第9話:宣戦布告
「……なんだこのゴムみたいな肉は」
昼休みの食堂。
アリアはフォークに刺さった謎の肉塊を睨みつけていた。
Eクラスに配給されるランチは、味よりも栄養とコストを最優先した「飼料」に近い代物だ。
「我慢してよアリアちゃん。これでも、お肉が出るだけマシなんだから」
向かいの席で、ミナが苦笑いしながらスープを啜る。
周囲を見渡せば、Eクラスの生徒たちは皆、死んだ魚のような目で黙々と食事をしている。
彼らにとって、食事は楽しみではなく「燃料補給」でしかない。
2人も黙々と目の前の食料を口に突っ込んでいると、突然食堂の扉が開き、華やかな空気が流れ込んできた。
「──おい、席を空けろ」
入ってきたのは、仕立ての良い制服を着たAクラスの集団だった。
彼らはEクラスの生徒たちが座っているテーブルに近づくと、顎で追い払うような仕草をした。
「ここは我々が使う。お前たちは地べたで食ってろ」
「っ……」
Eクラスの生徒たちは、何も言わずに慌てて席を立った。
この学院において、Aクラスは絶対的な上位者だ。逆らえばどんな報復を受けるか分からない。
「……おい、ミナ。立つな」
アリアが低い声で制した。
トレイを持って立ち上がろうとしていたミナが固まる。
「え、でも……」
「先に来たのは私たちだ。飯の最中に席を立つ必要はねえ」
アリアはそのまま肉を口に放り込み、咀嚼した。
その態度に、Aクラスの男子生徒が眉を吊り上げた。
「……おい、そこの女。聞こえなかったのか?」
男子生徒がアリアのテーブルに近づき、ドンと机を叩いた。
「ここは『Aクラス様専用』になるんだよ。
魔力のない猿が、人間様と同じテーブルで飯を食おうなんて図々しいんだよ」
「人間様、ねえ」
アリアは飲み込んだ肉を胃に落とし、ナプキンで口を拭った。
「他人様の飯にケチつけるのが人間のやることか? お前の親は、食事のマナーも教えてくれなかったのか?」
「なっ……! この野蛮人が!」
男子生徒が激昂し、杖を抜こうとした。
だが、それより速く、アリアの手が動いた。
彼女は食べていたスープ皿を掴むと、中身ごと相手の顔面に叩きつけたのだ。
バシャッ!
「ぶぐっ!?」
熱いスープを浴び、男子生徒が悲鳴を上げてのけぞる。
アリアは立ち上がり、さらにその顔面に空の皿を押し付けたまま、テーブルにねじ伏せた。
ガァン!!
「ぎゃああっ!」
「ぎゃはははは! マナーがなってねえな!
スープは飲むものであって、浴びるものじゃねえぞ? おい、スプーンの使い方から教えてやろうか?」
「き、貴様ぁッ!!」
他のAクラスの生徒たちが色めき立つ。
一斉に殺気立ち、杖を構える。
食堂が戦場に変わろうとした、その瞬間。
「――やめろ」
凛とした、しかし絶対的な命令を含んだ声が響いた。
Aクラスの生徒たちが、モーゼの海割れのように左右に開く。
その奥から現れたのは、金髪の美青年――第一王子セオドアだった。
「……騒がしいと思えば。君が噂の」
セオドアは、スープまみれで転がっている同級生を一瞥もしない。
その視線は、アリアだけに向けられていた。
まるで、珍しい害虫を見るような目だ。
「アリア・ミル・ローゼン。ガイルの一件でお咎めなしになったからといって、図に乗っているようだな」
「よお、王子様。随分と躾のなってない取り巻きをお持ちで」
アリアは不敵に笑い返す。
周囲の生徒が息を呑む。
相手は王族だ。
不敬罪で処刑されても文句は言えない。
だが、セオドアは怒るどころか、冷ややかに鼻で笑った。
「猿に躾を説かれるとはな。……いいだろう。レイン教授のやり方は生温い」
セオドアの手のひらに、青白い魔力が収束していく。
食堂の空気がビリビリと震える。
本物の「殺気」。
「私が直々に、身の程というものを教えてやろう」
セオドアの言葉に、アリアはニヤリと口角を上げた。彼女はテーブルを蹴り飛ばしてスペースを作ると、軽く拳を握りしめた。
「へぇ、だったら今すぐやろうぜ。食後の運動にはちょうどいい」
「……野蛮人が。ここでの私闘は品位に関わる。それに、校則違反だ」
セオドアはアリアの挑発に乗らず、冷ややかに制した。
彼は王族だ。泥にまみれた野良犬と同じ土俵で、取っ組み合いの喧嘩などするつもりはない。あくまで「正義」と「権威」の下に、害虫を駆除しなければならないのだ。
「いや、レイン教授には既に提言してある。貴様らEクラスへの、我々による『戦術指導』の機会を設けてほしいとな」
「あ? 戦術指導?」
アリアが眉をひそめると、セオドアは氷のような微笑を浮かべて説明した。
「形式は1対1の模擬戦闘。魔法の使用は無制限。あらゆる攻撃魔法の使用を許可する」
食堂がどよめいた。
「魔法無制限」ということは、致死性の高い術式を使っても構わないということだ。魔力を持たないアリアにとっては、防具なしで銃撃戦に出ろと言われているに等しい。
「勝敗は単純だ。『参った』と降参するか……あるいは、意識を失った時点で決する」
セオドアはアリアを見下ろし、挑発的に付け加えた。
「もちろん、死なない程度には手加減してやる。貴様が泣いて許しを乞うまで、たっぷりと『指導』してやろう」
それは事実上の公開処刑の宣告だった。
周囲のAクラスの生徒たちは、憐れむような、あるいは残酷な期待を込めた目でアリアを見ている。
ミナが真っ青になって震え上がった。
「そ、そんな……魔法無制限なんて、殺す気じゃ……」
だが、アリアだけは違った。
彼女は残っていた硬いパンを口に放り込むと、凶悪なまでに嬉しそうに笑った。
「上等だ。『参った』なんて言葉、ママのお腹の中に忘れてきたんでね」
アリアの瞳がギラリと光る。
怯える様子など微塵もない。むしろ、強大な獲物を前にした猛獣のように喉を鳴らしている。
「3日後、場所は第3演習場だ。逃げるなよ、猿」
「テメェこそな、王子様」
セオドアはマントを翻し、取り巻きを引き連れて食堂を出て行った。
嵐が去った後の食堂には、アリアの不敵な笑い声だけが残った。
こうして、全校生徒が注目する中、最下層の「魔力なし」と、頂点に立つ「最強の王子」による模擬戦の幕が上がろうとしていた。




