第十九話 幻影の術
平日ですが、いつもより早めに更新……?
次の日、クロードの持ってきた鏡を覗いて、ルーシェルは呆然とした。その鏡が黒曜石でできていたせいではない。もちろん、こんな高価なものをクロードが持っているのも不思議だったが。
理由は、自分の瞳の色だった。クロードの術によって、瞳の色は黒から緑色に変わっていた。
(信じられない……)
髪の毛が黒から茶に変わったのは、鏡を見なくともわかった。だが本当に瞳の色まで変わっているのか、とクロードに言うと、彼は懐から黒曜石でできた鏡を取り出したのだ。
髪と瞳の色が変わっても顔のつくりは変わらないのに、これだけで自分が自分じゃない気がした。
「感動しているところ悪いが、その術には欠点がある」
「欠点?」
確かに、新しく作った術ならば、欠点があってもおかしくはないだろう。
もし人間に触れたら駄目なのだったらどうしよう、と不安になる。日の光に当たっては駄目だとか、歩いては駄目だとか。
そういうものだったら、すぐに色は戻ってしまう。
不安そうな顔をしたのがわかったのか、クロードは安心させるように言った。
「そう心配するな。ただ水に触ってはいけないだけだ。本当は欠点がある術など、改良するまで使いたくないのだが……」
「ううん! これで十分だよ! 水に触らなければいいだけでしょ? それなら簡単……かな?」
言っている途中で自信をなくしてしまった。水というものは日常生活で、人間がよく使うものだ。それなのにその水に触れないなんて、できるのだろうか。
「……まあ、とりあえずこれでステルダに行けるね!」
気を取り直してそう言う。クロードに『幻影』の術をかけてもらったのは、それが目的だ。セリアを元気にするため、一緒に行くために術をかけてもらったのだ。
(カリマが生まれた町か……)
実は、セリアのためだけではなく、ルーシェル自身もステルダに行ってみたかった。小さい頃の夢がようやく叶うのだ。
笑顔を浮かべて、机の上に座っているノギスに話しかける。
「ねえ、ノギス。この髪と瞳、似合ってる?」
機嫌が悪いノギスは、ルーシェルの問いに答えてくれなかった。彼は一人(一匹)だけ置いていかれることになって、すねているのだ。
(うぅ。でも、クロードの話では愛玩用の動物を連れているのは、貴族だけなんだよな……)
ノギスは愛玩用ではないのだが、できるだけ目立つのは避けたかった。だから彼に残ってくれるよう頼んだのだ。
(早くセリア来ないかな)
そう考えた途端、誰かが洞窟に一歩足を踏み出し、戸惑ったように立ち止まる。考えた途端本当に来るとは、セリアはすごい。
「セリア! どうかな、これでステルダに一緒に行けるよね、魔女だって気付かれないよね?」
「ルーちゃん? え、どうして髪の色……って瞳まで?」
そういえば、セリアには何も話していなかったのだった。そう気付いて、セリアに説明する。
「昨日セリア元気なかったでしょ? 元気を出してもらうために、セリアが行きたいって言ったステルダに行こう、ってクロードと話して。そのためには魔女だって気付かれちゃ駄目だから」
どうかな、ともう一度尋ねる。セリアはまじまじとルーシェルを見つめてきた。
「……うん、それだったら、絶対に魔女だって気付かれないわ」
セリアの答えに、身を乗り出して言う。
「そうだよね。だからこれからすぐ、クロードの術でステルダに行こうと思うんだ」
「え、あ、うん。……今から?」
状況を飲み込めていないのか、セリアはまだ驚いていた。ルーシェルはうなずいてから、ノギスのことをチラリと見た。
(悪いけど、ノギスは留守番だね)
「行こう、クロード」
彼に声をかけると、セリアが慌てて言う。
「ちょ、ちょっと待って! クロ君、私の瞳の色も緑に変えてくれない? この瞳だと、私が『巫女』だってわかっちゃうもの。遠くの所でも、巫女は有名でしょ?」
「それはいいが……。水に触れると、術は解けるぞ?」
「構わないわ。ルーちゃんが行きたくてソワソワしてるし、早く術をかけて」
くすり、と笑われて、気付かれていたのかと顔が熱くなった。セリアの元気がなかったから、と言いながらルーシェルも行きたがっていることなど、彼女にはお見通しなのだ。
「だったら、動かずにそこで立っていてくれ」
クロードはそう言って、集中するように目を閉じた。セリアもつられるように目を閉じる。
「……§дЩ‡Ч」
術と魔法は同じ言語なのに、全く意味が理解できない。
(だけど……綺麗だよな)
術を使う時、辺りに真っ白な光が広がる。それが、魔法と術の一番の違いだろう。ルーシェルが魔法を使う時、光なんて出ないのだ。
「もういいぞ、目を開けろ」
セリアが目を開け、不思議そうに首をかしげる。何も変わったような気がしないのだろう。
セリアに、ルーシェルは持っていたままだった鏡を渡す。それを見たセリアは、目を丸くした。
「わあ……! 本当に変わってるわ」
「当たり前だ。こいつのだって変わっていただろう?」
心外だ、とばかりに眉をひそめるクロード。それを見てセリアは少し笑って、ルーシェルの方を向く。
彼女の瞳は緑色になっていた。だがやはり、ルーシェルは海色の瞳の方が綺麗だと思う。変わってしまったことを少し残念に思いながら、ルーシェルはセリアににっこりと笑った。
「それじゃ、そろそろ行こうか。……ノギス、留守番よろしくね」
「ああ」
もう機嫌を直したのか、今度はちゃんと答えてくれた。
クロードはセリアとルーシェルに近寄ると、『移動』の術を使う。
「Й‡б§」
真っ白な光が、洞窟に広がった。
* * *
ふわっとした浮遊感。移動時間は一瞬ではなく数秒かかるようだ。真っ白な光が眩しくて、思わず目を閉じてしまう。
(……ルーちゃんも、私と同じでステルダに行きたかったのね)
理由は違うが。
ルーシェルの理由は、セリアに元気を出してもらうため。
対する自分の理由は、最期の思い出作りのため。それから、ルーシェルに友達を作ってほしいからでもある。
(ルーちゃんだったら、きっとすぐできるよね)
魔女だということに気付かれないよう、友達になる。もし魔女だということに気付かれてしまったら、ルーシェルもその相手も傷つくことになるが、セリアは彼女に友達を作ってほしかった。
クロードは友達とかそういうものではなく……あの二人なら、きっといい恋人同士になりそうな気がするのだ。その仲のよさに、ノギスが嫉妬してしまうような。勘だが、巫女の勘はよく当たる。
それに、クロードと恋人にならなかったとしても、やはり女の子が友達にいた方がいい。
(……あ、着いた)
トン、と軽く地面に足をついた感覚があって、セリアは目を開けた。そこは森の中だった。町の中にいきなり人が現れたら、いくら術の存在を知っていても、町人を驚かせてしまからなのだろうか。
隣を見ると、ルーシェルはきょろきょろと辺りを見回している。
わくわくとしているのがまるわかりのルーシェルを、セリアは優しい顔で見つめたのだった。
明日は投稿できなさそうです。でも、できれば投稿したいな……。




