感極まるといきなり歌われるのは、・・・ちょっとつらい ~目の前で繰り広げられた第三王子の婚約破棄~
お久しぶりです。
よろしくお願いいたします。
歌ってる暇があるなら一発殴っちゃえば終わるんじゃね?っていうことを隣にいるお母様に(学校行事ではあるけれど、歴史と伝統のある大きな行事なので、生徒一人につき婚約者や家族・親戚など合わせて2名まで招待できることになっている) 令嬢言葉で言ってみたら、扇の陰でお母様に「なんと品のない!」と小声で嘆かれてしまった。
なぜそんなことを言ってしまったかというと、婚約破棄の修羅場に立ち会わされてしまったからで。そう、よくWeb小説で読んだアレである。
ただし小説と違うのは、この世界はまんまミュージカルだということである。そう、ミュージカル!
嬉しくても悲しくても楽しくても憤っても、感情が刺激されると、とにかく歌うのだ。教養のある人ほど歌う。とにかく歌う。即興で歌う。子供の頃から歌う。歳をとっても歌う。年がら年中歌うのである。
そして、時に踊る。
一人でも踊る。二人でも踊る。グループでも踊る。全員でも踊る。幸せでも踊る。悲しくても踊る。ある時はロマンチックに、ある時は激しく。涙を零したり、ウインクを決めたりもしてフィニッシュをむかえたりすもする。
台詞もある。もちろん喋る。だけど、自然に歌になだれ込む。
わあぁ〜、なんて世界に転生してしまったんだと、転生に気づいた六歳の時に心から思った。
我が家もいちおう侯爵家なので、うちの家族もよく歌う。とにかく歌う。小さな頃から私も歌を仕込まれた。だから面倒くさいけど私もそれなりに歌う。とはいえ今は。
目の前の金髪碧眼第三王子がピンク頭の華奢なナイスバディ娘を抱き寄せ、銀髪ストレートスレンダー美女に冤罪と思われるイチャモンをつけて婚約破棄を突きつけるという、あの場面である。かったるいことに、全部メロディ付きの歌である。声はまあ、王家ですからね。一応この世界では普通?
私のキライなタイプのへばりつき娘は学園でも有名な男好きマウンティング嘘つき女である。たぶらかしてる暇があったらお勉強すれば〜とたいていの人から思われている。同じ学年なので、私はよく知っている。
彼女の成績は最底辺。このまま(男に纏わりついて授業をサボっての)無断欠席や、(夜遅くまで男に纏わりついて課題を疎かにしての)提出物延滞が続けば、留年・退学待ったなしのはずなのだ。
あの性格なので庇ってくれたり、勉強に付き合ってくれる女友達はもちろんいないし。なにしろ婚約クラッシャーなので。
正当なお願いや事実の確認、日頃の言動への抗議はみ〜んな「いじめ」に超変換されてしまうのだ。彼女は大きな瞳をウルウルとさせ、ターゲットの殿方を上目遣いで見つめて「私のせいなのです。私のせいで◯◯様(ターゲットの正式な婚約者)がお気持ちを害されてしまって・・・。」と言ってポロポロと涙を流せば、(事実だけどさぁ、そいつのせいなのは!)
