エピローグ:泥だらけの凱旋
あの一戦から、数日が過ぎた。
王立魔導戦術学院には、奇妙な熱気が残っていた。
「……おい、聞いたか? Eクラスのアリアが、退院したらしいぞ」
「あのセオドア殿下と殴り合って、生きて帰ってきたバケモノか……」
すれ違う生徒たちが、声を潜めて噂話をする。
以前のような蔑みの視線ではない。そこにあるのは、理解不能な存在への畏怖と、隠しきれない好奇心だった。
Eクラス、教室。
以前は死んだように静まり返っていたその場所は、今は活気に満ちていた。
生徒たちがそれぞれのやり方で、生き残るための爪を研ぎ始めている。
「どうせ無理だ」という諦めは消え、「やればできるかもしれない」という野心が芽生えていた。
その教室の窓際で、包帯だらけのアリアは、山盛りの弁当を頬張っていた。
「……んぐ、むぐ。相変わらず味は薄いが、量は増えたな」
「もう、アリアちゃん! もっとゆっくり食べてよ!」
ミナが呆れながらお茶を差し出す。
アリアの机には、なぜか豪華な桐箱に入った『最高級霜降り肉』の差し入れが積まれていた。
差出人はもちろん、Aクラスの「あの男」だ。
添えられた手紙には、達筆な文字でこう書かれている。
『早く傷を治せ。次こそは貴様を私のモノにする』
「……ケッ。気色の悪い」
アリアは手紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てたが、肉だけはありがたく頂くことにした。敵からの貢ぎ物は、勝利の味そのものだ。
「でも、本当によかった……。アリアちゃんが無事で、退学にもならなくて」
ミナが安堵の息を吐く。
流石に王子を殴り飛ばしたのだ。
ただでは済まないとミナは心配していたが。
アリアは骨付き肉を噛み砕きながら、ニヤリと笑った。
「退学? させるわけねえだろ。あのレイン教授だぞ? 面白いデータが取れるうちは、私を飼い殺しにする気満々さ」
アリアの視線の先。
教室の隅にある監視カメラのレンズが、赤く光った気がした。
この学校は腐っている。
国は貧民を使い捨てにし、貴族は魔力でふんぞり返っている。
その構造自体は、まだ何も変わっていない。
セオドア一人を殴ったところで、世界がひっくり返るわけではないのだ。
「……だけど、まあ」
アリアは立ち上がり、窓の外を見下ろした。
遥か上層にそびえるAクラスの校舎。
そして、そのさらに向こうにある王宮。
「風穴くらいは、空いたんじゃねえか?」
アリアが拳を握りしめると、ミナも力強く頷いた。
「うん! 私たちが……アリアちゃんがいる場所が、最前線だもんね!」
「そういうこった」
アリアは包帯の巻かれた腕を高く掲げ、背伸びをした。
傷はまだ痛む。
これからも、理不尽な暴力や、権力の横暴が降りかかってくるだろう。
魔力ゼロの彼女を排除しようとする敵は、星の数ほどいる。
「上等だ。魔法が効かねえなら物理で、権力が通じねえなら暴力で。……片っ端からへし折ってやるよ」
アリア・ミル・ローゼン。
魔力を持たぬ最強の異端児。
彼女の拳が、この国の常識を粉砕し、頂点へと駆け上がる「下剋上」の物語は、まだ幕を開けたばかりだ。
「さあて、行くかミナ! 午後の授業は『魔獣狩り』だ。稼ぎ時だぜ!」
「あ、待ってよアリアちゃん!」
二人の少女が、光の中へと駆け出していく。
その背中は、どんなエリートよりも眩しく、力強く輝いていた。
(第一部 完)




