第一話 目覚め
プロローグの時と、話の雰囲気が変わっているかもしれません。
それから、話があまり進んでいません……。
※2011.5.03 少し修正しました
ふわふわと宙を浮くような不思議な感覚。
自分が存在するのかさえ曖昧で。この状態になってから、どのくらい時間が経ったのかわからない。自分の名さえ、よく考えなくては思い出せないのだ。思い出そう、と思うこともなく、ただただその感覚を甘受していた。
その感覚が、いきなり終わった。
ふっと光が差し込んだ気がし。彼女は、目を覚ました。
* * *
海のような色の瞳が、ルーシェルの瞳を覗き込んでいた。しばらくその瞳に見惚れていると、だんだんと意識が覚醒してくる。そして、ルーシェルは悲鳴を上げた。
「ふぁ!? き、君誰? ……あれ? 何で動けるの? 僕は封印されてたはず……ってノギスは!? あの変態に何かされてない!?」
あわてて飛び起きて周りを見ると、見慣れた白猫が座っていた。どこも変なところがないのを見て取ると、ルーシェルは安堵の息を漏らす。少し気になるとしたら、機嫌が悪そうにしっぽをパタパタ振っていることだろうか。
こちらを覗き込んでいた少女が、おそるおそる声を発する。
「えっと、落ち着いた、よね? 私はセリア。その白猫君に言われて、貴女の封印を解きに来たの」
「封印を解く……?」
その言葉に、ルーシェルは困惑の表情を浮かべた。
ルーシェルを封印したあの男は、自分か自分より強い力を持つ者にしか封印は解けないと言っていた。自分より強い者などいないから、実質自分にしか封印が解けないとも。
この少女にそんな力があると思えない。だが、一見ただの十歳ぐらいの少女に見えても、もしかしたら強い力を秘めているのかもしれない。あの男だって、全く強そうに見えなかったのだから。
「貴女はルーちゃんだよね? 白猫君に聞いたわ」
「ル、ルーちゃん……。ま、まあいいか。とりあえず」
なぜ封印が解けたのか。それを尋ねようとすると、セリアと名乗った少女に遮られた。
「なぜ封印が解けたか、でしょ?」
「うん。君は……何か特別な力でもあるの?」
少女は困ったように笑って、ルーシェルの瞳を見つめてきた。なぜだか少女の瞳を見ていると安心できる。ルーシェルもセリアの瞳を見つめ返した。
(綺麗な色だよな……。僕は魔女だから黒い瞳だけど)
羨ましい。ルーシェルは髪の毛も瞳も真っ黒だ。産まれた時から魔女の証を持つルーシェルを、両親は捨てた。魔女の身内は皆殺しされることになっていたから、誰にも気付かれないようこっそりと。結局村人にばれて殺されてしまったが。ルーシェルが生きているのは、村人の一人カリマという老婆のおかげだった。
カリマと過ごした日々を久しぶりに思い出していると、セリアがぽつりとつぶやいた。
「ルーちゃんの方が羨ましい。私も……魔女だったらよかったのに」
「え?」
聞き返すと、セリアは「何でもない」と言った。私も……の後に続いた言葉は何なのだろう。ルーちゃんの方が羨ましい、とは?
(何だか、僕の考えが読まれてる気がするんだけど。気のせいかな?)
「気のせいじゃないわ。……私は人の心が読めるの」
気のせいではない、と言われて、思わず首を傾げてしまう。人の心を読むことなんて、魔女の自分にだってできなかった。もちろん、そんな魔法は存在しない。それを、この少女ができるというのだろうか。
(僕にその能力があれば、あの人間たちを生きさせることができたのかな)
また、羨ましいと考えてしまった。だってそうではないか。ルーシェルにそんな能力があったら、あの人間たちを考え直させることができたかもしれないのだ。
そうルーシェルが考えると、セリアはほっとしたように微笑んだ。
「……羨ましい、かぁ。うん、白猫君の言った通りだったんだね。私のことを……恐れないなんて」
「白猫君って……あ、ノギスか。そういえばノギス、そこにいたんだっけ?」
パタパタしていたしっぽが、ぴたりと止まる。……なぜ睨むのだろう? 自分が何か、悪いことをしただろうか。ノギスのことを忘れていただけで、こんなに睨まないと思うのだが。
「白猫君はずーっと貴女を心配してたのよ? やっと封印が解けたと思ったら、ルーちゃんは私とばかり話しているんだから、怒って当然」
「……ごめんノギス。えっと、僕ってどのくらいの間封印されてたの?」
そう尋ねると、顔をぷいっと背けられる。
(う~。そんなに怒らなくても……)
「この場合は、ルーちゃんが悪いよね?」
悪意のないセリアの笑顔に打ちのめされた。彼女は人の心を読めるのだから、ノギスがどれほど怒っているのかわかっているはずだ。セリアの言うとおり、ルーシェルが悪いのだろう。
(あ、ノギスは猫なんだけど心を読めるのかな?)