◯◯嬢はあっという間に婚約者によって悪と決めつけられ、彼女に泣きつかれた◯◯嬢の婚約者がなんだか厳しい調子で歌を歌って◯◯嬢に婚約破棄を突きつけて、彼氏に抱かれたその腕の中で◯◯嬢に向けて密かにニンマリとマウンティング笑顔を向ける、なんともイイ性格をしているのだ、ピンキー・ナイトキャッスル嬢は。
次々と彼氏の知り合いに粉をかけ続けて、彼氏ロンダリングを繰り返し、ついに王子の取り巻き達を経て王子にたどり着いたわけで。ホントこんな子のどこがいいんだろう。見る目がないにもほどがある。けど、代々の誑かされ男の元婚約者たちはほぼ泣き寝入り。だって、彼女に侍っている残念な人達が身分や財力や腕力で羽振りを利かせていてねぇ。誰も何も言えないのである。
そしてついに、目の前のポンコツ王子をとりこにしたのだ。これ迄の横取り五例はみんな彼女の一人勝ち。今までの男どもはどうした!と心からツッコミたい。 ピンクは次々格上に乗り換えていくので、政略もあっての婚約を破棄したのに彼女に捨てられてしまった彼らは、家から半ば見捨てられ、中には勘当されて退学していった子息もいた。
今、目の前で王子ペアに応酬しているのは婚約者のマルグリット・バイハイン公爵令嬢と、その兄上である、ユリスモール・バイハイン様だ。彼はピンクの猛攻にもびくともしなかったことで有名だった。彼のピンクを見る目はGを見るのと同じくらいかそれ以上の嫌悪感に満ちていたと、学園中に知れ渡るほど。彼女もよく懲りないと噂になる程付き纏っていたけれど。
今、私たちの耳を幸せにしているのはマルグリット様の美声。高音は、鈴を転がすような軽やかで繊細で可憐な美しさ、低音は滑らかなビロードのような艶めかしさ。もう、それだけでほれてまうがなぁ。
対するピンク女、ナイトキャッスル男爵の庶子ピンキーは作ったような品のない高音で。前世によくいた、人気声優のサル真似をして発声している本人だけが可愛い声だと勘違いしている残念女子を彷彿とさせるものである。
妹に寄り添い優しく強く朗々と歌うユリスモール様もため息が出るほど素敵である。
でも。でもなのだ。目の前の四人の応酬はかれこれ二十分近く続いている。いくら素敵なご兄妹の麗しのお声に酔ってはいても、もう、お腹いっぱい。
それで冒頭のセリフが私の口から漏れてしまったわけである。
お母様に嗜められる直前、私がその台詞をこぼしたその直後、生徒会長でもあるユリスモール様がふとこちらをご覧になった。「き、聞かれた?!」
視線がバッチリ合ってしまって。いきなりのことにガタブルである。
お母様のお小言がきたのとほぼ同時だったので、震えてしまっている私にお母様はとても満足して、わかっていればよろしいのよ、と微笑まれた。もう彼の視線は逸らされているとはいえ、背中の冷や汗は止まらない。
そんなこんなの流れで、さらに二十分後、嘘つきマウンティング女のせいで被せられていた冤罪は見事晴らされた上、来賓として開始時刻に合わせて会場入りされた前生徒会長である第二王子殿下がこの歌合戦、もとい、話し合いに加わられたことで、婚約破棄は無事、浮気王子の有責っぽい流れでの成立に向けて話はまとまったようで、正式な沙汰は後日王家から発表になるとのこと。流石の手腕の新旧生徒会長様々である。
せっかくの創立記念パーティーだったのに、こんなふうに台無しになり、その場はお開きとなった。
後日、第三王子のやらかしのお詫びとして、王城でやり直しをしていただけるらしい。
我が国では卒業一年前にあたる十七歳がデビュタントなので、十六歳になったばかりの私は王城のパーティーにはまだ参加したことがない。なので、とても楽しみである。
とはいえ、私と一緒に十五歳で入学してからたった一年半で次々恋人を取っ替え引っ替えして王子にまで辿り着くなんて、恐るべしピンキー・ナイトキャッスル!彼女に引っかかる男に問題があるのか、彼女が何かやらかしているのか、本当に謎だ。これはどこかで正式な調査が入るかもしれない。
第二王子殿下が王家として乗り出してこざるを得ないような、こんな事態を引き起こしては、もはや学園だけではおさまらないと思う。
私は、大事件に立ち会ってしまったという興奮とともに、憧れの生徒会長様と目があってしまったかも疑惑が心に残ったまま、この日は家族と一緒に帰宅したのだった。
そういえば、転生仲間のたあさんが言ってたっけ。感情が高まると和歌を認める世界は無理だったって。
