第十二話 必要なもの
午後は投稿できないので、早めに投稿です。
短いです。
すっかりしょげてしまったノギスを、そんなに落ち込まなくてもいいのにと思いながら見る。彼の白い手は、すっかり土で汚れてしまっていた。
ルーシェルに必要なものだったかもしれないらしいが、今自分は幸せなのだ。ノギスもいて、セリアもいる。それだけで十分だ。それ以上、必要なものなどない。
「そんなに落ち込まなくてもいいよ。もうこれ以上、必要なものなんてないんだし」
「いや、それでもやはり、明日もう一度行ってくる。今日はルーシェルたちに何も言わずに探しにいったから、ひとまず戻ってきたんだ。……お前がいるんだったら、別に見つかるまで探してても良かったかもな」
ノギスはちらりとセリアを見やった。
また彼は、セリアの名を呼ばなかった。そのことに気付き、ルーシェルはそっとセリアの顔を盗み見た。一見何も変わらないように見えるが、彼女の顔が少し強張っているのがわかる。
「心配しなくても大丈夫よ、ルーちゃん。……ちょっと、嫌なことを思い出しちゃうだけだから」
ルーシェルの心を読んだのか、そう言って微笑む。その笑顔を見て、腹が立ってきた。
気付いているはずなのだ。人の心に敏感な彼なら。何度も頼んでいるのに、ノギスはセリアの呼び方は変えようとしない。
セリアは心配しなくても大丈夫だと言うが、ルーシェルにそれはできない。
「ノギス。いい加減セリアの名前を呼んであげたら? 君なら気付いてるんでしょ、セリアが辛そうにすること。それなのに、どうしてセリアの名前を呼ばないの?」
「私は理由を知ってるから、そんなに怒らないで。しょうがない、って諦めてるから」
セリアがルーシェルをなだめてくるが、それでも納得できない。
ルーシェルはセリアのことをキッと睨んだ。
「セリアもセリアだよ。嫌なら嫌って、はっきり言わなきゃ。ノギスがセリアの名前を呼ばない理由なんて知らないけど、しょうがないなんて思っちゃ駄目だ」
ついセリアに対しても、口調がとげとげしくなってしまう。彼女からノギスに視線を戻すと、なぜか傷ついた顔をしていた。
それを見ると、スッと頭が冷静になるのがわかる。自分は今、ノギスにひどいことを言っていただろうか。ルーシェルが今言ったことに、ノギスを傷つけるようなひどいこと……。考えてもわからない。
おそるおそる彼の名を呼ぶ。
「ノ、ノギス?」
「……また壺を探してくる」
「あっ」
ノギスは洞窟を出て行った。後を追おうとして、一瞬ためらう。
今彼を追いかけて、何を言えばいいのだろう。自分のどの言葉が、彼を傷つけたのかもわかっていないのに。
「早く白猫君を追いかけて。私はここで待ってるから」
セリアに言われ、ようやく踏ん切りがつく。ここでためらっていても、どうにもならない。早く、ノギスを追いかけなくては。
ルーシェルは走り出した。
* * *
そこかしこに、ノギスが掘ったのだろう穴が開いていた。一時間でこれだけ掘れるのは、彼が壺を見つけようと必死に探していたからだろう。
ルーシェルのために頑張ってくれたのに、その彼を傷つけてしまった。
(……そういえば、こんな喧嘩初めてかも)
今回は喧嘩とは言わないかもしれないが。
喧嘩をしたことはたくさんある。だがその中で、傷つけたり傷つけられたりしたことはどのくらいあっただろう。ルーシェルの記憶が正しければ、そんなことは一度もなかったはずだ。
(相変わらず走るの速いな……っ)
足はルーシェルの方が圧倒的に長い。ノギスは猫なのだからそれは当然のことだ。普通だったらルーシェルの方が速いはずなのに、まだノギスの姿は見当たらない。
「ノギス!」
大声で呼んでみるが、返事は聞こえなかった。それは近くにいないのか、見つかりたくないのか。ルーシェルがそう考えた時、小さな声が聞こえた。
「……こっちだ」
とても嫌そうな声。だがそれでも答えてくれたことに、嬉しさを感じる。
声が聞こえた方向に走っていくと、白猫がしっぽを振りながら待っていた。そこに壺はないから、まだ見つけていないらしい。
ルーシェルは俯きながら、ノギスに声をかける。
「ごめん。傷つけてしまったことと、どうしてノギスが傷ついたのかわからないこと」
「……まあ、ルーシェルだから仕方ない」
ため息をつかれ、ルーシェルはしゅんとする。仕方ないと言われ、落ち込まないというのは無理だ。ノギスと長い間一緒にいるのに、彼の気持ちをわからない自分が情けなくなってくる。
だが。
ルーシェルは顔を上げ、ノギスの目をまっすぐに見た。
「こんなこと言うのは恥ずかしいけど、僕は君とセリアがいれば他に必要なものなんてない。……だから、許してほしい」
「ふんっ」
ぷいっと顔を背けられ、許してもらえないのかとまた落ち込んでしまう。だが、続いた言葉にルーシェルはぽかんとした。
「俺が許さないと思ったのか?」
「へ……?」
よくわかっていないルーシェルに、ノギスは苛立ち気に言う。
「俺にだって、ルーシェルは必要な存在だ。……あいつがルーシェルに必要なら、俺にだって必要だしな。あいつの名前を呼ぶのは無理かもしれないが、考えておこう」
猫は顔が赤くなったりしない。そうでなければ、今のノギスは恥ずかしさで真っ赤になっているだろう。彼の口からこんな台詞が出るとは、ルーシェルは思っていなかった。
「えっと……。うん、まあよろしくね。壺は探さなくてもいいから、とりあえず帰ってセリアに謝ろ?」
「……あいつに謝るのは嫌だ」
「嫌って言わないでよ」
顔をしかめるノギスに、ため息をつく。そして、ひょいっとノギスの体を持ち上げた。
「な、何するんだ」
「いや、何となく。ノギス重くなったなぁ」
以前ノギスを抱いたのは、ノギスがまだ子猫だった頃だ。重くなったのは当たり前か、とばたばたと腕の中で暴れているノギスを無視して、ルーシェルは考える。
(……あの変態が何を壺に入れたかは気になるけど、もうこれ以上必要なものなんて僕にはない)
ノギスとセリア。この二人がいれば、ルーシェルは幸せでいられる。
あの人間たちの願いを、少しは叶えることができるのかもしれない。




