第1話:その空を切り裂くのは、私だ。
【アバンタイトル:記録された絶望】
――かつて、月面に『光』と『闇』の双星が堕ちた“双星の堕天”から約半世紀。
二つの星から散らばったその破片は、地球に未知の技術『オーテック』と、未曾有の超常災害をもたらした。
次々と出現する怪獣や怪人たち、そして地球人類への宣戦布告を行った『機界帝国 ゼノグラシア』………。
激動の時代、人類は惑星統合組織『地球連合政府』を発足。その直轄組織として 『地球圏統合防衛軍(E.S.A.F. - Earth Sphere Articulated Forces)』、通称“イーサフ”を結成し、唯一の対抗手段である新型兵器システム群『オーテック・ウェポン』と、人型機動兵器『MT』を実戦投入してこれに対抗した。
適合新人類『スターカー』たちが戦場を駆ける今、平穏は薄氷の上に成り立っている。
これは、一人の少女と、鋼鉄の勇者たちが戦場を駆ける、数奇な運命の記録である。
――そして今、少女の『退屈』が、再び世界を揺り動かそうとしていた。
【0:夢の残滓】
――夢を、見ていた。
燃えるような紅い夕焼けと、それに重なるどす黒い爆炎の夢。
視界の端で、中破し、頭部を失った「鉄の巨人」が膝をついている。コクピットハッチは無惨に抉じ開けられ、主の姿はない。
『逃げろ、奏! ここは俺が食い止める!』
記憶の中の兄・玲司の声は、ノイズにまみれて聞き取れない。
差し伸べた手は届かず、その代わりに彼女の手を引いたのは、無機質なドクロの仮面を被った、異形の巨漢だった。
『……泣くな、我が娘よ。玲司は…お前の兄は、我々に大いなる“勇情”を遺したのだ』
その日から、私の「退屈な未来」が始まった。
【1:極東の鳥籠】
――極東連合管区、第82学区。
ハッと目を開けると、そこはいつもの校舎の屋上だった。
目覚めた少女 ―火向 奏は、フェンスに背を預け、ヘッドホンのノイズキャンセリングを最大にした。
だが、いくらノイズキャンセリングを最大にしても、脳に直接流れ込む「未来の残像」は消えない。
見上げた空には、幾重にも重なる巨大な半透明の防壁、"対次元干渉多層防護壁『ジオ・テラス』"が、第82学区を鳥籠のように覆い、その階層越しに歪んだ夕焼けを映していた。
半世紀前の「双星の堕天」以降、歪んだ磁場と頻発する超常災害から人類を守るために築かれたこの巨大ドームは、皮肉にも「ここから外へは出られない」という絶望の象徴でもあった。
「……三秒後、カラスが飛ぶ」
奏が呟く。――バサリ、と羽音がした。
「五秒後、あそこで風が吹き、あの子のプリントが散らばる」
――突風が吹き、階下で悲鳴が上がる。
「予定通り。……全部、あらかじめ知らされてる。……クソ食らえだね、スターカーなんて」
奏は吐き捨てた。
幼少期の大災厄。両親を失い、兄と二人、遠い親戚を名乗るドクロ頭の怪人――"ゼノムおじさん"に引き取られたあの日から、私はある種の「予知能力」に目覚めた。
世間じゃそういったある種の“超能力”に目覚めた人達を『適合者』…なんて格好いい呼び方をしてるけど、私に言わせれば、"これ"は進化なんて高尚なものなんかじゃない。
私の能力……防衛軍の人達が『スパーク・プレディクション(雷光の予知)』と呼んでいるこの力によって、私の眼には「次、雨が降る」「あそこでコップが割れる」といった数秒〜数分先の「可能性の未来」がノイズのように視えてしまう。驚きも、未知も、全部あらかじめ知らされる。
そのせいだろう、周囲からは「可愛げがない」「不気味だ」と距離を置かれ、私はいつもひとりぼっちだった。そんな私を慰めてくれたのは兄と、ゼノムおじさんだけ。