帰りの馬車は先ほどの事件でハイテンションな母と、政治的にいろいろと思うところのあるらしい父と、会長様と目が合ったカモでドキドキ状態の私と、婚約者のたあさんと一緒にいられたことを心の中で反芻しているらしいニヤニヤ花畑状態の兄(彼女は家族といっしょに帰った)のカオスな空間だった。
帰宅してほっと息をついたところで、バイハイン家からの急ぎの書状が届いて、家族揃って固まった。
おそるおそる開封した父が驚愕の表情で私をみて、
「明日、ユリスモール・バイハイン殿がシェリルを訪ねて来られる。
子息とは親しいのか?」
と聞いてきた。
もちろん首をぶんぶん振って否定した。
「オスカー、君は?」
今度は兄に尋ねている。
兄は少し考えて、
「彼とは同じクラスで同じ生徒会でもあり、親しい方ですね。彼には美しく才媛で素晴らしい姉君が、僕には優しく愛らしい妹がいるので、生徒会のメンバーたちに羨ましがられています」とデレデレとニヤけた。イケメンが台無しである。
母は目をキラキラさせている。
「ともかく、明日の準備をしておくように」
と父に言われて、戸惑いながら頷いて部屋に戻った。
侍女に手伝われて湯浴みを済ませ、明日の身支度について侍女にお願いしてベッドに入る。明日のことも気になっていたけれど、疲れからかあっという間に眠ってしまっていた。
そして翌日、バイハイン様が訪ねてこられた。
◆ ◆ ◆ ◆
暖炉の火を見ながらうとうとしていたら、いつのまにか隣に腰掛けていた夫の肩にもたれかかっていて、髪を撫でられていることに気がついた。
まだぼうっとする頭で、身じろぎをしたら、くすくす笑いながら、
「どんな夢を見ていたの?」
と聞かれた。相変わらず良い声である。あの頃より少し低くなって、少し渋くなったけれど。
「なんだか懐かしい夢を」
「殴っちゃえば良いんじゃねって、寝言を言っていた」
と、またくすくすわらう。
あ、あぁ、アレか。この人は知っているくせに、こうやって尋ねて楽しむ。
あの騒動の翌日、訪ねて来た会長様は、緊張しまくる私とふたりで庭園をそぞろ歩いている時に、あの時の話題をいきなりぶっ込んできた。
「歌うかわりに拳で語り合われれば、一瞬で解決」と言って、くすくす笑って楽しそうに私を見下ろしたのだ。
聞こえていたらしい。
ドギマギしつつ、しどろもどろに答え始めた私だったけれど、いつのまにか上手に誘導されて、考えていることを洗いざらい聞き出されてしまっていた。
庭から邸内に戻る直前、ぽうっと夢見心地でいる私に
「シェリル嬢は私のことは嫌い?」とおっしゃるので、びっくりして首振り人形と化して全力で否定したら、
「じゃあ、いやじゃない?」
というので、
「いやなんてそんな」
と答えたら、
「なら少しは好き?」
びっくりしてあわてて
「大好きです!」
と言ってしまったら、
「ほんとうに?」
と、私の目をのぞき込んできて。
思わず真っ赤になって、「・・・はい」
というやりとりになり、彼は声を立てて楽しそうに大笑いして、私の手をがっちり取って家に入ると、父に婚約の申し出をして、その日のうちにバイハイン家から釣書と共に正式な婚約の申し込みが届いた。
兄と私が呆然としているうちに、あれよあれよと婚約は結ばれ、翌週からバイハイン家の馬車で登校する日々が始まったのである。
いろいろ、まあ、いろいろあったけれど。
卒業と同時に私はバイハイン家に嫁ぎ、子宝にも恵まれ、子供たちも成人し、いまでは孫たちもいて、賑やかで、穏やかな日々を過ごしている。
家族団欒や二人きりのときは、メロディなしのおしゃべりだけの時間も楽しんでいる。感極まるとやっぱり歌っているけれど。
しあわせだから、概ね満足。
お気づきの方もお有りかと思いますが、萩尾望都著「トーマの心臓」は十代の頃の私にとって、どっぷりハマっていた激推し作品でした。
少女時代の私は、その主人公ユリスモール・バイハンに恋をしているといってもいいほどの想いを胸に生きておりました。
彼の制服(ギムナジウムの生徒でしたので)のものと似せた細いリボンタイを身につけて(ひ、引かないで〜)過ごしていた日々も懐かしい思い出です。
それで本作のヒーロー名は彼の名前から大部分をお借りしたユリスモール・バイハインにさせていただいてしまいました。
ちなみにシェリルのお兄様のお名前、オスカーもユーリ(「トーマの心臓」内のユリスモールの愛称)を見まもる彼の親友オスカーのお名前を拝借してしまいました。(当時の私の友人はオスカー推しでした)
萩尾先生、私の少女時代にこの上ない彩りをありがとうございました。




