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第九話 元気にする力

 本日二回目の投稿!

 セリアが来ない。

 もう昼を過ぎたのに、まだセリアは来なかった。だんだんとソワソワしてくるのが、自分でもわかる。


(早く来ないかな)


 今日は封印されている間にできた、国や町について訊きたい。椅子に座って洞窟の外をチラチラと見る。

 もしかしたら、一昨日のように何か用事があるのだろうか。その可能性もあることに気付き、ルーシェルはうなだれる。そうだとしたら、今日はもうセリアに会えないのだ。

 寂しさを紛らわすためにノギスと話でもしよう、とルーシェルはノギスの姿を探した。


「……あれ? ノギスがいない?」


 いつの間にか、あの白猫がいなくなっていた。先ほどまで一緒にいたはずなのに。ソワソワしていたせいで、彼がいなくなったことに気付かなかったのだろうか。

 ノギスがいつの間にかいなくなっているのはたまにあることだから、気にせずため息をつく。


(暇だな……。本当に、魔法が使えなかったら僕は何にもできないんだ)


 以前は薬を作って暇をつぶすことができていたが、今はノギスやセリアと話す以外に何もすることがない。魔女は何も食べずとも生きていけるから、食事もしないのだ。食べることはできるが、いつもは魔法で調理していたため、調理の仕方がわからない。いや、一つだけならわかるのだ。


(……カリマ)


 彼女の料理はとてもおいしかった。頼めばどんな料理でも作ってくれた。ただし、後で勉強をしなければ怒られたが。

 カリマの本を借り、字を読む練習。その本の知識を頭に覚えさせる。薬草や魔法の勉強は、カリマの本でしたのだ。その次には、計算の練習。そして夜寝る前に日記を書き、字を書く練習もした。


 魔法の使い方さえ知らなかったのだから、彼女がいなければあの時死ぬのはルーシェルだっただろう。咄嗟に魔法を使ったせいで、顔も、女か男かさえ覚えていない人間。


(もう何百年も前のことなのに。未だに引きずってるなんて知られたら、ノギスに笑われちゃうかもな)


 彼は捨てられたことに対し、仕方がないとすっぱりと諦めた。ノギスが仕方ないと諦めたように、ルーシェルも諦められたらどんなにいいだろうか。

 なぜ使い魔は黒色でなくてはいけないのだろう、とルーシェルは思った。白猫のノギスは、ルーシェルの立派な使い魔だ。それを否定されるのは嫌だった。


 カリマの本には、使い魔の一族についての説明が書かれていた。

 人間の言葉を解する、黒い動物たち。猫や狼の他にも、鳥や兎、猿や羊。獅子も虎もいる。要するに、どんな動物でもいるのだ。

 魔女はなぜか、必ず使い魔の一族の動物に会うらしい。自分から会いにいかなくとも、なぜか出会ってしまうのだ。それを読んだ時、自分はどんな使い魔に会うのだろう、とわくわくしたのを覚えている。そして、ノギスに出会った。

 使い魔と契約するかどうかは、魔女が決める。気に入らなければ、契約をしなくていいのだ。だがあの時、目の前にいた白い子猫と契約することに、ためらいはなかった。


 名前は決まっていないと彼が言ったから、ルーシェルは『ノギス』と名付けた。適当に頭に浮かんだ名前を言うと、彼は喜んでくれた。


(あの頃はノギスも素直だった)


 今ではあんな生意気になってしまったが。それでもルーシェルは、彼のことが大切だ。


「……ルーシェル?」

「ふぁ!! ノ、ノギス!? いつからそこに!」


 恥ずかしいことを考えていたせいで、顔が真っ赤になる。ここにセリアがいなくて良かった。もしセリアがいたら、ノギスに今考えていたことを話してしまうかもしれ――


「ふふっ、ルーちゃん。私はここにいるよ?」

「あ、あはははは」


 乾いた笑い声が口から漏れる。


「あのね、白猫君。ルーちゃんは――」

「うわー! それ以上は言わないで!」


 慌ててセリアの口を手で塞ぐ。恥ずかしさでぎゅっと目を閉じる。しばらくしても、何の反応がないのが気になって、目を開けるとセリアが気を失いそうになっていた。そこでようやく、彼女の鼻まで塞いでいたことに気付く。


「わっ、セリア大丈夫!?」

「だ、大丈、夫? か、な」


 ゼーゼーと息を吸いながらの彼女の答えに、ほっと安心する。大丈夫そうにはあまり見えないが、とりあえず死にそうな状態ではない。

 息が整ってきたセリアは、ルーシェルのことを恨めしげに見てきた。


「……ルーちゃんひどい」

「うぅ、ごめん。だけど、ノギスにそのことは言わないで」

「そんなに嫌がること? 白猫君が聞いたらよろこ――ご、ごめんなさい。もう言わないから、そんな怖いこと考えないで、ね?」


 いつ自分が怖いことを考えたのだろう。自分でも知らない内に、セリアが真っ青になるようなことを考えていたのだろうか? ただ少し、ほんの少しだけ、セリアの口を塞いで気を失わせてから土の中に埋めちゃおうかな……なんて考えただけなのに。