それだけでよかった。誰に認められなくても良い。私には2人が居ればそれでよかった。
でも………
――燃え盛る戦場。中破し、コクピットが虚ろに開いたまま擱座していた、兄・玲司の専用MT。現場には兄の姿はなく、残されていたのは血のついたドッグタグだけ。――
3年前のあの日、兄を連れ去ったあの「戦場」だけは、どうしても予知できなかった。だから、この能力は私にとって恩寵なんかじゃなく、出来の悪い映画を何度も見せられる「呪い」に過ぎない。
「要は…"バグ"なんだよね。スターカー…って。
世界が狂って、それに適応しすぎたせいで、みんなおかしくなっちゃってる。ただ…それだけ。」
奏はまるで不貞腐れるように、そう呟く。
退屈。しかして、平穏。……だが、その平穏すら、この世界では「まやかし」に過ぎないことを彼女は知っている。
そして、それが壊れるのは、いつだって一瞬の出来事でしかないのだ。
その時。
左目に、火花が弾けた。
「……ッ、今の不協和音……昨日までの連中とは、質が違う……!」
【2:機界の宣託】
――月面裏、『見えざる傘』と呼ばれる光学迷彩によって秘匿された小惑星基地『ガンド・ロワ』。
そこは酸素も慈しみも存在しない、ただ「効率」と「秩序」のみを演算する鋼鉄の聖域。
その中枢に、明滅する電子光が支配する、巨大な作戦指令室『円卓の間』があった。目の前に浮かぶ巨大な空間亀裂のモニターには、これから「調理」される獲物――平和に歪むジオ・テラス1607 ――第82学区が映し出されている。
「ターゲット:極東連合管区、座標35.48。……当該エリアの有機生命体反応、120万。……すべて『機界昇華』の素材として、再定義を開始する」
冷たく、電子信号のように硬質な声が響く。
巨体から重厚な圧を放つ機械将軍…“戦禍”のデストラグナが静かに、冷徹な合成音声で告げる。
「…ケッ、どいつもこいつも、ツラ拝んでりゃあ欠伸が出やがる。反吐が出るほど平和ボケしてやがんなぁ、オイ!」
モニターを蹴り飛ばさんばかりの勢いで身を乗り出したのは、荒々しい重装甲に身を包んだ鬼か悪魔のような機械生命体…“渇亡”のギルガイストだ。彼は苛立ったように棘付きの棍棒を肩に担ぎ、指の関節を鳴らす。
「ガタガタ抜かしてねぇで、サッサと『機界昇華』始めちまおうぜ。……おい、ネクロシノハ! テメェのチマチマした暗殺だの工作だのは後回しだ。まずは俺様の軍団がドカンと一発、景気良くカチ込んできてやるよ!」
「おやおや、ギルガイスト…貴方は相変わらず血の気が多い。……まあ、いいでしょう。まずは貴方の『魔獣軍団』に、前座の掃除を任せるとしましょうか。そうそう、あまり乱暴に壊してはいけませんよ? 生命の絶望、その『負の周波数』こそが、我らが“帝”の糧となるのですからね……」
細身の忍装束を纏ったかのような姿の機械生命体…“病魔”のネクロシノハが扇子を広げ、不気味にセンサーを明滅させながら、クスクス…と小馬鹿にしたような笑い声を漏らす。
「えー、ギルちゃんだけズ〜ル〜いッ! ボクももっと『楽しい』ことしたいなー! あのドームを…魔法でカラフルなクッキーの詰め合わせにしちゃうとかさ! ぐちゃぐちゃに混ぜたら、きっと凄く面白いことになるよね!」
大きな杖を振り回し、子供のように跳ね回るのは、魔法少女型の機械人間…“支配”のマギカリリスだ。その無邪気な瞳の奥には、生命への慈しみなど欠片も存在しない。
「……マギカリリス、私語を慎め。これはあくまでも『任務』だ」
冷たく、硬質な電子音声を響かせながら、デストラグナが静かにモニターを凝視していた。
