第二十九話 守る
タイトル……。
店の扉を開けると、エデが椅子から立ち上がった。
この店は、エデの両親が経営している。術を使える者は、ある程度歳を取ると普通の職に就くようになるのだ。エデが説明しておいたのか、店は貸し切り状態でエデの両親もいなかった。
彼女はクロードの後ろを見て、誰もいないことに首をかしげた。こいつも楽しみにしていたのにな、と残念に思う。
「あいつ、熱が出たから来れないらしい」
クロードがそう伝えると、エデはほっとしたように、椅子に座りなおした。
「そっか……ルーシェルとセリア、来れなかったんだね」
その声が、いつもと違って震えていることにクロードは気付いた。本人は必死に隠しているようだが、エデのことはよくわかっているつもりだ。幼馴染……というか腐れ縁なのだ。これぐらいわからないはずがない。
わからないのは、声が震えてしまうほどのことがあったかどうか。あの二人が来られないと知った時、なぜほっとしたのか。
エデは今日を楽しみにしていたはずだ。
クロードは眉をひそめて尋ねた。
「どうかしたか?」
「う、ううん。何でもないから、クロードはもう帰っていいよ。そっか、ルーシェルとセリア、来れなかったのか」
もう一度同じことを言い、クロードから顔を逸らすエデ。その顔が一瞬緩んだのを、クロードは見逃さなかった。
「そんなにあいつらがここに来ないことが、嬉しいのか?」
「……嬉しいっていうか、ほっとしたかな? 理由は、言いたくない」
否定しなかったことに、若干の驚きを感じる。
「クロード……。あたしどうしようかな」
振り向いたその顔は、泣きそうに歪んでいた。いや、すでに目には涙が溜まっている。まばたきを一度でもしたら、その涙は零れ落ちてしまいそうだった。
どうしよう、と言われても、理由を言いたくないと言われてしまっては何も答えられない。どう答えようかと考えたが、何もいい言葉は見つからなかった。
しばらくの静寂の後、エデがぽつりとつぶやいた。
「……あたしが理由を言わなかったら、クロードも答えられないよね」
「……」
エデはクロードの目をまっすぐ見つめた。
「ねえ、あの二人のこと、クロードが守ってくれないかな?」
守るとは、どういうことだろうか。
困惑してエデを見ると、彼女は悲しそうに笑った。
「あたしは、守れそうにないから……」
「わかった」
驚いたようにエデは目を見開いた。溜まっていた涙が、ぽつりと落ちる。クロードが即答するとは思っていなかったのだろう。
恥ずかしいが、思っていることを正直に言う。
「俺だって、あいつらを守りたいからな。何で急にそんなことを言うのかは、よくわからんが」
「……守りたいと思ってるなら、ルーシェルとセリアのこと、名前で呼んであげなよ。クロード、一回も呼んであげたことないでしょ?」
そんなことを言えるくらいの、余裕はできてきたらしい。
エデの問いには答えず、クロードは言った。
「俺はあいつらを守る。エデは……守れないのか?」
こんな時だけ笑うなんてずるい、とエデがうつむく。いつの間にか、クロードは笑顔になっていたようだ。
「そんなに、俺は笑わないか?」
「だって、あたしとかルーシェル、セリアの前ではいっつも不機嫌そうな顔してるじゃん。眉間にしわ寄せてさ。クロードの笑顔なんて、滅多に見たことないよ」
思わず眉間を、指でこすってしまう。
確かにいつも、眉間にしわを寄せていたかもしれない。ステルダの町人の前では、反射的につい笑みを浮かべてしまうから、エデの前で不機嫌な顔をしていることなど気付かなかった。
この三人の前では気を遣わなくていいから、ついそんな顔をしてしまうのだろう。
「……あたしは。クロードの笑ってる顔見ると安心する。もっと、笑ってて」
今、クロードの笑顔が見てたい。
泣きそうな顔でそう言われ、断ることなどできるだろうか。
「……笑えと言われたら、笑いづらい」
何とか笑みらしいものを浮かべると、エデは不満そうな顔で泣きだした。
「違う……けど、いいや。それでいい……よ」
「何だ、その言い方は」
クロードはそう言いながらも、ずっと作り笑いをしていた。
エデが泣きやむまでずっと。
* * *
家への道を歩きながら、セリアは考えた。
(何だか……本当にぼーっとする)
熱はないはずだが、頭も痛い。こんな気分だから、そんな気がするのだろうか。
自分ではまっすぐ歩いているつもりだが、ふらついてしまう。しかも、足が鉛のように重い気がした。帰りたくないから、こんなに重い気がするのだろうか。
(帰りたくない)
このまま帰って、もし両親に会ったらと思うと。最近、よく家に来るのだ。
(あの人たち、私のこと疑っている気がするわ)
セリアが出かけているのは、散歩をしているからと話してある。だが、毎回毎回その理由では、怪しまれてしまっても仕方ない。
家が見えてきて、セリアは思わず足を止めた。
アスメリ村のはずれにあるから、村人に会う心配はないはずなのに。セリアを気味悪がって、村人は近寄ることさえしなかったのに。
――武器を持った村人たちが、セリアの家の前に集まっていた。
何だか、最近やる気が出なくなってきました……。来週から朝と放課後に体育祭の練習が始まるので、更新スピード遅くなるかもしれないです。




