第二十七話 幸せ
ルーシェルは、自分のためにどんなものを買うのだろうか。
昨日別れる前にエデと約束がある、と言ったのは、十中八九セリアへの贈り物を買いに行ったのだろう。
(それで間違えてたら、悲しいけど)
そんなことを考える。
洞窟に行かないと言ってもあの家にいるのは嫌で、セリアは今滝へ来ていた。ここにいると落ち着く。相変わらず大きな音だ、と滝を見上げた。
ここの上にはまだ行ったことがない。数日後には、嫌でも行くことになるが。
(……龍神さまは、やっぱり答えてくださらないのね)
最初から答えてもらうのは諦めていたが、それでも残念だ。
「龍神さま」
小さく呼ぶも、辺りに響くのは滝の音だけ。
(龍神さま、龍神さま、龍神さま、龍神さま……)
何度も何度も、心の中で龍神さまを呼ぶ。そうすれば、龍神さまが答えてくれるのではないかと思ったからだ。
あの夜のように、もしかしたら小さな声が聞けるかもしれない。
どうせ答えがこないと諦めていても、希望は捨てきれなかった。
「……我が巫女よ。我の声が聞こえるか?」
(え……?)
誰に呼ばれたのかわからず、目をまたたく。いや、わかってはいるものの、信じられないのだ。
一瞬遅れて誰の声だか理解し、セリアの目には涙が浮かんできた。
龍神さまの声。
ずっとずっと、セリアが聞きたかった声だ。
「龍神さま!」
龍神さまが心が読めるから、別に声に出さなくてもいい。だが、声を出さずにはいられなかった。久しぶりに聞いた声は、やっぱり少しも変わっていなくて。嬉しかった。またこの声を聞ける。
それに、龍神さまが無事なのなら、セリアはルーシェルたちとずっと一緒にいられるのだ。
「龍神さま、なぜ私の声に答えてくださらなかったのですか?」
「……すまぬ」
セリアの問いに、龍神さまはそう謝ったきり答えない。
しばらく迷ったような気配の後、真剣な声で龍神さまは言った。
「我が巫女、そなたに伝えなくてはならないことがある。我は今、ある者に捕らえられて……もう限界か」
ぽつりとつぶやかれた言葉の、意味がよくわからなかった。限界だ、と言った直後に龍神さまの声が聞きづらくなる。
「我には、何もでき………。そな……そん…いがば………る…ぎ…」
「龍神さま?」
「わがみ……せっか……う………でき……いうの…。すまぬ」
すまぬ、と。
それだけが、やけにはっきりと聞こえた。
また、龍神さまの声が聞けなくなるのか。ルーシェルたちと一緒にいられなくなるのか。
そう考えると怖くなって、先ほどとは違う涙が目に溜まってくる。
(捕らえられて……?)
確かにそう言っていた。
捕らえられていたとは、どういうことだろうか。ある者に、とはっきり名前を自分に伝えなかったのは、なぜだろう。
(……龍神さまが捕らえられるなんて)
相手は相当力の強い者だ。龍神さまは、自分より上位に位置する神にしか、捕らえられたりしないはずなのに。
だがそれはありえない、とその考えを否定する。
神が捕らえたのならば、雨を何カ月も降らせないのはおかしい。龍神さまの代わりの神を用意するだろう。
セリアには納得できないが、何らかの理由で捕らえられた神がいた場合、代わりの神を用意するのだ。
龍神さまは、自分が三代目の龍神だと言っていた。龍神さまが捕らえられる可能性も、全くないわけではない。
(だけど……)
代わりの神が、用意されないはずがないのだ。
(どういうことなの?)