「ギルガイスト。侵攻座標、及び目的に全て誤差はない。……全宇宙の不確定要素を排除せよ。……作戦名『鉄の福音』……全ては、我らが“帝”のために」
「ヘッ、分かってらぁ! デストラの旦那に言われちゃあ、ケツを振らねぇわけにはいかねぇしなぁ…!」
ギルガイストは下卑た笑いを浮かべると、眼下のコントロールパネルを力任せに叩いた。
「行けッ! “ガイガノス”!あの柔っこい肉塊どもの巣窟を、その力でスクラップにまで粉砕しろ! 地球の野郎どもに、秩序の鉄槌を叩き込んでやれッ!!」
ギルガイストの咆哮が指令室に響き渡ると同時に、モニターの向こう側――地球の空が、物理的に『剥がれた』。
【3:紅き咆哮、鋼鉄の同調】
空が、物理的に「剥がれた」。
漆黒の亀裂から這い出たのは、全身が鋼鉄の多面体で構成されたような、甲虫にも似た無機質で禍々しい巨大生物………
機界壊獣『掘削甲蟲 ガイガノス』が、ジオ・テラスの第1防壁を紙のように引き裂く。
――“機界壊獣”………この巨獣は、実際に生物をベースにしたサイボーグ等ではない。あくまでも有機物をモチーフとした外観をした、「破壊衝動をインストールされた自律型重機」だ。
その関節は不快な歯車音を立て、目を模したカメラレンズの瞳は冷たく街を見下ろす。
生物の咆哮ではなく、金属を削るような不快な電子音が街に響き渡り、前脚の大きな鎌がドームを支える支柱を一薙ぎで粉砕した。
平和な下校時間は、一瞬にして爆炎と悲鳴が渦巻く地獄へと塗り替えられる。
「……あーあ。今日も"全て"が予定通り。……嫌になっちゃうなぁ、…本当に。」
奏は慣れた手つきでヘッドホンを外すと、ポケットから熱を帯びたデバイスを取り出した。
その画面には、紅き獅子の紋章が猛々しく踊っている。
それこそが彼女の相棒——「勇者」からの出撃の合図だった。
『ハッ!奴さん、今日はずいぶんといきり立ってやがるな〜……… 準備はいいか? 相棒!』
スピーカーから響くのは、抜けるような青空のように爽やかで、それでいて芯の強い声。
半年前に富士山麓の研究所で出会った「勇者」…ヴァンセイバーの声だ。
「……わかってる。私の直感も言ってるよ。……やっと、私たちの出番だ…って。」
奏が不敵に笑い、デバイスを目の前に掲げる。
瞬間、デバイスは「オーテック」の光を纏い、紅白に金の意匠を冠した変身アイテム…『Vユナイザー』へとその姿を変えた。
「コード:スクランブル・フォーム………行くよ、ヴァンセイバー!」『応ッ!』
奏がVユナイザーの画面を操作してコードを打ち込み、勢いよく天に掲げると、2人は息を合わせてこう叫んだ。
『「 "ユニゾン・スパーク" っ!!」』
瞬間。奏を中心に半径2mの紅い光の繭「ソウル・コクーン」が展開されると、彼女の身体が光の粒子に分解され、空間を跳躍する。
冷たい電子の海を突き抜け、熱い「拍動」の真っ只中へ――。
コンマ数秒後、彼女の意識が「着地」したのは、E.S.A.F.日本支部の地下深く。ヴァンセイバーの胸部深層、心臓部に位置するコクピットコア――『ソウル・チャンバー』の中だった。
そこは、通常のMTのような計器類が存在する冷たく、暗い場所ではない。全天周囲に広がるモニターもなく、あるのはただ、 かの有名なエントリープラグにも似たコクピットシートと…半透明の粘性をもつ高伝導液体(L-リンク・リキッド)で満たされた、胎内のような空間だ。
「……あッ、つゥ……ッ…。相、変わらず、この……心臓の中にいるみたいな感覚は……慣れないものね!」
再構成された奏の身体を、熱めの源泉ほどの温かさを持つ液体が包み込む。そして彼女の身体を這うように変形していき、特殊な神経接続式強化活動服…“アダプトスーツ”を着装した姿へと彼女を変えた。
