第二十四話 感謝
セリアの性格が変わってしまいました……。どうしてこうなったんだろう。
ルーシェルなら、正体がばれたとしても子供を助けるだろう。それは最初からわかっていた。
エデがいれば、ルーシェルが子供を助けなくてすむのに。
見知らぬ子供よりも、ルーシェルの方が大切だと思うのはおかしいだろうか。
(どうしてディーちゃんは、急に疲れちゃったの?)
その前までは、疲れた様子などなかった。それなのに急に座り込むほど疲れてしまったのは、どうも変だと思った。
誰かがルーシェルの正体を、エデにばらそうとしているような。
「……川が近いわ」
こんなに音が大きいのも変だ。やはり、誰かが何かしたとしか思えない。
だが、何のためにそんなことをするのか、どうしてこんなにぴったりと、ルーシェルがここにいるにできるのか。
それがわからない。
「誰か! 誰かいませんか!」
少年の焦ったような声に、はっと我に返る。
この声は川の中にいる者が出す声ではないから、おそらく子供は二人いたのだろう。
「やっぱり、子供が……」
ルーシェルはそうつぶやいて、子供の声に答える。
「もうすぐ行くから待ってて!」
「! は、早く! トニーが川に!」
川を見たセリアは目を疑った。
川は氾濫していた。
音を聞き、もしかしたらと思っていたが、実際に氾濫しているとは思っていなかった。雨なんて降っていないはずなのに、なぜ川が氾濫しているのだ。
ルーシェルではなく、自分が助けられるのではという希望は呆気なく打ち砕かれた。
丁度良く掴まれる木があったのか、川に落ちた子供はそれに掴まっていた。そして丁度良く、ルーシェルが近づいた時に川の勢いが弱まる。それでもセリアのような子供は入れない。
(誰か知らないけど……こんなあからさまにやるな!)
ルーシェルが聞いたらしばらく固まりそうな言葉づかいで、セリアはこれをやった人物を罵る。
(やるならやるで、もっとわからないようにやれ! これをやった人はどんだけの馬鹿!? それとも、わざとわかるようにしてるの!? どんな理由があるにしたって、私は絶対に許さない!)
もうこれは、誰かが何かしているに違いない。セリアはそう確信した。
(もし会ったら、ぶん殴ってやる!)
こんなことをする者に、容赦は必要ない。こんなに頭に来たのは生まれて初めてだ。
セリアは右手を握り締めた。
もし会ったら殴ってやる、というのと自分は何もできないというやるせなさに。
「ルーちゃん……ごめんね」
「? セリアが謝る必要ないよ」
子供を助けた後、エデや子供がどんな反応をするか。それを考えたのか、ルーシェルの笑みはどこか寂しそうだった。
「助けてください!」
真っ青になっている少年の、助けを求める声。それに大きくうなずいてから、ルーシェルは川に飛び込んだ。
* * *
女の人がアーサーの言葉にうなずいて、アンソニーを助けるため川に飛び込んだ。
(え? 髪の色が……変わっ、た?)
黒い髪。泳いでいるその人の瞳を、目を凝らして見る。瞳の色は黒。
御伽噺でしか聞いたことがない色に、思わず口から情けない悲鳴が漏れた。
(魔女!? な、何でこんな所に……!)
魔女の話は、母からよく聞いていた。残酷で、魔法というもので人間を見た途端殺してしまう。
術と似ているが、全く別のもの。
(トニーが殺される!)
アーサーは、自分がまだ生きていることに何の疑問も持たない。母から聞いた話が本当なら、アーサーはとっくにこの世にいないというのに。
(トニーを助けなきゃ……!)