神ではない。だが、神ではないとしたら一体誰が? 頭の中で、疑問が渦巻く。
明日、せっかくルーシェルたちが誕生日を祝ってくれても、あまり喜べないかもしれないな、と思った。
* * *
セリアが滝で、龍神と話していた時。
ルーシェルは広場でエデと、買った贈り物を見せ合っていた。
「へぇ、エデはチョコレート買ったんだ?」
意外に思って、エデの持っているチョコレートを見つめる。贈り物とは普通、後で残るものかと思っていた。食べ物は食べてしまえばなくなるし、花などは枯れてしまう。だから、贈り物には適さないと思ったのだが。
エデは恥ずかしそうに言った。
「あたし、チョコレート好きなんだ。チョコレートって結構貴重だし、セリアは食べたことないかなって思って。……あ! でも、セリアは巫女だから食べたことあるかな!?」
せっかく買ったのに……と、がっくりと肩を落とす。
チョコレートは貴重で、ルーシェルも滅多に食べられなかった。それでも、少しでも食べられたのはカリマのおかげかな、と思う。どこでいつ買ったのかわからなかったが。
落ち込んでいるエデを、どうやって励まそうか考える。
「う~ん、買っちゃったなら、渡せばいいんじゃない? セリアなら、きっとどんなものでも喜んでくれると思うし」
「そうかもしんないけど!」
「それに……セリアは、食べたことないと思う」
絶対、とは言い切れないがおそらくそうだろう。
セリアは、生き物の心が読めた。巫女というのは偉いらしいが、そうだとしてもその力のせいで、恐れられていたのではないだろうか。
そう考え、そういえばエデは知らないのだ、と気付いた。
「あのね、セリアは生き物の心が読めたんだ。今はもう、読めなくなっちゃったけど」
「心を読む? ……なるほど、そういうことか。このチョコレート、喜んでくれそうだね」
納得して、手に持っているチョコレートを嬉しそうに見るエデ。
「神の加護。何百年に一度はいるらしいけど。その加護を受けた者は、特別な力がある。セリアの場合は、生き物の心を読める力、かな?」
「加護って……。そのせいで、セリアは辛い思いをしたのに」
護れていないではないか。これでは、加護の意味がないと思う。
「結局は、神の自己満足なのさ。あたし、だから神があんまり好きじゃないんだよね」
エデは、どこかを睨むような目をした。
「……ま、セリアが食べたことないならいっか。ルーシェルは指輪買ったんだね。セリア女の子だし、そういうの絶対喜ぶよ」
そう言われ、何だか嬉しくなる。セリアが喜ぶ。それだけで、こんなに嬉しくなるのが不思議だった。これが友達――友人というものなのか。
エデの誕生日の時は、セリアと二人で祝おう。
そう考えるだけで、今からわくわくしてくる。
「……あ、エデの誕生日っていつ頃?」
「ん? もう過ぎたけど?」
「過ぎた!?」
それでは、あと約一年もエデの誕生日を祝えないのか、とがっかりする。
(……一年経てば、祝えるのか)
その先も、セリアやエデが死んでしまうまで。
幸せ者だな、と思う。ルーシェルは、二人がいなくなった後もノギスと共に生きる。それでもそれまで、ずっと一緒にいられるのだ。
それは、すごく幸せだ。
「考えてみたら幸せだよね、僕って」
「何さ、いきなり?」
きょとんとするエデに、理由を言うのが何となく嫌で、ルーシェルは首を振った。
「ううん、何でもない」
「そう? あ、明日クロードを迎えに行かせるから、セリアと一緒に来てね。ちゃんと、あたしが場所用意しておくから。クロードが案内してくれるよ」
どこ、とははっきり言わない。
だが、とりあえずクロードが案内してくれるのなら、心配はいらないだろう。
ルーシェルはうなずいて、明日のことを考え出す。封印される前は、こんなことを考える日が来るとは思っていなかった。
(……あの人間たちは)
幸せになれますように、と。そう願っていた。
この間、その願いを少しは叶えることができのかもしれない、と考えたが。
今のルーシェルは、今まで生きてきた中で一番幸せだった。
明日頑張って投稿します! 昨日投稿できなかったので……。