直後、脊髄を駆け上がる強烈な電撃。コクピットシートから伸びたアタッチメントケーブルが奏のアダプトスーツに食い込み、ヴァンセイバーの「拍動」が全身を貫く。
同時に、奏が日常で忌み嫌っていた「ノイズ」が変質した。
バラバラに視えていた未来の残像が、ヴァンセイバーの演算システムという「レンズ」を通し、一本の鋭い光の束へと収束していく。
「シンクロレート開始。アダプトスーツ、固定確認。……ふぅ。やっぱイイね、融合って。……あんだけうるさかった未来が、今この瞬間は、一筋の道に見えてくれる。」
身体に密着するスーツの感触と、リキッドを介して機体から流れ込む膨大な情報流が奏を包み込む。まるでセイバーと自分が溶け合うような…ともすれば自分が巨人になったような不思議な感覚。奏の身体は、高伝導液体(L-リンク・リキッド)の中で、セイバーの意識と同調していた。
外部の爆発音すらも、液体を通じた振動として「触覚」で感じられる。適合者にしか許されない、「自分という境界線が消える」禁断の快感だ。
はじめは恐怖でしかなかったこの感覚も、半年で5、6体の壊獣を共に葬ってきた今では、心地よい信頼の証だった。
「……相変わらず、暑苦しいね。アンタの心拍数」
『ははっ! 相棒、半年も付き合っててまだ慣れないのか? こいつは情熱だ。……それより、外の空気を吸わせてくれ。奴さん、俺たちの街をずいぶん汚してくれてるようだぜ!』
「ええ、派手にやるよ。……アンタ、随分とシリアスにキメてるけど…まだ寝惚けてたりしないでしょうね?」
『はっはっは! 勘弁してくれ、整備班が昨日から念入りに磨いてくれたんだ。見てろよ、今の俺は最高に輝いてるからな!』
半年間の共闘が生んだ、軽口。セイバーの意気込みが、液体の微細な振動となって肌を粟立たせる。それは通信機の電子音ではなく、背中を預ける相棒の体温のようだった。
それと同時に、ソウル・チャンバーの中で奏の瞳が黄金色に染まり、青白いスパークを放ちながら不敵に笑う。
彼女の「予知」が、セイバーの「演算」と火花を散らす。今、彼女にとってヴァンセイバーの装甲は自分の皮膚であり、背中の翼は自分の背筋そのものだった。
同時刻、地下500メートル。
惑星統合組織『地球連合政府』直轄、地球圏統合防衛軍E.S.A.F.(イーサフ)日本支部の管制室は、怒号に包まれていた。
「第1、第2防壁突破されました! 機界壊獣、市街地D-3区へ侵入!蹂躙を始めています!!」
オペレーターの新城ミサトが、震える声で叫ぶ。
「レギオス第四小隊、全滅! ……ダメです、通常兵装ではあの再生速度に追いつけません!」
戦術オペレーター、日比野タクマがパネルを叩く。
「落ち着け! 市民の避難を最優先だ! ……司令、あの子たちを出しますか!?」
チーフオペレーターの**榊原**が、背後の巨漢を振り返る。
「……カッカッカ。案ずるな。……奴を待たせるのは、レディの嗜みではないからな」
ドクロのマスクにサングラスをかけた異形の巨漢、ゼルギナ・ファンタズマ司令が不敵に笑う。
「こちらの、状況は?」
「第1格納庫、電磁カタパルト接続完了!」
「火向 奏、リンクレート98.2%で安定! ヴァンセイバー、いつでも行けます!」
日比野タクマが叫び、最終承認を促す。
『カーッカッカッカ……… お見事ッ!優秀な部下と愛娘がいて、私は鼻が高いよ!』
ゼルギナ司令は頼もしげにモニターを見上げた。
「さぁ諸君、仕事の時間だ! 奴らへの痛快な一撃を、市民の皆様に見せつけてやろうじゃぁないか!!