魔女がアンソニーを殺してしまう。
彼女が今、そのアンソニーを助けようとしていることなど、アーサーの頭にはなかった。
周りを見て、何かないかと探す。
(あっ)
アーサーが投げられそうな大きさの石を見つけた。それを手に握ると、急に少女の声がした。
「投げるつもり?」
少女がここにいることに気付いていなかったアーサーは、目を見開いた。
声を出せなくなっている自分を、少女は睨みつけてくる。
「……あなたがその石を彼女に投げると、あの子を助ける人はいなくなるわよ」
少女の指差した方を見ると、魔女がアンソニーを抱えて川を泳いでいるところだった。
「それでも投げるの? まあ、投げたら投げたで、私もあなたに石を投げるけど」
少女はアーサーから視線を逸らし、地面に落ちていた石を拾った。
「な、何で君は魔女なんかの味方をするの?」
「……次に魔女『なんか』なんて言ったら、石投げてぶん殴るから」
何だかアーサーには、魔女よりこの少女の方が怖く感じた。涙目になって、何度もうなずく。
「もう言わな」
「ルーちゃん! 平気?」
アーサーが最後まで言い切る前に、少女はいつの間にか川を出ていた魔女に、心配そうにかけよった。その豹変ぶりに、思わず唖然としてしまう。
(僕にはあんな態度だったくせに……)
確かに、ほんの少しはアーサーも悪かったかもしれない。だが、自分と魔女への態度が変わりすぎではないだろうか。
「お兄ちゃーん!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、アンソニーはアーサーに抱きついてきた。
とりあえず大事な弟が無事で良かった、とアンソニーの頭をなでてやる。
「……セリア。僕の髪と瞳、もとに戻ってるよね」
綺麗な声で、そう言った魔女。チラリと見ると魔女は寂しそうだが、すっきりしたような顔をしていた。
魔女もこんな顔をするのか、と驚いた。母に聞いた話では、いつも魔女は悪者。必ず人間を殺し、最後には封印されていた。
だがこの顔を見て、もしかして魔女は髪と瞳の色以外人間と変わらないのではないかと思った。
「後悔してるの?」
「ううん、全くしてない。その子を助けられたからね」
そうだ、この魔女はアンソニーを助けてくれたのだ。魔女だろうが何だろうが、それは事実だ。
「……あ、あの! ありがとうございました!」
ぺこりとおじぎをすると、二人の驚いたような気配が伝わってきた。
「……どういたしまして」
なぜか魔女ではなく、隣にいる少女が返事をする。
「何で君が?」
「ルーちゃんは驚いて、何も言えないみたいだから」
やはり、魔女だって人間なのだ。
そのことに安心して、今度は魔女の顔を見てお礼を言う。
「ありがとうございました。……えっとルーさん?」
「へ。い、いや、あの。そんなにお礼言わないで! 照れるから……」
顔を背けたルーの顔は、真っ赤になっていた。
「それから、ね。僕はルーじゃなくてルーシェルだよ。ルーちゃんって呼ぶのは、セリアだけ」
セリアというのは、この少女なのだろう。名前を間違えてしまったことを、慌てて謝った。
「す、すみません! ルーシェルさんと、セリアですね」
「……何で私は呼び捨てなの?」
「だって君は、僕と同じくらいの歳だから」
アーサーは十三歳だ。セリアがアーサーよりも年上だとは思えないし、ルーシェルに対してのように感謝もしていないので、別に呼び捨てでもいいと思ったのだ。
セリアは不満げな顔で文句を言う。
「歳で人を判断するのはよくないわ。それに、私が止めなかったらあなたはルーちゃんに石を投げてたでしょ? ルーちゃんに感謝して、私には感謝しないの?」
まだ石を手に持っていたことに気付き、遠くに投げた。これをルーシェルに投げなかったのはセリアのおかげだから、一応お礼を言っておく。
「ありがと、セリア」
「……感謝の気持ちが伝わってこないけど、まあいいわ。それより、早く帰った方がいいんじゃない? その子、寝ちゃってるから」
セリアに言われてアンソニーを見ると、疲れたのかすやすやと眠っていた。
頼まれていた水汲みはできそうになくて、アーサーは弟を背負って転がっていた容器を持つ。
「ありがとうございました!」
もう一度お礼を言って、アーサーは歩き出した。
自分の名を伝えていないのに気付いたのは、家に着いてからだった。
* * *
少年が去ってからしばらくし、エデがようやく川にたどり着いた。川が氾濫しているのを見て目を丸くし、ルーシェルを見てもっと目を丸くする。
彼女の言葉を聞きたくない。だが、聞かないといけない。ルーシェルは耳を塞ぎたくなるのを、目をつぶって我慢した。
どんな言葉が出てきたって、泣いたりしない。そう考えていても怖くて、目をつぶったまま彼女の言葉を待つ。
「……ルーシェル?」
トニーとはアンソニーの愛称です。
今回、一番アーサー視点が多かった……。




