第12話:捕食者の嘲笑
「お返しだッ!!」
炎を突き破り、アリアの鉄剣がセオドアの喉元へ迫る。
絶対的な死のタイミング。
「――ッ! 『聖域の盾』!」
セオドアは咄嗟に、最高位の無詠唱防御を展開した。
王族のみに許された、物理・魔法双方を遮断する黄金の障壁。
凄まじい金属音が響き、アリアの剣が障壁に食い込む。
だが、止まらない。
剣に込められた熱量と運動エネルギーが、障壁の許容限界を軋ませる。
「なッ!?」
黄金の障壁が、ガラス細工のように砕け散った。
セオドアは驚愕に目を見開きながら、無様に地面を転がって回避した。
「……ちっ。逃げ足は速いな」
アリアが着地し、剣を振って残り火を払う。
その姿を見て、セオドアは背筋に氷をねじ込まれたような悪寒を感じた。
「はぁ、はぁ……貴様……」
土煙が晴れていく。
そこに立つアリアの姿は、異様だった。
制服は焼け焦げ、肌も所々火傷を負い、血が流れている。
間違いなくダメージは負っている。
ボロボロだ。
だが――「圧」が増している。
全身から立ち上る湯気。
爛々と赤く輝く瞳。
傷口から血が流れるそばから、傷が塞がっているようにすら見える異常な代謝。
「……ひひっひ」
アリアが笑った。
血塗れの顔で、心底楽しそうに。
「……バケモノめ」
セオドアの喉が渇く。
あり得ない。
自慢の最大火力『焦熱地獄』を直撃させたのだ。
普通の人間なら消し炭。高位の魔導師でも重傷は免れない。
なのに、こいつはピンピンしているどころか、先ほどよりもエネルギーが満ち溢れている?
「……どうした王子様。顔色が悪いぞ?」
アリアが剣を引きずりながら、ゆっくりとにじり寄ってくる。
ズリ、ズリ、という音が、セオドアの神経を逆撫でする。
「近寄るなッ!」
セオドアが叫び、両手を突き出した。
恐怖。
生まれて初めて感じる、理解不能な存在への根源的な恐怖。
『雷撃』!
『氷槍』!
『風刃』!
なりふり構わぬ魔法の乱れ撃ち。
雷が、氷が、風が、嵐のようにアリアを襲う。
「ぐっ、がぁ……ッ!」
アリアの体が弾け、血飛沫が舞う。
回避しきれない。
肉が裂け、骨が軋む音がする。
確実にダメージは通っているはずだ。
「死ね! 死ねぇッ!!」
セオドアは攻撃の手を緩めない。
だが。
「……ひゃはっ、ひゃひゃひゃひゃっ!」
爆風の中で、笑い声が聞こえた。
「――ッ!?」
アリアは止まらなかった。
雷に打たれながら前進し、氷の槍を素手で砕きながら歩を進める。
(なぜだ!? なぜ倒れない!?)
セオドアは後ずさる。
アリアの体表が、魔法を受けるたびに微かに発光している。
吸収している。
魔力を、衝撃を、痛みを、すべて自らの『牙』へと変換している。
「美味いねぇ! おかわりだ!」
「来るなと言っているッ!!」
セオドアは足元の地面に向けて魔力を叩きつけた。
爆発的な衝撃波を発生させ、アリアを吹き飛ばそうとする。
地面が隆起し、土砂崩れのような波がアリアを飲み込む――かと思われた。
「そらよっ!」
アリアが跳んだ。
爆風の波に乗るように、高く、高く跳躍したのだ。
太陽を背にして、アリアの影がセオドアを覆い尽くす。
「しまっ――」
セオドアが見上げた時には、アリアはすでに降下体制に入っていた。
重力と加速を乗せた、渾身の兜割り。
「らぁぁぁぁッ!!」
「くそぉぉぉッ!!」
セオドアは魔力で生成した剣を瞬時に作り出し、頭上で受け止める。
空中で剣と剣が激突し、火花が散る。
鍔迫り合い。
至近距離で、二人の視線が交錯する。
セオドアの必死の形相。
対するアリアの、捕食者の如き凶悪な笑み。
「なん……なんなんだ、貴様は……ッ!」
セオドアが絞り出すように呻く。
魔法が効かない。常識が通じない。
ただひたすらに暴力を貪る、魔導師の天敵。
アリアはギロリと瞳を光らせ、至近距離で囁いた。
「ただの『落ちこぼれ』だよ。……さあ、ダンスの続き、しようぜぇ」




