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プロローグ 人間たちの願い

「本当に……いいんだね?」


 薄暗い洞窟に少女の声が響く。尋ねられた人間は、少しためらった後うなずいた。少女は寂しそうな顔をし、その人間に液体が入った瓶を渡す。


「その薬を飲めば、君は苦しまずに死ぬことができる。……もう一度訊くよ。本当にいいんだね?」

「はい。心残りはもうないですから」


 少女の確認の声に、今度はためらわずにうなずいた。そして、今から死のうと思っているなんて嘘のような笑みを浮かべる。


「ありがとうございます、魔女様。……魔女様にもう少し早くお会いできていたら、私は自殺しようと思わなかったかもしれませんね」


 魔女様、と呼ばれた少女は顔を泣きそうに歪めた。

 魔法が使えるのにもかかわらず、自分はこの人間に何もしてあげられない。魔法に、人間を助けられるようなものはないのだ。自分にできるのは、ただ苦しまずに死ねる薬を渡すだけ……。それが悔しかった。

 今までの人間たちにも、それしかできなかった。この薬を飲むと、骨も何も残らない。だから墓も作ることができないのだ。

 彼女は少女から瓶を受け取ると、もう一度感謝の言葉を口にする。


「ありがとうございます」


 感謝されることなんて望んでいない。


 死なないでほしい。


 そう思ってしまう。それが自分勝手な願いだとわかっているのに。今まで、少女の目の前で死んでいった人間たち。その人間たちも、今ここにいる彼女も、生きていくことが辛いのだ。無理に生きさせるよりは、苦しまずに死ねるよう協力した方がいい。


「……来世では、君が幸せに生きられますように」


 そんなことしか言えない。

 瓶のふたを開けた彼女は、一瞬動きを止めた。


「心残り……。ありました」

「?」


 少女はその言葉に首をかしげる。先ほどまではないと言っていたのに、なぜ今になってあると言い出したのだろうか。

 彼女は、ふわりと儚げに微笑んだ。


「魔女様の優しさを、皆に伝えられないことです。それだけが心残り……。伝えたって、皆信じてくれないに決まっていますが。魔女という存在を、皆恐れていますから。私もここに来るまではそうでした」

「……そっか」


 わかっていたこと。それでも少しだけ、悲しかった。


「でも、魔女様とお話してそんな思いは吹き飛びました。この方が恐ろしいはずはない、と」

「……ありがと」


 何だか照れてしまい、彼女から目を逸らす。ここが薄暗くてよかった。明るいところだったら、顔が赤くなっているのを気付かれてしまうかもしれないから。


「最後に魔女様に出会えてよかったです。……そろそろ私、飲みますね。いつまでも開けたままなのはどうかと思いますから」

「うん。元気でね、……って言うのは変か」

「ふふっ。私はもう死にますからね。んーと、私は何を言いましょうか。……魔女様がどうか幸せになれますように、ですかね」


 目を丸くした少女に「さっき、私に言ってくれましたから」と言う。


 なぜここに来た人間は、皆同じことを自分に言うのだろうか。ここに来た直後は、魔女の自分が何か言うたび、動くたびに怯えていたと言うのに。

 そんなことを言うから、こんなにも悲しくなってしまうのだ。

 少女は出てくる涙を必死に堪えた。自分に泣く資格はない。いつも、少女は人間たちが消えてから涙を流す。泣いてはいけないと思っていても、我慢できなくなるのだ。

 隣に座っていた使い魔が、心配そうに少女の顔を覗きこんできた。心配しなくてもいい、という意味で少女は使い魔に首を振る。


「不思議と死ぬのが怖くないんです。これも、魔女様のおかげですね」


 また、この人間も死んでしまうのか。他の人間と同じように。他の人間たちだって、最期は笑顔で薬を飲む。この人間も、笑っていた。なぜ死にたいのか、と問いたくなるほどの笑顔で。


 こくっ。人間が薬を飲んだ。飲んでしまった。

 辺りに風が舞い上がり、人間の姿はだんだんと消えていく。きっともう、生きていないのだろう。少女は最期の姿を目に焼き付けようと、目をしっかりと開く。今まで消えていった人間たちの最期を、誰一人として忘れたことはない。この人間の最期も、忘れないようにしなければ。


「……こいつで百人目か。魔女の作った薬で死のうとする物好きな奴は」


 人間が消えてしばらくし、使い魔がぽつりと言う。


「よくそんなこと覚えてるね? 白猫のくせに」

「それは今、関係ねぇだろう」


 魔女の使い魔は普通、黒色をしている。白い使い魔なんて、彼だけではないだろうか。彼はそのことを気にしているから、少女も普段はそのことに触れない。だが、こういう時は別だ。悪いとは思うが、八つ当たりさせてもらっている。


「俺は何も見てねぇし、何も聞いてねぇぞ。だからいつもみたいに、泣いていいからな」

「……いつも、って何さ」


 確かにいつものことなのだが。少しむっとしながらも、素直に従う。今まで我慢していた涙が、あふれ出てきた。使い魔の言った通りなら、もう自分は百回も泣いている。それなのにまだ慣れない。人間が目の前で死んでいくことに。

 使い魔は、先ほどまで人間がいた空間を見つめた。


「あいつらの願い。忘れんなよ」


 魔女様が幸せになれますように。


 彼に言われずとも、忘れるはずがない。

 人間たちの最期の願い。それはきっと、叶うことのない願いだ。それでもいつか、自分が幸せだと思う日が来るのだろうか。














 この一ヵ月後。この魔女は、ある人間の男に封印されることになる。






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