第十一話 白と黒
また遅くなりました!
タイトル思いつかない……。
まずい。
どこに壺を埋めたかわからない。
ノギスは手当たり次第に土を掘っていた。しかし一向に壺が出てくる気配はなく、手をいったん休める。
(……もう千年前のことだしな)
壺を埋めて、十年ほどはどこに埋めたのか何となく覚えていた。だがだんだん記憶は薄れていって、それから先は壺のことなどちらりとも思い出さなかったのだ。それなのに、千年経った今覚えているわけがない。
洞窟からそう遠くないところに埋めたのはわかるのだが……。
「はあ……」
思わず口からため息が漏れる。なぜ自分は壺を埋めたのだろう。その理由はわかっているが、そう考えずにはいられなかった。埋めなければ、今こんな苦労をすることはなかったのに。というか、そもそもの原因はルーシェルだろう。
自分に向いていた怒りの矛先は、いつの間にかルーシェルに変わっていた。
彼女が封印されることを承諾したから。ノギスはあの男の言う通りに、何が入っているかわからない壺を埋めなければならなかったのだ。
壺を埋めた場所は思い出せないのに、なぜだかあの男の言葉は思い出せる。
『この壺は、もしルーシェルちゃんの封印が解けた時に、彼女に渡してくれ。それまでは土の中にでも埋めておいた方がいい。それを狙う奴がいるかもしれないからね』
何が入っているのかは教えてくれなかった。ルーシェルに必要ないものかもしれないけど、とあの男は言っていたが。一体何が入っているのだろう。
ノギスが不思議そうな顔をしたのがわかったのか、男は笑って言った。
『ルーシェルちゃんにはわかるはずだ。もし必要なものだと判断したら、この壺を割ってくれ。あ、それからルーシェルちゃんを封印した壺を割ると、ルーシェルちゃんは死んじゃうから気をつけてね、白猫君。封印が解けると、自動的に消滅するけど』
そういえば、あの男もノギスのことを『白猫君』と呼んでいたのだった。もうずっと昔のことなのに、今更腹が立ってくる。
それ以上の説明はせず、あの男は帰っていった。依頼主に、ルーシェルを封印したことを知らせに行くと言って。依頼した者の名を問い詰める前に、彼の姿は消えていた。
(何でこんなことは思い出せるんだ!)
壺を埋めた場所の方が、余程重要なことだ。あの男の言葉を、一言一句正確に覚えていることがノギスには信じられなかった。
休めていた手を、また動かし始める。
確か浅い場所に埋めたはずだ。だが、猫のノギスでもぎりぎり持てるくらいの大きさだったのだから、見つけるのは難しいかもしれない。
ノギスは舌打ちをし、ただひたすらに土を掘った。
* * *
「……お前がルーシェルという魔女か?」
どうして、と頭が真っ白になる。あの変態は人間だった。あれから千年経ったのだ。生きているわけがないのに。
セリアが安心させるようにルーシェルの手を握ってきて、少し冷静になった。
この男の目には、侮蔑の色が宿っている。あの変態なら、絶対にこんな目はしない。女性であれば見境なしに口説く、あの変態ならば。
それに、言葉づかいも違う。この男は、ただあの変態に似ているだけだ。……似すぎているが。
ルーシェルがそんなことを考えている間に、男はこちらに歩いてきて――
「答えろ。お前が――うわっ!」
転んだ。つまずく物など何もないはずなのに。
ルーシェルとセリアの顔が少し笑っていることに、気付いたのか気付いていないのか。何もなかったかのように立ち上がり、また歩き出す。先ほどより、顔が赤くなっている気がするのは気のせいだろうか。
「何でまた……」
何かをぶつぶつとつぶやいている。またということは、何度も何もない所で転んでいるのだろう。
(あ、やばい。笑いが抑えられなくなりそう)
セリアはルーシェルの手を離して、自分の口を隠していた。目を見る限り、笑っているに違いない。それを確認すると、ついにルーシェルは笑いをこらえることができなくなった。
「……っあはははは! 君、あの変態とはやっぱり別人だ! あの変態はこんなにドジじゃなかったもん!」
「ドジだと!? いや……否定は、できない……が」
自覚があるのだろう、男はうつむいた。だがすぐに「今はそれは関係ない!」と顔を上げる。
「もう一度訊く。お前がルーシェルか?」