出撃だ、“機動勇者ヴァンセイバー”! この閉塞した世界に、勇情の風を吹かせてやれッ!!」
「了解。XVF-01 ヴァンセイバー、発進を許可します!」
「わかった。行くよセイバー『おう!』…セイバー01、火向 奏…出ます!!」
通信と共に電磁カタパルトがけたたましい音を立てて駆動し、ヴァンセイバーが勢いよく射出される。そして外に出ると同時に、機体の背中にある翼…ウィング・スタビライザーからフォトン粒子による光の翼を展開し、加速した状態を保ったまま飛行していった。
【3.5:潰える防衛線】
市街地D-3区。ヴァンセイバーが到着するまでの数分間、現場は地獄と化していた。
E.S.A.F.の地上部隊と量産型MT『レギオス』の小隊が必死の防衛線を張るが、ガイガノスの巨体はそのすべてをまるで紙クズのように蹂躙する。
「第四小隊、至近距離から徹甲弾を叩き込め! 足止めだ、一歩も引くな!」
「ダメです! 弾丸が肉厚の装甲に弾かれる……再生速度が速すぎる!」
レギオスがガイガノスの巨大な爪を盾で受け止めるが、超硬合金のシールドが飴細工のように捻じ曲がる。パイロットの悲鳴が通信回線に混ざった。
「隊長、もう持ちません! 第2分隊が沈黙……ッ!」
「クソッ、怪物め、せめて一太刀……!」
隊長機が特攻に近い覚悟で斬りかかったその時、ガイガノスの全身が禍々しく発光。無慈悲な衝撃波が周囲のビルごと防衛部隊を吹き飛ばした。ガレキの山と化した街。もはや、抵抗する力は残されていないかに見えた――。
―― 一方、月の裏側:小惑星基地ガンド・ロワでは――
冷たい要塞の中央部に浮かぶ巨大なホログラム・シリンダー。そこには、地球の各区から吸い上げられる「負の感情」が、どす黒い紫色の奔流となって蓄積されていた。
「ヒャーッハッハッハァ! 見ろよ、あの逃げ惑う肉塊どものツラをよぉ! 最高に美味そうな悲鳴が上がってやがるぜ!」
ギルガイストが、モニターに映る市街地の惨状を見て、下卑た笑い声を上げる。ガイガノスの爪がビルを砕き、逃げ遅れた人々が絶望に染まるたび、シリンダーの数値が跳ね上がっていく。
「……現在、当該地区の『負の周波数』、目標値の68%を突破。……実に効率的だ、ギルガイスト。恐怖による神経パルスの乱れが、良質な“負のソウルエナジー”へと変換されている………“帝”もお喜びになることだろう」
デストラグナが冷徹に、しかしながらどこか喜ばしそうに告げる。彼の指先が宙を舞うと、モニターには「絶望する人々の波形」が波打ち、それが純粋なエネルギーとしてガンド・ロワ中央の魔力炉……彼らの王“機界皇帝 ゼルガヴェイン”の眠る大繭へ転送される様子が映し出された。
エネルギーを吸った大繭がドクン、と胎動するかのように脈打ち、その音が響く度に四魔将からは薄っすらと邪悪な笑みがこぼれる。
「クフフフㇷ……。このまま『恐怖の毒』を回せば、やがてこの地区は、“帝”を迎え入れるに相応しい、静寂なる鋼鉄の墓標へと昇華されるでしょう……」
