第三十話 涙
三十話いきました。……もうすぐ終わりそうですが。
寝台に入ろうとした時、なぜか胸がざわついた。だが、それを気のせいだと思ってそのまま眠りについたのだ。
だが、この目の前に横たわっている少女は一体……?
「セリ、ア……?」
何だろう、この赤いものは。
どうして、彼女の顔はこんなにも真っ白なのだろう。
どうして――
どうして彼女は、ルーシェルが呼びかけても返事をしてくれないのだろう。
* * *
「……シェル、ルーシェル!」
ノギスの声に、ルーシェルははっと目を覚ました。周りを見るがまだ明るくなく、どうしてこんな時間に起こされたのだろう、と不思議になった。
自然と閉じてしまうまぶたをこすって、首をかしげる。
「のぎす? まだあさじゃないよぉ?」
「あいつが来る」
この場合、あいつというのはセリアだろうか? それとも、エデかクロードか。
誰が来るにしても、こんな時間に来るはずがない。セリアだとしたら、こんな時間に出歩くのは危ないとわかっているし、クロードだったら『移動』の術で来られるのだ。わざわざ歩いては来ないだろう。エデは『移動』の術を使えるかどうかわからないが、彼女だったらクロードを叩き起こしてでも来そうだ。
だとしたら、セリアしかいない。
その異常さに気付いて、眠気は吹っ飛んだ。
「何でセリアが、こんな時間に……」
ノギスにわかるわけがないが、そうつぶやかずにはいられなかった。
「……あいつ、怪我してるみたいだぞ。歩くのが遅いし、ふらつきながらここに向かってる」
「怪我!?」
暗い洞窟にその声が響いて、ルーシェルはあわてて声を小さくする。
「な、何で……?」
「わからない」
「……もしかしたら」
ルーシェルと会っていることが、ばれてしまったのかもしれない。ルーシェルの顔から、さあっと血の気が引いた。
そう考えたくはなかった。だが、それ以外に『巫女』であるセリアがふらつくほど怪我をするとは思えないのだ。
村人に、何かされたのではないか。
そう思うといても立ってもいられなくなって、ルーシェルは洞窟を飛び出していた。気付けば、いつの間にかノギスも全力疾走している。
彼も、同じ結論にたどり着いたのだろうか。
「……セリア!」
洞窟からそう離れてない所でセリアを見つけ、思わずほっとして名前を呼ぶ。だが、その様子を見てルーシェルは動きを止めた。
「ル……ちゃ……」
かすれた声。セリアはこちらを見ると、ぎこちなく笑った。ふらふらとルーシェルに近づいてきたと思うと、ぱたりと倒れてしまう。
嫌な予感がして、ルーシェルはセリアに駆け寄り彼女の横に膝をついた。
「セリア!」
「だい…じょ……ぶ」
全く大丈夫そうに見えないから、ルーシェルはこんなに心配しているのだ。
セリアは、血まみれだった。顔は生きているのかと疑問に思うくらい、白い。心臓に近い位置には、矢が刺さっていた。頭は何かでなぐられたのか、他の箇所よりも血が多い。これで死んでいないのは、セリアが必死で逃げたからなのだろう。
「ルー…ちゃ、ん…」
どこを見ているのかわからない虚ろな目で、セリアはルーシェルに手を伸ばした。
「何、何? セリア、どうしたの!?」
その手を掴むとセリアは安心したように微笑む。
「…………」
「聞こえない、セリアもう一回言って!」
セリアの唇の近くに耳を寄せると、セリアはゆっくりと口を動かした。
「わた……し、ルー…ちゃん……とあえ、て」
「うん、うん」
「しあわ…せ、だ……ったわ」
「だったって何!? そんな死んじゃうような言い方、やめてよ……。まだこれから、いーっぱい話して、遊んで……」
もっともっと幸せになるのだ。エデとクロードもノギスも。四人と一匹でもっと――幸せになるはずだったのに。
もうセリアは助からない。
それを理解してしまって、ルーシェルは顔を歪めた。
「僕を……置いていかないで、セリア……」
いずれ置いていかれるのは、わかっていた。魔女と人間の寿命は全く違う。人間の方が早く死んでしまうのは、当然のことだ。
だが、それがこんなにも早くおとずれるとは思っていなかった。
「な……か、ない…で」
もう一方の手を伸ばし、セリアはルーシェルの頭をなでた。
そうか、自分は泣いていたのか、と初めて気付く。それがセリアの頼みならどうやっても涙を止めよう、とぎゅっと目をつぶる。
「あ……血が…つい、ちゃ……ね」
「いいよ、そんなの! セリアが辛くないなら、もっとなでてほしい」
「そ、っか」
セリアはなでてくれた。止めたはずの涙がまた出てきてしまう。セリアは目を閉じてなでているから、泣いていたって気付かないだろう。そう思うと、今度は涙を堪えることができなかった。だが、嗚咽はセリアに聞こえないようにする。
――最期に、心配はさせたくないから。
「あり……が、と」
セリアの手が、ルーシェルの頭の上から力なく落ちた。
なぜ感謝するのだろう。ルーシェルは、何もできないのに。
「セリ、ア……?」
何だろう、この赤いものは。わかっているけど。
どうして、彼女の顔はこんなにも真っ白なのだろう。わかっているけど。
どうして彼女は、ルーシェルが呼びかけても返事をしてくれないのだろう。わかっているけど。
ただ、信じたくないだけなのだ。
セリアが死んでしまったなんて。
明日投稿できるかな……?