「あははっちょ、ちょっと待って。お腹いた……」
素直に男は待ってくれる。笑っているルーシェルのことを、なぜか怪訝そうに見ながら。その目にはもう、侮蔑の色はなかった。
腹が痛くなるほど笑い転げた後、ルーシェルは目の端に浮かぶ涙を指で拭いながら口を開いた。
「……よし、もう大丈夫かな。君の質問に答えるよ。僕の名前はルーシェル。君の言う通り、魔女だよ。……君の名前と、何をしにここに来たのか訊いていい?」
「俺はクロード。お前を封印しに来た。……一つ訊いてもいいか?」
「どうぞ」
返ってきた答えは予想通りのものだったから、大して驚かずにうなずく。セリアは急に真剣な顔をして、彼を見つめたが。ルーシェルを封印しに来たと言われ、警戒しているのだろう。
「あの変態とは、もしやフィルマンさまのことか?」
「フィルマン? えっと、変態っていうのは僕を封印した男のことだよ」
今思えば、あの変態の名前を聞いていなかった。この男が最初にルーシェルを見た目は嫌なものだったが、名乗っただけあの変態よりましなのかもしれない。
クロードは「それがフィルマンさまだ」と言った後、呆然としたようにつぶやいた。
「……女誑しだとは聞いていたが、変態と言われる程だったのか……?」
「何か衝撃を受けてるとこ悪いけど、君と変態の関係って何なの?」
クロードは自尊心が高そうだ。確実にそうであるとは言い切れないが、彼がフィルマンさまと呼んでいるのなら、あの変態は彼にとって尊敬に値する者なのだろう。
「フィルマンさまは、我が一族の中で一番強い力を持った方だった。俺はフィルマンさまのような方になりたい」
「へぇ、変態になりたいの?」
ルーシェルの目が冷たくなったのを感じたのか、クロードは慌てて否定する。
「ち、違う。そういう意味ではなく、フィルマンさまのように立派な……」
「立派? あの変態のどこが立派なのかな?」
「う……そ、それは――」
「まあ、君をからかうのは面白いけど、そろそろやめておこう」
にっこり笑ったルーシェルを、クロードはぽかんと見てきた。
これは、からかわれていたことに気付いていないのだろう。セリアとノギスの言っていたことに同意するのは癪だが、これは確かに面白い。
ようやく理解したのか、彼はむすっとした顔で尋ねてくる。
「お前は本当に魔女か? その髪と瞳の色がなければ、人間と間違えそうだ。魔女が人間ではないと理解しているが、今まで封印してきた魔女とはどこか違う」
「……クロード。君、人間と魔女を差別するようだと、あの変態のようになれないよ」
あの変態のただ一つ良いところは、人間も魔女も動物も、分け隔てなく接すること。まあ、男より女に甘いが、それ以外は立派だと認めてやる。あの男の唯一の美点がクロードにはないのだから、彼はフィルマンのようにはなれないだろう。
クロードはルーシェルの言葉を聞き、黙りこんだ。
「…………」
「とりあえず、早く帰ってくれない? 僕はあの時と違って、封印されたくないんだ」
「……また来る」
彼は力なく洞窟の外へ出ようとし――
「うわっ」
また転んだ。なぜ何もない所で転ぶのだろう。魔女を封印したことがあるのなら、それなりに力があるはずなのに。体を動かすことが苦手そうだ、とルーシェルは苦笑して考える。
彼は無言で立ち上がり、振り向かずもせず去っていった。
帰るのなら歩いていかずに、『移動』の術を使えば良いのではないだろうか。『移動』の魔法があるのだから術もあるはずだ。一度行ったことがあれば、一瞬でそこへ移動できるのに。
「……クロ君の心、どうして読めなかったのかな?」
首を傾げるセリアに、クロードはクロ君なのか、と心で突っ込みを入れる。
「だって白猫君とクロ君で、丁度白と黒……って白猫君は?」
「あ」
そういえばまだ帰ってきていない。クロードが来たことで、すっかりノギスの存在を忘れていた。これをノギスに知られたら、また怒られてしまうかもしれない。できればノギスを怒らせたくはない。
(言わないでおこう)
今回はセリアも彼のことを忘れていたのだから、おそらくセリアは言わないでおいてくれるだろう。
彼が何も持たずに帰ってきたのは、それから二刻後のことだった。
明日は投稿できないかもしれません……。




