第11話:蹂躙の宴
セオドアが指揮者のタクトを振るように、優雅に指先を弾いた。
瞬間、アリアの頭上に数十もの魔法陣が展開された。
「なッ……!?」
アリアが反応するよりも速い。
『フレイム・ランス(炎の槍)』
中級魔法でありながら、セオドアのそれは一本一本が大砲並みの質量を持っていた。
「ぐあぁぁぁッ!?」
豪雨のように降り注ぐ炎の槍が、アリアを襲う。
回避など不可能。
アリアは直撃を受け、爆風と共に地面に叩きつけられた。
「終わりではないぞ」
セオドアの手が横に薙がれる。
今度は不可視の風の刃『ウィンド・カッター』が、倒れたアリアを追撃する。
「が、ぁ……ッ!」
制服が切り裂かれ、鮮血が舞う。
アリアの体は枯れ葉のように吹き飛び、演習場の壁に激突した。
土煙が舞い上がり、瓦礫が崩れ落ちる。
観客席は静まり返っていた。
あまりにも一方的すぎる。
これは試合ではない。
ただの処刑だ。
「……愚かな」
セオドアは興味なさげに手を下ろした。
手加減はしたつもりだが、魔力を持たぬ生身の人間だ。
今の連撃で全身の骨が砕けていてもおかしくない。
「審判。判定を」
セオドアがレイン教授の方を向く。
誰もが終わりだと思った。
ミナが顔を覆い、涙を流す。
だが。
「……ゲホッ、カハッ」
瓦礫の山から、湿った咳払いが聞こえた。
「……おいおい。随分と派手な『指導』じゃねえか」
煙が晴れる。
そこには、ふらつきながらも立ち上がるアリアの姿があった。
制服はボロボロに破け、額からは血が流れ、左腕は不自然な方向に曲がっているようにも見える。
満身創痍。誰が見ても限界だ。
なのに。
「……効かねぇなぁ」
アリアは血の混じった唾をペッと吐き捨て、ニヤリと笑った。
「な……?」
セオドアの眉がピクリと動く。
強がりではない。彼女の瞳は死んでいないどころか、先ほどよりも強くギラついていた。
「生意気な口を……。まだ骨が残っていたか」
セオドアの瞳に苛立ちが混じる。
彼は再び手をかざした。
「『ロック・キャノン』!」
アリアの腹部に、魔力で加速された岩塊が直撃する。
くの字に折れ曲がり、後方へ吹き飛ぶアリア。
地面を何度もバウンドし、泥まみれになって転がる。
「立てるか? 立てまい」
セオドアが冷徹に告げる。
しかし、アリアは止まらなかった。
泥にまみれた手を地面につき、ゾンビのように体を起こす。
「……ひひッ」
笑い声。
アリアはゆらりと立ち上がり、剣を構え直した。
「……貴様、何がおかしい」
セオドアが問いかける。
アリアの体はボロボロだ。血反吐を吐き、足も震えている。
どう見ても死に体だ。
「降参しろ。これ以上やれば、本当に死ぬぞ」
セオドアの言葉は、慈悲ではなく、理解不能な生物への忌避感から出たものだった。
だが、アリアは血塗れの顔で、凶悪な三日月形の笑みを浮かべた。
「降参? なんでだよ」
アリアが一歩、前に出る。
「ようやく体が温まってきたんだ。……ここからが楽しくなるところだろ?」
「……狂人が」
セオドアは吐き捨てた。
対話は不可能。
この女は、痛みを感じないのか、それとも痛みを快楽に変える異常者なのか。
どちらにせよ、ここで確実に息の根を止める必要がある。
「いいだろう。その減らず口、灰になるまで焼き尽くしてやる」
セオドアが両手を広げる。
演習場の大気中のマナが、一点に収束していく。
最大級の火炎魔法。
これまでの「指導」とは次元が違う、本気の殲滅魔法だ。
「消え失せろ! 『焦熱地獄』!!」
セオドアの手から、全てを飲み込む紅蓮の奔流が放たれた。
回避不能の超広範囲攻撃。
アリアの姿など一瞬で呑み込まれる──はずだった。
「──ひひっ、いーー燃料だ」
炎の壁が迫る直前。
アリアが突っ込んだ。
「は?」
セオドアが目を見開く。
逃げるでもなく、防御するでもなく。
アリアは自ら、その死の炎の中へと飛び込んだのだ。
「な、自殺行為だ!?」
Aクラスの生徒が叫ぶ。
だが、次の瞬間。
炎の奔流が、内側から弾け飛んだ。
いや、違う。
まるで何かに吸い込まれるように、アリアの周囲の炎だけが掻き消えたのだ。
「……な、なんだと!?」
セオドアが驚愕に声を上げる。
炎を切り裂き、飛び出してきた影。
ボロボロだったはずの少女の肌が、炎を浴びて艶やかに発光している。
その手には、赤熱した鉄剣が握られていた。
「お返しだッ!!」
「ぐッ!?」
セオドアの目の前に、死神の鎌のような剣閃が迫る。
必殺のタイミング。
王子の喉元へ、アリアの一撃が食らいつこうとしていた。




