第7話:変わってしまった幼馴染
ガイルの一件から数日が過ぎた。
アリアの生活は、劇的というほどではないが、確実に変化していた。
「あ、アリアちゃん! これ、食堂の余り物だけど貰ってきたよ!」
「……おう、サンキュ」
夕食後の学生寮。
アリアの部屋に、ミナが大量のパンを抱えてやってきた。
この学校――『王立魔導戦術学院』は、全寮制だ。
学費、寮費、食費に至るまで、全ての費用は国が負担している。
「やっぱり、ここのパンは硬いねぇ」
ミナが苦笑いしながら、石のように硬い黒パンをかじる。
だが、文句を言いながらもその表情は明るい。
「文句言うな。タダで飯が食えるだけマシだろ」
アリアもパンを水で流し込む。
この国には、こうした学校が各地にある。
表向きは「魔導師育成」だが、その実態は「貧民救済」兼「兵士養成所」だ。
貧しくて食い扶持のない子供たちは、8歳になると親元を離れ、こうした寮に入り、軍人としての教育を受ける。
卒業後の進路は、概ね軍の下級兵士か、辺境の警備兵。
つまり、国の「捨て駒」を育てるシステムなのだ。
「……ねえ、アリアちゃん」
ふと、ミナがパンを置いた。
その視線が、アリアのベッドの脇に置かれた剣に向けられる。
「ガイルくんたち……まだ戻ってこないね」
「あいつらか? レインの野郎が『地下で再教育中』とか言ってたな。ま、自業自得だ。気にすんな」
「……うん」
ミナは俯いた。
その表情には、アリアには理解し難い、複雑な色が浮かんでいた。
「……ミナ。お前、あいつらに情でもあるのか?」
アリアが呆れて問うと、ミナは慌てて首を振った。
「ち、違うよ! あんなことされて……許せるわけない!」
ミナの手が震える。
借金を盾に、奴隷のように扱われた日々。その傷はまだ癒えていない。
だが、彼女はポツリと漏らした。
「でも……昔は、違ったの」
「あ?」
「私とガイルくん、同じ領地の出身で……幼馴染なんだ」
ミナの話によれば、二人は8歳の時、一緒にこの学校に入学したらしい。
アリアのような「途中編入」は稀で、ほとんどの生徒は幼い頃からここで集団生活を送る。
「ガイルくんは領主様の息子で……昔からガキ大将だったけど、面倒見はよかったの。私みたいな平民の子がいじめられてると、いつも庇ってくれて……。私の家の借金だって、最初はガイルくんがお父様に頼んで、融通してくれたものだったの」
「……へえ」
「でも、学年が上がって……クラス分けが始まった頃から、変わっちゃった。Aクラス(エリート)に入れなくて、焦ってたのかな……。
どんどん乱暴になって……私にあんなことを……」
ミナの声が沈む。
8歳から15歳までの7年間。
閉鎖的な寮生活と、過酷な競争社会が、少年の心を歪めたのか。
「……ふざけんな」
アリアが低く吐き捨てた。
ミナが驚いて顔を上げる。
「え……?」
「8歳の頃からあんなことされてたのかって聞いてんだよ。もしそうなら、あいつの指、もう5、6本折っとくべきだったな」
「あ、ううん! 違うよ! あんな……酷いことをされ始めたのは、ここ最近のことだよ!
それまでは、ただの威張りん坊だっただけだから……!」
ミナが必死に否定する。
アリアは「チッ」と舌打ちをして、枕に頭を預けた。
「……人は変わるもんだ。環境か、プライドか知らねえが……一度腐った果実は、もう元には戻らねえよ」
アリアの言葉は冷たかったが、そこには確かな真理があった。
ガイルは、何かに追い詰められていたのかもしれない。
「領主の息子」というプライドと、「魔力至上主義」の壁。
「……Aクラス、か」
アリアが天井を見上げて呟く。
この学校のヒエラルキーの頂点。
国中から集められた、魔力の高いエリート集団。
「そういえば聞いたか、ミナ。Aクラスには、とんでもない奴がいるらしいな」
「え? うん……噂だけど」
ミナが声を潜める。
「国王陛下の息子さん……『セオドア殿下』がいるって」
「王子様が、こんな貧乏人の兵舎にか?」
「『生徒の模範』になるためだって。凄まじい魔力を持ってて……Aクラスの先生ですら、彼には頭が上がらないらしいよ」
セオドア。
王の血を引く、正真正銘の怪物。
ガイルがAクラスに入れず、焦り、腐っていった原因の一つは、間違いなくその「圧倒的な格差」にあるのだろう。
「へえ……。面白そうじゃねえか」
アリアは口の端を吊り上げた。
彼女の体質は、魔力を見ると疼くのだ。
まるで、極上の獲物を見つけた獣のように。
「王子の魔法ってのは、どんな味がするんだろうな」
「え? 味?」
「なんでもねえよ」
アリアは目を閉じた。
遠くない未来、その「頂点」とぶつかる予感がしていた。
(もともと私は、てっぺん取りに来てんだ。学校の頂点なんてのは、通過点にすぎねぇよ)




