、ノエルはうつむいた。
(……昔のノエルだったら、とっくに二人を殺しちゃってたよね)
何がそんなに、彼女を変えたのだろう。それとも最初から、ノエルは素直になれなかっただけなのだろうか。
二人はうつむいたノエルを見て、ふっと表情を和らげた。
「だけど、ノエちゃんが謝るんだったら。私は許してもいいかなって思ってるんだけど」
「右に同じかな?」
「……ディーちゃん、私はあなたの左側にいるんだけど?」
「小さいことは気にしない気にしない!」
セリアとエデののん気な会話に、思わずルーシェルもノエルと一緒にぽかんとしてしまう。こんな簡単に許してくれるとは、流石に思っていなかった。
「あっ、ノエル、早く謝りなよ」
はっと我に返ってノエルを見る。
彼女の顔を見て、おお、と何だか感動してしまった。ノエルのこんな間抜けな顔は初めて見た。これは、セリアとエデに感謝しなければ。
「……」
「ほら早く」
そうせかすと、ノエルはそっぽを向いた。
「しょ、しょうがないわね。そこまで言われたら、謝ってあげるわ」
「はは、全く謝ってるように聞こえないよ?」
どこまでも高飛車な物言いに、苦笑してしまう。もう少し素直になればいいのに。そっぽを向いたノエルが照れているとわかっているのは、おそらくここではルーシェルだけだろう。
「……悪かったわよ」
しぶしぶと言い直すノエルに、セリアとエデは笑顔で言った。
「よろしくね、ノエちゃん」
「よろしく、ノエル」
人間にこんな風に笑顔を向けられたのは、初めてだったに違いない。
ノエルは戸惑ったような顔をした後、今までで一番の笑みを浮かべた。
「……よろしくお願いするわ」
それさえも高飛車に聞こえてしまうのは、仕方ないことだろう。
* * *
ルーシェルも大概お人好しだが、この二人もお人好しだ。
(……あたし自身、ひどいことをした自覚はあるんだけど)
二人ののん気な会話を聞きながら、それでも許してくれる二人に、呆れてしまう。
「あっ、ノエル、早く謝りなよ」
ぽかんとしていたルーシェルが、我に返ってノエルに言う。その口が小さく「おお」と動いたのを、ノエルは見逃さなかった。自分は今、間抜け面をさらしているのだろうか。
「……」
つい黙ってしまうと、「ほら早く」とせかされた。
そうは言われても、生まれてこの方一度も謝ったことがないのだ。謝り方なんてわからない。
ノエルはそっぽを向いて、自分なりに精一杯謝った。
「しょ、しょうがないわね。そこまで言われたら、謝ってあげるわ」
「はは、全く謝ってるように聞こえないよ?」
ではどう謝ればいいのだ。
しぶしぶと言い直す。
「……悪かったわよ」
何も言われなかったから、どうやら合格らしい。
視線を二人に戻すと、その眩しい笑顔に戸惑ってしまう。
「よろしくね、ノエちゃん」
「よろしく、ノエル」
両親以外に、こんな純粋な笑顔をした人間を見たのは初めてだった。そもそも、自分は両親以外の人間に笑いかけられたことがあっただろうか。
「……よろしくお願いするわ」
気付けば、その言葉が口から出ていた。
この会話の間、忘れ去られていた男と白猫をかわいそうと思ったのは秘密だ。
次の投稿は、きっと明日の午後になると思います。




