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第二十話 ステルダへ

 が、頑張った……。


 のわりには進んでいませんし、短いです。

 クロードが術を唱え、着いた所は森の中だった。思わずきょろきょろと辺りを見回してしまう。

 木々が風に吹かれ、さわさわと揺れている。その風が気持ちよくて、つい目を細めてしまった。

 遠くでは川のせせらぎ、小鳥の鳴き声などが聞こえた。


(……ステルダじゃなくって、ここだけでも楽しそう)


 長い間洞窟から出ていなかったルーシェルは、ここでのんびりと昼寝でもしたい気分になった。見つかったって魔女だと気付かれないのだから、洞窟の外で初めて安らかな気持ちになる。


「……さあ、行くぞ」


 クロードの言葉で、名残惜しいがルーシェルは歩き始めた。後ろからセリアも同じようについてくる。


「クロード、ここからステルダまでどれくらいかかるの?」

「一刻もかからない。ステルダから一番近い森に移動したからな」


 それ以上は誰も何も言わず、歩いた。

 だが。


「うわっ」


 昨日は一度も転んでいなかったから、忘れていた。クロードが転んだのを、ルーシェルとセリアは無言で見る。その顔には笑みが浮かんでいたが。

 クロードも無言で立ち上がり、服についた土をはらった。


(……ははっ。何で本当に、何もないところで転ぶんだろうな?)


 今までクロードに封印された魔女が、このことを知ったらどうなるだろう。愕然とするか、呆然とするか。はたまた、激怒するか。

 その様子を考えて、おかしくなった。

 だが、しばらく歩くと、自分もクロードにそんなことを言えないことに気付く。


(ああ、まあそうだよな……)


 まだ少ししか歩いていないのに、もう足が筋肉痛だ。しかも、息がゼーゼーと切れてしまっている。

 運動不足を、実感する。

 今まで洞窟内だけで過ごしてきたのだから、当たり前だ。それでもここまで、自分に体力がないとは思わなかった。


「大丈夫?」


 セリアが心配そうに訊いてくる。大丈夫、と答えながら、彼女を心配させないように息を整えようと努力する。

 セリアの声を聞いて、一瞬クロードがこちらを向いた。


「……」


 何か言おうと口を開け、またすぐ前を向いて歩き出してしまう。何を言いたかったのだろう、と不思議に思いながらルーシェルも歩き続けた。


     * * *


「大丈夫?」


 セリアの声が聞こえ、少しルーシェルを振り返る。顔はもう真っ赤で、息も切れていた。


「……」


 『癒し』の術をかけようか。

 そう言おうとしたが、結局言えずにまた前を向いて歩き出す。『癒し』の術は、その名の通り人や動物を癒すことができる術だ。

 その術をルーシェルにかければ、彼女はかなり楽になるはずだ。だがなぜだか、ルーシェルのことを心配していることを知られたくなかった。


(あと少しでこの森をぬけ、すぐにステルダに着く)


 それまで我慢してもらい、着いたら広場にある長椅子にでも座って休ませよう。まだ太陽が頭上に来るまでしばらくあるのだ。少しぐらいは休んだっていいだろう。


(……あまり眠れなかったみたいだしな)


 ルーシェルの目の下には、くっきりと隈ができていた。おそらく、セリアと一緒にステルダに行くことが嬉しくて、あまり眠れなかったのだろう。『幻影』の術を使うついでに、隈も隠しておいた。

 こういう所はやはり、人間と変わらない。人間と魔女の違いは、魔法が使えることとその寿命だけだ。フィルマンさまは、最初から魔女が恐ろしい存在でないとわかっていたのだろうか。


(そういえば、まだこいつらに会って二日しか経っていないのか)


 もっとずっと前にあった気がするのに。一昨日はすぐに帰ったから、一緒に過ごしたのは昨日だけだ。


(……この二人は、どうやって知り合ったのだろうか)


 ルーシェルは封印されていた。その封印を解いたのが、セリアなのだろうか。巫女ならば、フィルマンさまの封印を解くのにも納得できる。

 海色の瞳は、巫女の証。それは、この世界の人間の誰もが知っている有名な話だ。それが必ず、アスメリ村という小さな村に生まれることも。

 一昨日はよく見ていなかったが、昨日セリアの瞳に気付いて驚いた。人間と魔女が友人だということも驚きなのに、その人間が『巫女』なのだ。驚かずにはいられない。


(封印が解け、まだ一月も経っていないのに)


 この二人は、本当に仲が良い。それが羨ましくて、羨ましいと思ってしまう自分に首をかしげる。


「うわっ」


 考え事に気を取られていたせいか、また何もないのにつまずいてしまう。体が前のめりになったが、今度は転ばなかった。

 昔から変わらない、と自分に呆れてため息をつく。昔からドジというか……鈍くさかったのだ。歩けばすぐ転ぶし、運動はまるで駄目だった。

 後ろでルーシェルたちが笑いをこらえる気配がして、クロードは恥ずかしくなった。この二人の前で転んだり転びそうになったのは、これでもう三度目だ。これでも少しましになったのだ、と言いたくなったがもっと笑われそうなので何も言わずに歩く。

 もうすぐで、森をぬけそうだった。


     * * *


 ステルダには人間がごった返していて、その様子をルーシェルは目を丸くして見た。こんなたくさんの数の人間を見るのは、生まれて初めてだった。


「すごい……」

「ルーちゃんルーちゃん、目がすっごいキラキラしてるわよ」


 笑いながら言われ、思わず赤面する。


「だ、だって、こんなにたくさんの人間を見たのは初めてだから。……でも、そう言うセリアだって嬉しそうだし、きょろきょろ周りを見てるよ」


 せめてもの反撃にそう言うと、セリアはいっそう笑みを深めた。


「そう? だったらそれは、ルーちゃんといるからね。ルーちゃんとどんな所に行こうか、とか考えるのが嬉しいの」


 ふぇ? と間抜けな声を出したルーシェルは、もごもごと彼女にお礼を言った。今自分の顔は、先ほどよりも赤くなっていることだろう。

 クロードが手招きをした。


「こっちだ。……お前が疲れてそうだから、しばらく広場で休むぞ」


 本当はすぐにでもこの町を観光したかったが、もう足が限界なので素直に彼の後をついていく。


(……子供も大人も、たくさんいるな)


 子供の無邪気な笑い声は、聞いているだけで疲れが取れる気がした。

 人混みの中でクロードを見失わないよう歩いていたルーシェルは、その人ごみの中に子供と手をつないでいる母親らしき人物を見つけた。

 それを見て、ふと自分の親はどのような人間だったのだろうと思う。ルーシェルは生まれてすぐ捨てられたから、親の顔も名前も何一つ知らないのだ。


(今更知ったって、どうにもならないけど)


 別に親がいなくたって、今まで生きてこられたのだ。セリアもノギスも、クロードもいる。そう考えると、全く寂しくなかった。


「ルーちゃん」


 セリアが、歩きながらルーシェルを呼ぶ。人々の声にかき消されないよう、いつもより少し大きな声で。


「今日は目一杯楽しもうね」










 セリアの笑顔に、ルーシェルも笑顔でうなずいたのだった。





 初めてクロード視点を少し書きました。なぜか彼は難しいです。

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