ネクロシノハが、収集される黒い霧を愛おしそうに眺める。
「あーあ、もうちょっと! あとちょっとで、ボクのクッキーが焼き上がるのに! もっと泣いて、もっと叫んでよォ、お人間さんたち〜ッ!」
マギカリリスが、シリンダーに溜まる闇の輝きに瞳をキラキラさせて飛び跳ねた。
――だが。
その「最高の収穫タイム」を、一本の紅き閃光が切り裂いた。
「――ッッッ!? なッ…なんじゃとてェッ!? 計測値が……『正の周波数』による急激な中和を確認! …エネルギーの逆流が始まっています!」
ネクロシノハの余裕の笑みが消え、素っ頓狂な叫び声をあげながら扇子を握りしめる。
「えーーーッ?!! なになにィ?なんなのさぁ、あの紅くてカッコいいヤツーッ!せっかくいいところなのに、水ささないでよーーッ!!」
マギカリリスはモニターの映像を見ながら、突然現れたお邪魔虫に対して頬を膨らませた。
「ゲェーッッ!?あ、アイツは! ………クソッ、クソクソクソクソクソォッッッ!! 一体なんなんだよ、あの紅い野郎は! 俺様のガイガノスを……俺様たちの最高のご馳走を、足蹴にしやがってぇーッ!!」
ギルガイストが驚愕と同時に激昂し、傍らにあった鋼鉄の机を素手で握り潰す。
モニターには、絶望していた群衆がヴァンセイバーの姿を見て、歓声――すなわち「希望」という名の、ゼノグラシアにとっての『不純物』を上げ始める様子が映っていた。
「……機体固有名:XVF-01、またしても『勇者』か。……ギルガイスト、遊んでいる暇はない。不確定要素を即座に排除しろ。……我らが“帝”の晩餐を、これ以上汚させるな」
デストラグナの冷たい声が、怒りに震えるギルガイストの背中を叩いた。
【4:勇者降臨、鋼鉄の激突】
――少し時を戻して――
》ドォォォォォ………ンッッッ!!《
市街地では、相変わらず巨大な金属の爪を持つ機界壊獣『ガイガノス』が、高層ビルを一薙ぎで粉砕していた。
コンクリートが砕け、土煙が舞う中、人々が逃げ惑う。
そこへ…上空から紅き流星が突き刺さった。
レギオス部隊の隊長は意識を失いかけたその瞳に、燃えるような紅と美しい白、そして流れる水の如き光の線で彩られた機影を映す。
「……遅くなって、ごめん。……でも、もう大丈夫。」
煙の中から現れたのは、頭頂高にして22.6メートルほどの巨人であった。その姿は驚くほど流麗で、磨き上げられた白と鮮烈な紅の装甲は瓦礫の山となった市街地でひときわ輝きを放っている。
機体の各所…頭部のアンテナから脚部に至るまで、流れる水の如き鮮やかなターコイズブルーの光の線が走っており、それはまるで、この絶望的な戦場を清めるかのような神聖な輝きを帯びていた。
その紅と白、そして光の調和は、まさに「機動勇者」の名にふさわしいヒロイックな姿をした大柄なMT………機動勇者・ヴァンセイバーの姿が、そこにあった。
》ガキィィィィィン!!《
「――予知、完了。そこ…ガラ空きだよ。」