「ルーちゃん、それ死ぬからね? 一応言っておくけど」

「うん、わかってるよ? ははっ、僕が誰かを殺そうとするわけないでしょ?」

「本気でやろうとしてた!」


 笑うルーシェルに、セリアは顔を青くして言う。だが、どこかこの会話を楽しんでいるようにも思えた。セリアの口は、少し微笑んでいるようにも見えたから。

 その様子を見ながら、ノギスが言う。


「……ルーシェル、どんなことを考えたんだ?」

「ノギスは知らなくてもいいことだよ。それよりどこ行ってたの?」


 まだ何か訊きたそうだったが、ノギスはルーシェルの質問に答えてくれた。


「こいつと一緒に来たことでわからないか? お前がソワソワしてたから呼んできてやったんだよ」

「へ……。僕がソワソワしてたの気付いてたの? えっと……とりあえずありがと」

「ふん」


 顔を背けたノギスだが、おそらくこれは照れているだけだろう。生意気になっても、照れ屋なところは変わらない。昔からお礼を言われたり褒められたりすると、必ず彼は照れるのだ。

 ふとルーシェルは、セリアが立ったままのことに気が付いた。


「あ、セリア、座って話そ?」

「そうね。今日は千年の間にできた、国についてだよね」

「……セリアが来てから、そのこと考えたっけ。もしかして、しばらく前から洞窟の外にいたんじゃないの?」


 彼女は「さあ」と笑いながら続ける。


「可愛かったよ? ソワソワしてるルーちゃん」


 その言葉にルーシェルが怒ったのは、言うまでもない。


     * * *


 セリアの話を聞いた感想はこうだ。


 できた国多すぎだろう、という……。


 千年。その間にできた国の多さで、その長さを改めて感じる。セリアも全ての国を覚えているわけではないから、実際はもっと多いはずだ。セリアが話してくれた国だけで、三十カ国はあるのではないだろうか。国というものはそう簡単にできるものではない。


「文明はそう変わっていないけど、国は本当にたくさんできたから。ルーちゃんがびっくりするのもわかるわ。私が覚えていない国でも、あと十カ国くらいあるかな?」

「そんなに!?」

「……この千年間、ちょっと変なの。国はたくさんできるし、『黒い狼』にキカイは壊されるし。最近の異変は、雨が降らないこと」


 眉をひそめるセリアの言葉に、そういえばと思い出す。ルーシェルの封印が解けてから一度も雨が降っていない。この辺りは二日に一度は雨が降るほど、雨が多かったのに。


「え? そんなに降ってたの?」


 セリアの驚いた声に、こちらが驚いてしまう。


「私が知る限り、そんなに雨が降ったことはない。……今は鎮月なんだけど、今年に入ってから一度も雨が降ったことがないの」

「それって……大丈夫なの?」

「全く大丈夫じゃないわ」


 雨が降らないと、作物が育たない。そうなると、人間たちの食べる物がなくなってしまう。いや、人間たちだけではなく、動物だって食べる物がなくなる。

 草食動物は植物がないから何も食べられない。草食動物が死ぬと、今度は肉食動物が何も食べられない。人間は作物も動物の肉も食べられなくなる。


「それ以上に心配なのは……龍神さまの声が聞こえないこと」


 龍神さま。聞いたことのない単語に、ルーシェルは首をかしげた。


「そういえば、ルーちゃんには言ってなかったね。……私は村で『巫女』と呼ばれてる。その役目は、龍神さま……雨を降らすことのできる神さまに、祈ること。龍神さまの声を聞ける人間が巫女なのだけど……」


 そこまで言って、セリアは黙り込む。


「……声が聞こえなくなったの。龍神さまの身に何かが起きたのか、私の巫女としての能力が失われたのか。それがわからない」

「なるほど、それでセリアが僕の封印を解けたのか。いくら力がある人間だって、神さまにはかなわないよね。んーと、まあよくわからないけど、龍神さまっていう神さまは強いんだし、心配しなくても平気じゃないかな」


 あの変態は強かった。それでも、神にはかなわないだろう。

 納得するルーシェルを見て、セリアはなんともいえない顔をした。そして次の瞬間には笑いながら言う。


「……ルーちゃんは、何だか人を元気にする力があるみたい」

「え?」


 ぱちぱちと目を瞬く。人を元気にする力?


「ううん、何でもないわ……あははっ。あっルーちゃん、私もう今日は帰るね。また明日」


 詳しいことを何も言わず、セリアは洞窟から出て行く。それを見送って、先ほどの言葉の意味を考える。


(人を元気にする力……)


 そんな力が自分にあるのだろうか。確かに、あの人間たちもここへ来た時は元気がなかった。それなのに、薬を飲む時には笑顔だったのだ。もしかしたら、本当にそんな力があるのかもしれない。

 嬉しくなって、ルーシェルは微笑んだ。魔法が使えなくなったのが何だ。











 そんな力があったら、もう他に何もいらない。

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