「読めるわ」
「……口に出していないのに相手が答えるって、何だか変な感じだな」
そうつぶやくと、セリアの顔がこわばった。ルーシェルには彼女の心は読めないが、どんなことを考えているかすぐわかる。きっと、以前の自分と同じだ。カリマが死んでからの自分と。
カリマはルーシェルが十歳の時に死んだ。それまでの間、外には出れなかったけど幸せだった。カリマが死に、ルーシェルの存在が村人にばれてしまってから……初めて魔法を使った。カリマには魔法を禁じられていた。それでも魔法を使わなければ殺されてる。
ただ少し、脅すだけのつもりだった。小さな炎を出して、脅すだけのつもりだった。それなのに。
一瞬で村人は灰になった。
何が起きたのかわからなかった。
他の人間たちの悲鳴。皆逃げていった。
そこでようやく、自分がやったのだと気付いた。思わず村と反対にある森の中へ、走り出していた。頭の中で先ほどの出来事が何度も何度も浮かんで。
小さな洞窟を見つけ、そこへ飛び込んだ。
殺してしまった。……あんなことをしたくなかった。嫌われたくない。このままだと自分は独りぼっちになってしまう。独りになりたくない。人間を殺してしまったのに、嫌われたくないと思うのは悪いことなのだろうか。嫌われたくない。嫌われ――
「ルーちゃん!」
セリアの声で、はっと我に返る。ぱちぱちと目を瞬いて、セリアの顔を見る。セリアは辛そうな顔をしていた。……そうか、先ほどの記憶を読まれてしまったのか。
「大丈夫、大丈夫だよ。私はルーちゃんを嫌ったりしないから!」
必死なセリアに、安心させるように微笑んでうなずく。笑顔がこわばっていないか心配だ。
「……うん。僕も、君を嫌ったりしない」
「え、本当に?」
大人びていたセリアの顔が、目を見開くことによって歳相応に見える。
「じゃ、じゃあ……あの、ね? 私村の人たちに怖がられてて、ね。友達がいないの。それで……」
彼女の言葉をノギスが遮った。
「怖がられてなくても、その立場だと友達がいなくたって仕方ねぇだろう」
「立場? って、そういえばノギスもいたんだね。また忘れてたよ」
ルーシェルの発言に彼は沈黙する。そして疲れたように叫んだ。
「……何でお前はいつもそうなんだ! 大体千年前のあの日だって……!」
「あの……」
もじもじと指を絡ませているセリアの前で、魔女と使い魔の舌戦が繰り広がれる。
「千年? ってことは僕が封印されて千年も経ってたんだね。まあ、今はそんなことどうでもいいよ。あの日は仕方なかったでしょ? というか、いつも『そう』ってどういう意味!?」」
「じゃあ言い直す。何でお前はそんなにアホなんだ!」
「あ、ノギスは僕のことそんな風に思ってたんだ? ふっふ~ん。でも残念でした。正しくは阿呆って言うんだよ! ノギスの方が阿呆だね?」
「……ルーちゃん? 白猫君?」
「ふん、お前の方がアホだ。どっちでも正しいんだからな」
「むっ! その偉そうな態度、何だかイライラする!」
「……二人とも。私の話、聞いてくれないのかな?」
ずっと無視されてきたセリアが、とうとう怒りをあらわにする。そんなに怒ると、綺麗な顔が台無しだ。……と、余計なことを考えてしまった途端、睨まれてしまう。
「そんなくだらない話してないで、私の話も聞いて!」
「「なっ! くだらない話!?」」
セリアも参戦した『くだらない話』は、約一時間続いた。
* * *
結局、セリアの話を聞きそびれてしまった。セリアが帰った後、ルーシェルはこっそりため息をついた。セリアは誰にも言わずに村から出てきたらしく、早く帰らないと怪しまれてしまう。それで帰ってしまったのは納得できる。
(だけど……あそこまで怒ったんだから大事な話だったんだろうな。聞いてあげればよかった。それに、もっと一緒に話したかったな)
千年封印されている間に、当たり前だが色々と変わっていて、彼女の話には知らない言葉がたくさん出てきた。ルーシェルの知らない食べ物、知らない国や町。もっと詳しく、そういう話を聞きたい。
「……ノギス。またセリアは来てくれると思う?」
「さあな」
相変わらず適当な返事だ。仲直りは先ほどしたはずだから、怒っているわけではない。千年経っても彼の性格は変わっていないのだな、となぜだか嬉しくなる。
「あ、そういえばセリアの立場って何?」
「さあな」
「……怒ってるの?」
「さあな」
……仲直りできていなかったらしい。
主人公は僕っ娘でした。最初はそんな設定じゃなかったのに……。
僕っ娘が嫌いな人、ごめんなさい。




