第13話:剣の舞
空中で剣と魔法剣が激突し、火花が散る。
セオドアはアリアの剣を押し返そうと魔力を込めるが、押し込まれているのは自分の方だった。
至近距離で睨み合う中、セオドアの思考は、驚愕を超えて冷徹な分析へとシフトしていた。
(……あり得ない。だが、認めざるを得ない)
目の前の少女の肌は、魔法を浴びるたびに赤熱し、蒸気を上げている。
その現象に、セオドアは王家の書庫で読んだある文献を思い出していた。
『魔物の中には、大気中のマナではなく、他者の放つ攻撃魔法そのものを捕食する種が存在する』
通称、魔力喰らい。
彼らは受けた魔法を体内で分解し、純粋な魔力へと還元。
それを自らの肉体強化や、損傷の修復へと即座に変換する。
(つまり、こいつはダメージを受けていないわけではない。被弾すれば肉は裂け、骨は砕ける。だが──それ以上の速度で、喰らった魔力を糧に、際限なく膂力を増しているのだ!)
殴れば殴るほど強くなるサンドバッグ。
魔法使いにとって、これほど相性の悪い天敵は存在しない。
なぜ人間である彼女がそんな特異体質を持っているのかは不明だが、現象は明らかだ。
(魔法を撃てば撃つほど、こいつは怪物になる。ならば――)
そこまで思考が至った、その瞬間だった。
「考え事か? 余裕だなッ!」
「――ッ!?」
アリアの額が、セオドアの鼻梁に叩きつけられた。
強烈な頭突き。
ガゴッ!!
「ぐ、ぅ……ッ!」
セオドアの視界が明滅し、意識が飛びかける。
思考が断ち切られ、体が後方へよろめく。
無様だ。
王族である自分が、こんな喧嘩殺法で膝をつきかけるなど。
(くそッ……!)
セオドアは奥歯を噛み締め、意識を強制的に繋ぎ止める。
魔法は通じない。魔力由来の衝撃波も吸われる。
ならば──答えは一つだ。
(純粋な『物質』で斬り刻むのみ!)
セオドアは右手を虚空にかざした。
放出系魔法ではない。王族のみに伝わる高等魔術──
『物質創造』
「来いッ! 『聖銀の剣』!」
光の中から現れたのは、魔力で編まれた剣ではない。
分子レベルで結合された、真正なる鋼の剣。
魔力を含まない、ただの鋭利な物理的凶器。
「死ねぇぇぇッ!」
セオドアは体勢を崩したまま、逆袈裟に剣を振り上げた。
アリアの首を狙う、神速の一撃。
魔法による加速はないが、セオドア自身が幼少期より叩き込まれた王宮剣術の精髄だ。
「──っ!」
アリアが反応する。
回避は間に合わない。
だが、彼女は退くどころか、半歩前に踏み込んだ。
ヒュンッ。
刃がアリアの鼻先を掠める。
数本の髪の毛が切れて宙を舞う。
紙一重。
だが、その刹那、アリアの手が動いていた。
「な……!?」
アリアは、斬撃を放ったセオドアの手首ではなく──剣の鍔元を掴んでいた。
「もらったぜ」
強引なねじり。
てこの原理と、魔力吸収で強化された怪力。
「ぐっ……!」
セオドアの手から剣が離れる。
アリアは奪い取った聖銀の剣を空中で回転させ、順手に持ち替えた。
「へえ。いい剣じゃねえか。さすが王子様、金持ってんな」
アリアがニヤリと笑い、今まで使っていたボロボロの鉄剣を捨てた。
強奪。
騎士の命である剣を奪われた屈辱。
「き、貴様ぁぁッ!!」
セオドアは怒りで顔を歪め──そして、即座に左手をかざした。
「『物質創造』!!」
二本目の剣が生成される。
もはやプライドも、魔力温存も関係ない。
彼は二刀流の構えを取り、アリアを睨みつけた。
「殺す。八つ裂きにしてやる……!」
「ひゃはは! いいじゃねえか! いいじゃねぇか!! そうこなくちゃっ!」
アリアは奪った剣を構え、獣のように喉を鳴らした。
「魔法ごっこは飽きてたところだ。……さあ、剣術といこうや!」
「黙れッ!」
ギンッ!
ガガガガッ!!
二人の剣が激突する。
魔法の炸裂音ではない。
鋼と鋼が削り合う、生々しい金属音。
セオドアの剣は、洗練された「型」を持つ美しい剣技。
対するアリアの剣は、泥臭く、最短距離で急所を狙う実戦剣術。
(速い……! それに、重いッ!)
セオドアは剣を交えながら、戦慄していた。
魔法使いが片手間で覚えた護身術ではない。
この女の剣技は、達人の域に達している。
何より、その「殺気」の質が違う。
(何者なんだ、こいつは……しかしっ!)
底知れぬ不気味さ。
だが──それと同時に。
セオドアの胸の内に、奇妙な熱が灯り始めていた。
(……なんだ、この高揚感は)
アリアの剣を弾く。
切り返す。
躱される。
一瞬でも気を抜けば死ぬという極限の緊張感。
自分と同等、いや、それ以上の技量を持つ相手と刃を交える感覚。
「はっ、ははっ!」
セオドアの口から、乾いた笑いが漏れた。
退屈だった。
ゴミ溜めのような学院も、お追従を言う教師たちも。
誰も彼もが、自分の「魔力」にひれ伏すだけで、自分自身を見てはいなかった。
だが、この女は違う。
魔法を否定し、魔力を食らい尽くし、ただの「セオドア」という人間に剣を突きつけてくる。
「いいだろう、アリア・ミル・ローゼン!」
セオドアの瞳から侮蔑の色が消え、好敵手を見る熱情が宿る。
「魔法が通じぬなら、剣でねじ伏せるまで! 王の武威、その身に刻めッ!」
「上等だッ! かかってきな!」
演習場の中央、泥と血にまみれながら、二人は笑い合っていた。
それは傍から見れば狂気の光景。
だが、二人にしか分からない「戦いの悦び」が、そこには確かに存在していた。