そう言いながら、2人はガイガノスの凶爪を、腰から抜いた…否、抜刀するかのような動きで掌から生成した一振りの剣で完璧に受け止めていた。
『奏、今のタイミング、バッチリだったな!』
「当たり前でしょ。アンタの踏み込みが0.2秒遅かったら、お説教だったんだから。」
不敵に笑う少女と、爽やかに吠える勇者。
街を覆う絶望の雲を、二人の「勇情」が今、鮮やかに切り裂いていく。
【5:変幻自在の勇者】
ガイガノスの凶爪を弾き飛ばした衝撃で、ヴァンセイバーはバックステップを踏みながら空中で静止した。
「右から来るよ、セイバー。……三、二、一、今!」
『了解だ、奏! “思考”を回せ、最適の形を創り出すぜ!』
奏の脳裏に、敵の厚い装甲を貫く鋭い光の弾道が浮かぶ。
それに応じるように、ヴァンセイバーの手中でオーテック・マテリアル製の専用武器 “セイバーアルマティ” が流動。一瞬にしてそれは、長砲身のビームライフル――『セイバー・アルマティ(ライフル・フォーム)』へと姿を変えた。
》キィィィィィ……、バビヨォ………ッン!!《
砲口から稲妻と共に放たれた蒼白の閃光が、ガイガノスの胸部を正確に貫く。
「……流石だね。でも、まだ死んでない。あいつ、再生を加速させてる!」
咆哮を上げ、千切れた爪を瞬時に復元させるガイガノス。その全身のトゲが赤く発光し、市街地へ無差別の破壊光線を撒き散らそうとエネルギーを充填し始める。
【6:一閃の勇情】
「……これ以上、街を壊させない。一気に決めるよ、セイバー!」
『応よ! オレたちの魂の一撃、こいつに叩き込んでやろうぜ!!』
奏の瞳に、黄金のスパークが激しく爆ぜる。
プレディクションが捉えたのは、壊獣の核が露出する、わずか「0.01秒」の未来。
ヴァンセイバーが右手を突き出すと、ライフルが粒子となって再構成され、抜き放たれたのは白銀に輝く大太刀。
崩れ落ちるビルの破片を、ヴァンセイバーは舞うような動きで回避し、掌から生成した光の太刀――『セイバー・アルマティ(ソード・フォーム)』を抜き放つ。
機体の各部から溢れ出すエネルギーが、紅白に彩られた装甲の間を通る水色のフォトンラインを激しく明滅させる。それと同時に、胴体と首の黒光りする関節部分が、微かな金色を帯び始めた。
「そこ……右、下角。三秒後に装甲が展開する!」
『了解! そこが地獄への入口だぜ!』
奏が視た未来。それに合わせてヴァンセイバーの機体が躍動する。
そして、奏がコクピットシート前面――通常のMTならば制御用の計器があるであろう場所の中心に装着されたVユナイザーの画面を操作して再びコードを打ち込むと、2人が息を合わせてこう叫ぶ。
『「必殺! "セイバー・ストラッシュ"!!」』
ヴァンセイバーが紅い残光を引き連れて一気に加速。
ガイガノスが反撃しようと破壊熱線を発射すべく排熱板を開いた瞬間、懐へと滑り込むと、ヴァンセイバーの太刀が、その「核」を貫く。
》ジャキィィィィィィィ………ン!!《
一閃――!
