第十三話 心を読む力
遅くなりました!
セリアはルーシェルとノギスを待ちながら、彼女の言った言葉を思い出していた。
『セリアもセリアだよ。嫌なら嫌って、はっきり言わなきゃ。ノギスがセリアの名前を呼ばない理由なんて知らないけど、しょうがないなんて思っちゃ駄目だ』
嫌なら嫌とはっきり言う。それができないからこんなに辛いのに。
セリアがルーシェルの気持ちがわかっても、彼女にはセリアの気持ちはわからない。だからそんなことが言えるのだ、と意地悪なことを考えてしまう。
ノギスに『お前』や『こいつ』と言われるのは嫌だ。だが、セリア自身が納得したのだから別に良いのだ。もしかしたらずっと一緒にいれば呼んでくれるかもしれないが、しばらくは無理だろうと。
(あの人たちに……名前を呼んでもらいたいとは思わないのだけど)
両親の顔を思い浮かべる。自分の名を呼んでもらいたいとは、思っていない。おそらく、が付いているが。
自分の気持ちなのに、よくわからないのだ。あの人たちのことを親とも思っていないのに、たまにふと、優しくしてもらいたくなることがある。セリアにこんな力がなかったら、家族で幸せに暮らしていたかもしれないと思うと。
(心なんか読めなくても良かった。どうしてこんな力が、私にあるの?)
それは、仕方がないと諦めるしかない。そう考えてから、またルーシェルの言葉を思い出す。しょうがないと思ってはいけない、という。
(……これからは消極的に考えるのやめられるかな)
ルーシェルに言われるまで、自分が今まで色々なことを諦めていたことに気付いていなかった。それに気付けたのは、彼女のおかげではある。気付けたって、それができる可能性は低いが。
(ああもう! 可能性が低いとか考えちゃうから駄目なの!)
自分で自分を叱咤する。そして、洞窟の外をチラリと見た。
(早くルーちゃんと白猫君、帰ってこないかな……)
先ほど意地悪なことを考えてしまったことを、謝りたい。彼女はなぜ謝れたかわからず、きっとあわてるだろう。
その様子を想像して、セリアは小さく笑った。
* * *
ルーシェルは帰った途端セリアに謝られ、目を白黒させていた。彼女はルーシェルが帰ってすぐ、立ち上がって頭を下げたのだ。
セリアに謝られるようなことは、何もなかったはずだ。むしろルーシェルが謝らなければいけないのに。
あわてるルーシェルを見て、セリアはぷっと吹き出した。
「え、あ、う……僕何かおかしかったかな!?」
「ふふっ平気よ。ルーちゃんの反応が予想通りだったからつい。もう一度言うけど、ごめんね?」
もしかして、セリアはルーシェルの反応を見て楽しんでいるのではないだろうか。その考えに思い至り、セリアを疑いの眼差しで見る。
「楽しんでないかないわ。ルーちゃんひどい……」
「ご、ごめん」
謝るルーシェルを、セリアはなぜか嬉しそうに見つめてきた。だが、口を開こうとしたその顔は驚愕のものに変わった。目を見開いて、セリアはルーシェルのことをもっと見つめる。
「どう…し、て……?」
「セリア、大丈夫?」
「……どうして、こんなこと今まで一度も――」
ルーシェルの言葉も耳に入らないのか、彼女は呆然と何かをつぶやき始めた。その様子を見て不安になる。
(どうしたんだろう)
いつもなら、ルーシェルがこう考えれば、口に出す前にセリアは答えてくれる。だが今は、何も答えてくれなかった。試しに考え得る限りの悪口を、心の中で言ってみる。それにも彼女は何も答えない。
そこでふと、嫌な考えが浮かんだ。いや、セリアにとってはいいことなのかもしれない。
(僕の心を、読めてないの?)
