第4話:仕組まれた罠
「……いいか、ミナ。失敗は許されねえぞ」
放課後の薄暗い資材置き場。
ガイルは、青く輝く高純度の魔石をミナの手に握らせた。
「これは実験室からくすねてきた『Aランク魔石』だ。これを、あの狂犬女……アリアの鞄に入れておけ」
「そ、そんな……! これが見つかったら、アリアちゃんは退学になっちゃうよ……!」
ミナが青ざめて首を振る。
学院内での窃盗、しかも希少な魔石となれば、即刻退学処分は免れない。
だが、ガイルはニヤリと笑い、ミナの頬をペチペチと叩いた。
「馬鹿てめぇは。だからやるんだよ。あいつが目障りだから消すんだ。……それとも何か? お前の実家の借金、今すぐ全額返済してもらうか?」
「っ……!」
「お前の親父が経営してる雑貨屋、俺の親父に借金してるよな? この命令を聞けば、今月の利息くらいは待ってやってもいいぜ? 父様と母様は、俺の言うことなら何でもやってくれるんだ。でも断れば……明日には店を差し押さえて、お前の親父とお袋は路頭に迷うことになる」
「いや……! それだけは……!」
ミナが泣き崩れる。
ガイルは満足げに笑い、彼女の耳元で囁いた。
「ならやれ。お前は俺の玩具だ。玩具らしく、俺たちのために働け」
────
翌日の昼休み。
教室にはアリア一人だけが残っていた。
彼女は机に突っ伏して、規則正しい寝息を立てている。
(……ごめんなさい、アリアちゃん)
ミナは震える手で、ポケットの中の魔石を握りしめた。
アリアは、自分を対等に扱ってくれた初めての友達だ。
彼女を裏切るなんて、死んでもやりたくない。
でも、やらなければ家族が路頭に迷う。
(ごめんなさい、ごめんなさい……!)
ミナは音を立てないようにアリアの机に近づいた。
アリアの革鞄の口が開いている。あそこに入れるだけだ。
そうすれば、午後の授業でガイルたちが騒ぎ出し、アリアは破滅する。
ミナは涙をこらえ、魔石を持った手を鞄へと伸ばした。
アリアの寝息は変わらない。
コロン。
小さな音を立てて、青い魔石が鞄の中に滑り込んだ。
(……やっちゃった)
罪悪感で胸が押し潰されそうになる。
ミナは震える声で、誰にも聞こえないように呟いた。
「……ごめんね、アリアちゃん」
ミナは逃げるように教室を飛び出した。
涙が止まらなかった。
自分は最低の裏切り者だ。もう二度と、アリアの顔を見る資格なんてない。
パタン。
教室の扉が閉まり、静寂が戻る。
その数秒後。
「……たく。下手くそな忍び足だな」
寝ていたはずのアリアが、むくりと身体を起こした。
その瞳は完全に覚醒しており、鋭い光を宿している。
「気配が漏れすぎだっての。むしろ狸寝入りがバレてると思ったわ」
アリアは自分の鞄を引き寄せ、中を覗き込んだ。
教科書の隙間に、不自然に輝く青い石がある。
アリアはそれを指で摘み上げ、太陽にかざした。
「……へえ。Aランク魔石か。高そうなモンくれるじゃねえか」
アリアは「ふん」と鼻を鳴らすと、窓の外を見た。
さっき走り去っていったミナの背中は、小刻みに震えていた。
そして、今際の際に聞こえた「ごめんね」という掠れた声。
(……脅されたか)
状況証拠から推測するのは容易い。
ミナが自分の意思でこんな真似をするような奴じゃないことは、この数日で分かっている。
だとすれば、裏にいるのは――あの馬鹿息子だ。
「……チッ。胸糞悪いやり方しやがって」
アリアは不機嫌そうに舌打ちをした。
このまま放っておけば、午後の授業で「犯人はアリアだ」という茶番が始まるのだろう。
「上等だ。その喧嘩、買ってやるよ」
アリアはポケットから、暇つぶしに拾っていた「ただの石ころ」を取り出した。
そして、手の中の青い魔石と、その石ころを見比べる。
「だが、シナリオ通りに動いてやる義理はねえな」
アリアはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
ポイッ。
彼女は青い魔石を自分のポケットにしまい、代わりに「ただの石ころ」を鞄の底へ放り込んだ。
「さあ、ガイル。どっちが獲物か、教えてやるよ」
アリアは再び机に突っ伏し、狸寝入りを決め込んだ。
午後のチャイムが鳴り、断罪劇の幕が上がるのを、今か今かと待ち構えながら。