一拍の静寂の後、ガイガノスの巨体が左右真っ二つに分かれ、内側からのエネルギー奔流によって大爆発とともに粉々に霧散した。
爆炎がジオ・テラスの空を焦がし、戦場に一時の静寂が訪れる。
【月の裏側:小惑星基地ガンド・ロワ】
「ンギァァァァァァォァァ!!? 嘘だろぉ?! …俺の…俺様の、ガイガノスがぁーッ!!?」
爆炎があがったのと同時刻。今回の作戦の要であったガイガノスを喪ったギルガイストは、ショックのあまり情けない悲鳴をあげた。
「ハッ! 何が『ケジメ』ですか………ギルガイスト、やはりお前の造る壊獣など脳筋ばかり。口ほどにもありませんねェ」
ネクロシノハが、扇子で口元を隠しながら冷ややかに笑う。
「――んだとぉッ!?」
怒り狂ったギルガイストは地響きを立てて立ち上がり、拳でコントロールパネルを叩き割っる。
「クソっタレがッッッ! ホント一体どっから湧いて出やがったンだあの紅い野郎は……! 次は俺が直接行って、アイツのツラを…真っ平らにしてやるぜェ!!」
もはやその叫びは怒りを通り越し、邪魔者…ヴァンセイバーに対する憎悪と怨嗟へと変わっていた。
「えー、ギルちゃん負けちゃったのー? つまんないの!」
マギカリリスが、大きな杖をブラブラさせながら、退屈そうに唇を尖らせた。
「でもでもォ、あの紅いキラキラしたやつ、ボクの魔法でピンクのウサギさんにしたら面白そう! ねぇデストラ〜、あれボクのおもちゃにしていい?」
「……まだ敵の戦力も不明だろう。あまり出しゃばるな、マギカリリス」
冷たく、電子信号のように硬質な声が響く。巨体から重厚な圧を放つ機械将軍、デストラグナが静かにモニターを凝視していた。
「……いや。むしろ、いいデータが取れたと考えるべきか」
相変わらず激昂するギルガイストを余所に、デストラグナが冷静に呟く。彼のモニターには、ヴァンセイバーの放ったエネルギー波形のログが流れていた。
「スターカーとオーガノイドの完全同調。双方とも不完全な状態で"これ"ほどとはな……あの方の復活には、あれほどの純度が必要か…」
【E.S.A.F.日本支部:管制室】
「目標、完全消滅! 機界壊獣の熱反応、消失しました!」
「やったぁ! ヴァンセイバー、完全勝利です!」
歓喜に沸くオペレーターたち。防衛戦を生き延びた地上部隊からも、安堵の通信が次々と舞い込む。
だが、その喧騒の中、ゼルギナ・ロックリバー司令だけは、ドクロのマスクの奥で静かに目を細めていた。
『……カッカッカ。流石だな、奏、セイバー。だが……』
彼は、勝利の爆炎を背負うヴァンセイバーの機影を見つめ、独り言を漏らす。
(今の斬撃……かつての『勇者王』に、あまりにも似てきている。それがお前にとって救いなのか、あるいは……)
【6:漆黒の影】
爆炎が夕闇に溶けていく。
勝利の余韻に浸る管制室。だが、奏のプレディクションは、これまでにない「冷酷なノイズ」を検知していた。
「……何、これ……? 寒気が、止まらない……」
『奏、空を見ろ! なんだ、ありゃあ……!?』
上空。ジオ・テラスの亀裂から、一機のMTが静かに降下してきた。
漆黒と紫の装甲。それは、ヴァンセイバーと鏡合わせのようなフォルムをしていながら、一切の「熱」を感じさせない、死を纏った機体。
奏の心臓が、早鐘を打ち、冷たい汗が背中を伝う。
その黒い機体の肩にある、傷ついた紋章。
それは、3年前に消えた兄・玲司が、かつてMT乗りの…戦士の誇りを持って駆っていた専用機と同じ意匠だった。
『黒い…オレぇ!?なんなんだよ…、あのワルカッコいいパチモンはァッ?!』
「お兄…ちゃん……? ……嘘。……なんで、なんでそんな姿で……」
黒い影は答えず、ただ冷酷なセンサーの光を一度だけ奏に向け、重力を無視した加速で成層圏へと消えていった。
後に残されたのは、震える奏の吐息と、血のように赤い夕焼けだけだった。
(第2話へつづく)
次回予告:
奏:「あいつは誰? 予知が通じない……真っ黒な影。……あれが、お兄ちゃんなの?」
セイバー:「落ち着け奏! 敵が来る。今度はさっきのトゲ野郎とは違う、厭な気配だぜ……!」
ネクロシノハ:「クスクスクス……。予知できる未来など、毒のない蛇と同じ。恐怖の病に伏すがいい!」
奏:「信じてるよ、セイバー。私たちの『未来』は、私たちが切り拓く!」
機動勇者ヴァンセイバー 第2話:『見えない毒牙』
奏:「君の勇情、私の力に!」




