第14話:決着
「らぁぁぁぁッ!!」
「死ねぇぇぇッ!!」
演習場に、鉄と鉄が噛み合う激しい音が響き渡る。
もはや、そこに「魔法」の余地はなかった。
あるのは純粋な剣技と、互いのプライドを懸けた殴り合いだけ。
セオドアの白亜のマントは泥と血で汚れ、アリアの制服は原型を留めていない。
二人とも満身創痍。
だが、その瞳だけはギラギラと燃え盛っていた。
(重い……ッ!)
セオドアは歯を食いしばる。
アリアの剣は、ただの腕力ではない。
これまで喰らってきた魔法エネルギーを全て運動エネルギーに変換した、質量兵器のような一撃だ。
一太刀受けるたびに、聖銀の剣を通じて骨まで痺れる。
(だが……見える!)
極限の集中力が、セオドアの感覚を研ぎ澄ませていた。
王族として完璧を求められ続けてきた人生。
だが、これほどまでに「全霊」を叩きつけた瞬間があっただろうか。
「ひゃはッ! いー顔になってきたじゃねえか、王子様!」
アリアが笑う。
顔面から血を流しながら、この状況を心底楽しんでいる。
「黙れッ! 貴様ごときに褒められても嬉しくはない!」
セオドアが咆哮し、渾身の突きを放つ。
アリアが首をひねって回避する。
その隙だ。
「ここだッ!」
アリアが踏み込んだ。
捨て身のタックル。
セオドアの懐に潜り込み、剣の柄でセオドアの鳩尾をカチ上げようとする。
「読めているッ!」
セオドアは剣を捨て、アリアの襟首を掴んで強引に引き寄せた。
そして、無防備になったアリアの顔面へ、魔力を纏わない「拳」を叩き込む。
ゴッ!!
「ぐ、ぅ……ッ!」
アリアの頭が揺れる。
だが、彼女は倒れない。
逆にセオドアの腕を掴み返し、ゼロ距離での頭突きを見舞う。
ガンッ!!
「がはっ……!」
両者、よろめく。
視界が霞む。足が震える。
限界などとっくに超えている。
それでも、二人は同時に体勢を立て直し、最後の一撃へと動いた。
「これで……終わりだぁぁぁッ!!」
「吹っ飛びなぁぁぁッ!!」
セオドアの右ストレートと、アリアのアッパーカット。
二つの拳が交差し、互いの顔面を捉えた。
衝撃音が響き、二人の時間が止まる。
観客席の全員が息を呑んで立ち上がった。
アリアの拳は、セオドアの顎を完璧に捉えていた。
セオドアの意識が断ち切られ、白目を剥いて崩れ落ちそうになる。
(……へっ。勝った)
アリアは確信し、ニヤリと笑おうとした。
だが。
その瞬間、プツリと糸が切れた音がした。
(あ、れ……?)
アリアの視界が、急速に暗転していく。
ダメージの蓄積か、魔力吸収のオーバーロードか。
勝利を確信した瞬間の弛緩が、彼女の意識を闇へと引きずり込んだ。
「……あ、クソ」
アリアの体が、ガクリと力を失う。
そして、崩れ落ちるセオドアよりも一瞬早く、アリアの背中が泥の地面についた。
ドサッ。
その直後、セオドアも膝をつき、両手をついて崩れ落ちた。
だが──彼は辛うじて、意識を保っていた。
静寂。
そして、レイン教授の無機質な判定が下る。
『勝者、セオドア・フォン・ルミナス』
その瞬間、割れんばかりの歓声が沸き起こった。
だが、セオドアの耳には何も届いていなかった。
彼は荒い息を吐きながら、泥の中で眠るように倒れているアリアを見つめ、震える唇で呟いた。
「……引き分け、だろうが。馬鹿者どもが」
白い天井。
消毒液の匂い。
「……ん」
アリアは重い瞼を開けた。
全身が鉛のように重い。あちこちが痛む。
(……あ? 私、どうなったんだっけ)
記憶を手繰り寄せる。
セオドアを殴った。手応えはあった。
でも、その後の記憶がない。
「……ようやくお目覚めか」
横から声がした。
アリアは首だけを動かしてそちらを見た。
ベッドの脇の椅子に座り、優雅にリンゴを剥いている人物がいる。
逆光でよく見えないが、このシルエットと気配は……。
「……ミナか?」
「残念だったな。お前の飼っているネズミではない」
その男はナイフを置き、アリアの顔を覗き込んだ。
金髪碧眼。整いすぎた美貌。
包帯だらけの、セオドア王子だった。
「げっ……王子様!?」
アリアは飛び起きようとしたが、激痛に顔をしかめてベッドに沈んだ。
セオドアは呆れたように鼻を鳴らした。
「動くな。肋骨が3本いってるそうだぞ」
「……なんでテメェがここにいんだよ。ミナは?」
「彼女なら授業に出させた。主人が寝ているからといって、従者がサボっていい理由にはならん」
「いやまぁそうだけどよ……」
アリアはため息をついた。
だったら何でお前がいるんだけど、という突っ込みは置いといて。
まあいい。
とりあえず、五体満足で生きているならめっけもの。
「で? 勝負はどうなった?」
「……私の勝ちだ。貴様が先にくたばった」
セオドアは淡々と告げた。
アリアは「マジかよ」と舌打ちをした。
「ちぇっ。あと一歩だったのになぁ。まぁ楽しかったぜ」
悔しがるアリア。
だが、セオドアは剥いたウサギ型のリンゴをアリアの口元に突きつけながら、真剣な眼差しで言った。
「……あの一撃、私が先に気を失っていたかもしれん。事実上の敗北は私だ」
「あ?」
「だが、結果は結果だ。……アリア・ミル・ローゼン」
セオドアの声色が、妙に熱を帯びる。
彼はアリアの瞳をじっと見つめ、頬に触れようと手を伸ばした。
「貴様は、私に初めて『恐怖』と『悦び』を教えた女だ。魔力を持たぬ身で、王族である私と対等に渡り合ったその魂……実に美しい」
セオドアの顔が近づく。
キラキラとしたエフェクトが見えそうなほどの、甘い表情。
「貴様をただの猿だと思っていた前言は撤回しよう。……責任を取って、貴様を私のモノにしてやってもいいぞ?」
「……」
アリアは瞬きをした。
思考が停止する。
こいつは今、何を言っているんだ?
俺のモノ?
責任?
リンゴ?
数秒の沈黙の後。
アリアは心底意味が分からないという顔で、素っ頓狂な声を上げた。
「――はぁ?」
その間の抜けた返答に、セオドアは満足げに微笑み、アリアは眉間に皺を寄せた。
「わりぃ! 頭強く殴りすぎたなっ! と、とりあえず、部屋から出てっくんないかな!」
「心配いらん。私も驚いているが、正気だ」
「正気じゃねぇよ! 狂ってんのかてめぇ!!」
どうやら、この戦術学院に、新たな厄介事が爆誕したようだった。