「読めてはいる……の。小さく途切れ途切れにしか聞こえないだけ……だけど。こんなこと初めてで……」
小さく途切れ途切れにしか聞こえない。
それはどういうことなのだろう。セリアの心を読む力が、失われつつあるということだろうか。そういう力というのは、失われるものなのだろうか。
周りにそんな人間も魔女もいなかったから、よくわからない。そもそも知り合いなど数えるほどしかいないが。
「何だか…気持ち、わる……」
「セリア!」
ふらっと彼女の体が倒れてきて、あわてて受け止める。セリアはぐったりしていて、その顔には血の気がなくなっていた。気絶しているようだ。
ルーシェルはあわあわとノギスに助けを求める。
「ノ、ノギスどうしよう! セリアが気絶しちゃった!」
「言われなくてもわかってる!」
珍しいことに、彼もあわてているようだった。それがわかり、少し落ち着く。
だが落ち着いたところで、気絶してしまった人間に対しどのようにすればいいのかわからない。できるだけ人とのかかわりを避けてきたせいで、こんな時の対処法など知らないのだ。
「とりあえずえっとえっと……寝台に寝かせよう!」
目に入った寝台に、セリアを運ぶ。いくらセリアが子供だとは言え、気絶した人間を一人で運ぶのは、そう容易いことではなかった。
何とかセリアを寝台に運び彼女の顔を見ると、幾分顔色が良くなっている気がした。そのことに安堵し、なぜセリアが気絶してしまったのかと疑問を抱く。
(心を読む力が失われる……? そのことに関係してるのかな?)
小さく途切れ途切れにしか心が聞こえなくなるまで、セリアは元気だった。それなのにいきなり気絶してしまったのは、確実にそのことが関係しているのだろう。
だが、どう関係しているのかまではわからない。
(あ、そういえば、クロードの心が読めないって言ってたけど……。それってクロードが何か術を使ってたせいなの? それとも、セリアの力が失われかけてたから?)
彼のことを思い出し、そこでふと、大変なことに気付いた。
ぎぎぎっと音が鳴りそうなほどぎこちなく、首を動かしてノギスを見ると、訝しげに見られてしまう。
(ノギスにクロードのこと話してなかった!)
また怒られてしまわないか……。もちろんセリアのことの方が心配だが、そのことにも不安になる。
「あの、ですね。僕、大事なことを思い出したんです。怒らないで聞いてくれます……か?」
思わず丁寧な口調になってしまったのは、仕方のないことだと思う。
「言ってみろ」
「うぅ。怒らない、とは言ってくれないんだね……。実は、あの変態の一族の人間が来たんだ。ノギスが帰ってきた一時間くらい前に」
ノギスの目が細くなり、ルーシェルのことを見る。無言なのが怖い。
しばらくの沈黙の後、ノギスは息を大きく吸った。
「……お・ま・え・は! 何でそのことを早く言わないんだ!」
「だって……忘れてたし」
その言葉が火に油を注いだ。
「忘れてた忘れてた……お前はいつもそればっかりだ!」
「怒らないでよ! 忘れちゃうのは僕が悪いけど、ちゃんと思い出して話したんだからいいでしょ!?」
「良くない!」
「……あ。ねえ、気絶してる人間のそばで口喧嘩って、体に悪いのかな?」
そうっとセリアを見ると、ノギスもつられて彼女を見る。またしばらくの間、どちらも何も言わなかった。
(……今回の喧嘩、終わるの早かったな)
セリアのおかげだ、と気絶しているセリアに感謝する。
(だけど、いつまで気絶してるんだろう?)
気絶した人間は、どのくらいの時間で目を覚ますものなのだろうか?
セリアを見ると、一生目覚めないのではないのかと心配になる。まさかそれはないだろうが……。
こんな心配を、ノギスもルーシェルが封印された時にしたのだろうか。ルーシェルが封印されて千年。彼はずっとここで待っていてくれた。千年間、どれだけ不安だったのだろう。
(もしかして、封印が解けた時に怒られたのはそのせい?)
長い間ずっと心配していて、それなのにそこにいたのを忘れられるとは……。今更ながら、彼にひどいことをしてしまったと反省する。
「ごめんね、ノギス」
「さっきのことか?」
違う、と言うとノギスは首をかしげた。
「まあ……いっか。とりあえずセリアが起きるの待ってよう」
椅子を寝台の隣に持ってきて座る。そうすると、ノギスが膝の上に乗ってきた。
心配するくらいには、セリアに気を許しているのだな、とルーシェルはノギスに気づかれないよう微笑んだ。
セリアが目覚めたのは、すっかり外が暗くなってからのことだった。
実は私も、ノギスにクロードのことを話していないのを忘れていました……。




