第三十五話 魔女の友達
ルーシェルに抱きついていたノエルは、打って変わって剣呑な顔をしエデとクロードを見た。その目は二人を射殺しそうなほど鋭い。二人がびくっと震えたのも仕方がないことだろう。ノエルの視界に入っていないだろうノギスも、そうっとノエルから距離をとった。
「ルーシェルの封印が解けた時から見てたけど……。この女と男、気に入らない。殺しちゃうけどいい?」
「なっ! やめて、ノエル! この二人、というか、人間は殺してほしくないって言ったよね?」
さらっと殺すなんて言う、ノエルの気持ちはやはり理解できない。
「……って、見てた?」
彼女に見られてた覚えはない。
首をかしげると、エデとクロードに向ける表情とは全く違う顔になる。千年前から彼女は変わっていないのだな、と呆れてしまう。好きな相手と、その他の相手。相手によって、ノエルの態度は全く違う。
「ええ、ずーっと見てたの。どれだけあたしがこいつらを殺したいと思ったか……。本当に殺しちゃ駄目なの? おかしいじゃない、封印されたのに人間を憎まないなんて。しかもこの壺、ルーシェルの魔力が入ってる。魔法が使えなかったら、魔女はもう生きていけないのに」
やはりそうだったのか、と思わずルーシェルは壺に手を伸ばした。
「ノエル、それをくれない?」
「ええ。最初からそのつもりだもの。あたしがこの壺を守ってなかったら、ルーシェルの魔力は悪用されてたかもね」
ノエルが、壺をルーシェルに放り投げた。落とさないよう受け止め、その壺を大切に持つ。
これで、セリアを生き返らせることができるのだ。
「で、質問の答え聞かせてくれない?」
心底不思議そうに、ノエルが首をかしげる。確かに、封印され魔力まで奪われたのに憎まないなんて、おかしいと思うだろう。
「……ノギスから聞いてないかな? 僕は、自分の意思で封印されたんだよ」
魔力を奪われたのは想定外だった。だがそれも、ルーシェル自身が願っていたことなのだ。
ノエルは信じられない、という顔をする。
「何でそんなことしたのよ。そのせいで……あたし、寂しかったんだから。人間はもともと大っ嫌いで、魔女でもルーシェルとアデライードさま以外は嫌いなのに。ルーシェルがいなくなったから、あたしはアデライードさまとしか話してないのよ?」
アデライードさまとはノエルが敬愛する、彼女の魔法の師だ。アデライードという魔女がノエルに魔法を教えてもらったのだから、ノエルに魔法を教えてもらったルーシェルにとっても師に当たるのかもしれない。会ったことはまだないが。
「それでね、人間に復讐しようと思って。アデライードさまにどうしたらいいか訊いたら、あっという間に皆殺ししちゃうより、じわじわ苦しめた方がいいっておっしゃったのよ」
(復讐?)
もしかしなくとも、それはルーシェルが封印されてしまったからなのだろう。
ルーシェルは人間に復讐してほしいなんて、少しも思っていない。だからそんなことしてほしくないのに。
じわじわと苦しめるなんて、一体何を? ノエルは、アデライードに言われたことなら何でもやってしまうのだ。ルーシェルが止めても、絶対に言うことを聞かない。
「だからアベルに、この世界の文明を発達させないようにしたの。あ、アベルはアデライードさまの所にいるわ。ルーシェルに会えなくて、残念がってたけど。
それから……えーっといつだったっけ? あたしは龍神を捕まえたの。そしたら雨が降らずに、人間は餓死しちゃうと思って。ま、他の生き物も餓死しちゃうだろうけど、そんなこと知ったこっちゃないわ」
「……え?」
黒い狼はやはりアベルだったのか、とか、じわじわと苦しませるとは餓死させることだったのか、とか色々なことが頭に浮かんだが、一番気になったのはノエルが龍神を捕まえたということだった。
龍神は神だ。神が、ただの魔女に捕らえられるわけがない。どんな魔女よりも強かったろうあの変態だって、巫女であるセリアには敵わなかったのだ。セリアが仕える龍神が、ノエルに捕らえられたなど信じられなかった。
絶句しているルーシェルを見て、ノエルはぷくっと頬を膨らませた。
「あら、その顔は信じてないのね」
「だって……神さまなんだよ? どうやって捕まえられるって言うの?」
簡単よ、と得意げに人差し指を振る。
「あそこで死んじゃってる子を、人質に取ればいいの。龍神はあの子を大切にしてたもの。もし反抗したら、あの子を殺すって脅したのよ」
「……」
以前のルーシェルだったら、ただ苦笑して諫めるだけだっただろう。自分だって、人間をあまり好きではなかったから。ノエルが人間にひどいことをしても、それくらいの反応をするだけだった。
だが、今は違う。セリアとクロード、エデ。アーサーとアンソニーと……あと、指輪を売ってくれたおばさん。
それだけの人間と、知り合った。人間からしてみれば、それしか知り合いがいないと言うかもしれない。それでも、ルーシェルにとってはとても多いのだ。人間と触れ合い、好きになった。
(セリアを人質に……)
悲しむだろうな、と思う。自分のせいで、大好きな龍神が捕らえられてしまったら。セリアの口から龍神のことは少ししか聞いていないが、セリアが心から龍神を愛していることは伝わってきた。
だから、ノエルのことが許せなかった。
「ノエル……。君は僕のためにやってくれたんだろうけどね。僕にとって、それはしてほしくないことだよ。僕はセリアも……」
黙ってルーシェルとノエルの会話を聞いていた二人に、目をやる。
「エデもクロードも、大好きなんだ。それにステルダって町で人間と触れ合って、人間を好きになった」
「そんなの――」
「きっと、僕が魔女だって気付いたら恐れるんだろうけど」
ノエルは何かを言おうとして、口を閉じた。
そして、クロードとエデを睨んだ。
「あんたたちのせいね……! ルーシェルが、こんな変なこと言うのは!」
「違う! 僕は本当に、人間を好きだって思ってる」
そう言ってノエルの腕を掴むと、彼女は首を横に振った。
「違わない。いい? ルーシェルは、こいつらに騙されてるの。……はあ、ほんとは死んでなければあいつも殺したかったんだけど」
もう死んでるなら、死体をめちゃくちゃにするだけで我慢する、とノエルは笑みを浮かべた。その顔はとても可愛いはずなのに、恐ろしく感じた。
「でも、この女と男はどうしようかしら。アデライードさまに言われたよう、じわじわ苦しめてから殺した方がいいわよね」
「ノエルやめて!」
悲鳴のように叫ぶと、ノエルは一瞬こちらを向く。
ルーシェルは目に涙を溜め、声を張り上げた。
「ノエルがそんなことするなら、僕は君を攻撃する! どうやったって、この三人が殺されるのを阻止する!」
友達と戦うのは、本当は嫌だ。
これでノエルが諦めてくれたら、というのがルーシェルの切実な願いだった。
見直ししていないので、誤字脱字あるかもしれません……。すみません。




