第三十二話 現実
二度目の投稿。
嘘だ、と思いたかった。
セリアが死んだなんて、思いたくなかった。
だが、ルーシェルの目の前で冷たくなっているセリアは、どう説明できるのだろう。
(……あ、そうか、夢なんだ)
何だ、夢か。
そう思うと、ルーシェルの顔には笑みが浮かんだ。涙も出なかった。セリアが死ぬはずがない。これはきっと夢で、本当はセリアは死んでいないのだ。目が覚めたら、いつもと変わらない日々がまた始まる。
「……ルーシェル?」
「ん? どうしたの、ノギス」
笑顔で首をかしげるルーシェルを、ノギスは変なものを見るような目で見つめた。
「それはこっちの台詞だ。こんな時に、なぜお前は笑っている?」
「こんな時? だってこれは夢でしょ? セリアが死ぬはずない。そう考えたらおかしくなっちゃって。まあ、夢の中のノギスに説明しても無駄か」
早く目、覚めないかな~とつぶやくと、ノギスはおもむろに口を開いた。
「……ルーシェル、手を出せ」
何をするつもりか知らないが、ここは夢の中だ。深く考えなくともいいだろう。
そう思って右手を出すと、ノギスが爪を出した。普段は絶対に出さないのに。
え、と言うより先に、ノギスの爪がルーシェルの手の甲を引っかく。鋭い痛みが走って、ルーシェルは思わず目をつぶった。
「――っ!」
「その痛みが、夢だと思うか?」
「は……はは、痛みまである夢なんて、初めて見た」
引きつった笑みを浮かべるルーシェルを、ノギスはじっと見つめる。
しばらくし、ルーシェルは首を横に振った。
「ゆ、夢だよ。夢なんだって!」
それでも、ノギスはルーシェルから目を離さない。じっとこちらを見つめる目が、これは現実だと言っている気がして怖くなった。
現実のはずがない。
ノギスにひっかかれた右手は痛いが、痛みを感じる夢だってあるはずだ。だから、これは夢なのだ。
自分にそう言い聞かせる。そうしないと、セリアが本当に死んでしまったのではないかと考えてしまって。
「……こいつの、墓を作ろうか」
墓。
今までの人間たちには作れなかったもの。それを、セリアに作るのか? 冷たくなったセリアを、地面に埋め、墓を作る。それをしてしまったら、いくら夢でも――
「お前の手を見てみろ」
のろのろと手のひらを見ると、そこにはべっとりと血が付いていた。自分の血ではない、セリアの血が。
「違う! これは夢、で、セリアは、死んで、なくて……」
目の前にいるセリアは
「だっ、て。まだ、セリアの……誕生日、お祝いしてな、いのに……?」
死んでいる
「セリ、アと友人になっ、て、まだ。一ヶ月、も経ってな……」
死んでしまったのだ、セリアは。もう話せないし、笑顔も見れないのだ。
セリア、と呼んでも返事をしてくれない。
ルーシェルの目から、涙があふれた。
「う……死ん、じゃ……ひっ、ったの? セリア……」
「そうだ。死んだんだ、こいつは」
無感動な声で言うノギスにカッとなる。
「何でそんなに平気でいられるの!? ノギスは……セリアのこと、どうとも思ってなかったの!?」
* * *
どうとも思っていなかったわけがない。
ノギスは泣きながら怒鳴るルーシェルを、自分でも不思議になるほど冷静に見ていた。
「そうだよね、ノギス、セリアのこと嫌いなんでしょ!? セリアの誕生日をお祝いしたかったのは、ただ自分だけ仲間はずれなのが嫌だったんだよね!」
「……」
「何も言わないってことは、そうことなんだ! いいよ、ノギスがセリアのことをそんな風に思ってたなら、僕は君との契約を破棄する!」
それもいいかもしれない、と思った。今ここで契約を破棄すれば、ノギスの寿命はここで終わる。悲しむルーシェルを、これ以上見たくないのだ。
もともと、ルーシェルに拾われなければ死んでいた。だったら今ここで死んでも、変わらないではないか。
「いいぞ」
気付いたら、勝手に口から言葉が出ていた。
ルーシェルは目を見開いてノギスを見る。
「するならさっさとしろ」
「――っ何で!?」
何で、とはどういうことだろう。
「僕、ほんっとうにひどいこと言ったんだよ!? 何で、ノギスは怒らないの……? 何で契約を破棄してもいいなんて言うの?」
君まで、僕を置いていかないで。
ぽつりとつぶやかれたその声を聞いて、ああそうか、と思った。
契約を破棄してしまえば、彼女だけを残して死ぬことになるのだ。クロードやエデがいても、その二人が死んだらルーシェルは独りになる。ノエルという魔女もいたはずだが、あの魔女はルーシェルにとって大切な存在なのだろうか。千年前にあの魔女と何度も話しているのを見たが、セリアたちと話す時ほど楽しそうには見えなかった。
独りになったら、彼女はもっと悲しむのだ。もしかすると、自殺してしまう可能性だってある。
「悪かった。ルーシェルのことを、何も考えずに言って」
「……謝らないでよ。僕の方がずーっとひどいこと言ったんだから」
「……とりあえず、こいつの墓を作るか?」
ようやく現実を受け止められたのだろう。ルーシェルは、ためらわずにうなずいた。
「綺麗な所に埋めてあげたいな。できれば、アスメリ村の遠くで」
「だったら、あの男が来るのを待つか? 遠くの花畑にでも埋めてやればいい」
セリアもそういう所に埋めてやったほうが喜ぶだろう。
そうだね、とルーシェルはうなずくと、慎重にセリアを抱き上げた。セリアはルーシェルに感謝の気持ちを伝えられたからなのか、安心したような顔をしている。その顔を見て、ルーシェルはふっと微笑んだ。
「セリア、僕に会えたことで少しは幸せになれたんだよね?」
「言ってただろ。ありがとうって」
「うん。……軽いなぁ、セリアは」
ちゃんと食べてたのかな、とルーシェルが何かが吹っ切れたように言う。
「お墓には、エデが買ったチョコレートを一緒に埋めようかな。僕の指輪も一緒に」
エデはそんなものを贈るつもりだったのか、と呆れてしまう。ルーシェルの指輪はまともだが、いくら貴重だからと言ってチョコレートを贈るのはどうなのだろう。
「……泣いてちゃ駄目だ。笑ってなきゃ。セリアもそのほうが嬉しいよね?」
ルーシェルが、もう二度と目覚めないセリアに問いかける。
もちろん、とセリアの笑う声が聞こえた気がした。




