第10話:王子の遊戯
第3演習場。
ここは本来、生徒同士の模擬戦争に行われる演習場だ。
しかしセオドアが転入して以来、彼が平和な学園を乱す『不穏分子』と断じた相手を、こうして見せしめに処する場としても利用している。
そのために、本来は教職員が観戦するために設けられたスタンドも、この時は一般生徒開放される──。
戦術指導。
それは授業とは名ばかりの、セオドアにより行われる見せしめだ。
彼は生徒の『模範』を別の意味に解釈した。
即ち、絶対的強者による支配であると。
──噂を聞きつけた他学年の生徒や教職員たちが、どちらが勝つか(あるいはアリアが何秒で黒焦げになるか)を賭けて盛り上がっている。
対峙する両者の距離は、およそ15メートル。
セオドアは杖すら構えていない。
両手をだらりと下げ、王族特有の優雅さで佇んでいる。
だが、その周囲には陽炎のような高密度の魔力が渦巻き、不可視の要塞を築いていた。
「近づけば死ぬ」という絶対的な拒絶のオーラ。
対するアリアは、刃引きされた無骨な鉄剣を右手にぶら下げ、重心を深く沈めていた。
まるで獲物に飛びかかる寸前の肉食獣。
防具はゼロ。頼れるのは己の肉体と、磨き上げた殺意のみ。
静寂が、痛いほどに肌を刺す。
数千人の観衆が息をするのも忘れ、その一瞬を待っていた。
『――始め!』
レイン教授の冷徹な開始合図が、第3演習場に響き渡った。
その瞬間、観客席の熱気が最高潮に達する。
「行くぞッ!」
ドンッ!!
アリアが地面を蹴った。
爆発的な加速。魔力強化もなしに、ただの筋力だけで生み出されたその初速は、Aクラスの魔導師たちの動体視力を軽々と超えていた。
「おおっ!?」
「速えぇッ!」
観客たちがどよめく。
アリアは一直線にセオドアへ肉薄し、鉄剣を横薙ぎに振るった。
「――シッ!」
風切り音が遅れて聞こえるほどの鋭い斬撃。
まともに喰らえば首が飛ぶ。
だが、セオドアは眉一つ動かさなかった。
ガギィィィンッ!!
硬質な金属音が響き、アリアの剣が空中で止まった。
セオドアの目の前に展開された、透明な『自動防御障壁』だ。
「……ふん」
セオドアはポケットに手を入れたまま、退屈そうに鼻を鳴らした。
「悪くない速度だ。猿にしてはな」
「へっ、褒めても何も出ねえぞ!」
アリアは止まった剣を強引に引き戻し、今度は逆袈裟に斬り上げる。
さらに切っ先を返して刺突、回し蹴り。
目にも止まらぬ連続攻撃を叩き込む。
ガン!
ガンッ!
ガガガガッ!
激しい打撃音が演習場に響く。
アリアの猛攻は、素人が見れば圧倒しているように見えるだろう。
しかし――
(……届かない)
ミナは観客席で、青ざめた顔でタオルを握りしめていた。
アリアの剣は、セオドアの体毛一本すら傷つけられていない。
セオドアは一歩も動かず、ただ障壁に弾かれるアリアの動きを目で追っているだけだ。
それはまるで、じゃれついてくる仔犬をあしらう飼い主のようだった。
「らぁぁぁッ!!」
アリアが跳躍し、全体重を乗せた兜割りを放つ。
ズドォォォンッ!!
障壁と剣が激突し、衝撃波が周囲の土煙を吹き飛ばす。
だが、それでも障壁にはヒビ一つ入らない。
「……終わりか?」
セオドアが冷ややかに問うた。
「はぁ、はぁ……硬えな、クソ王子」
アリアが着地し、少し息を乱しながら距離を取る。
セオドアは失望したように首を振った。
「物理攻撃のみ。魔力干渉なし。戦術的な工夫もなし。……期待外れだ。これなら、動く案山子の方がまだマシな動きをする」
セオドアにとって、この時間は退屈な作業でしかなかった。
アリアの攻撃は確かに速いが、王族に伝わる絶対防御の前では無意味。
彼が指一本動かせば、いつでも終わらせられる。
「……ちぇっ。手厳しいねえ」
アリアは剣を構え直すが、その表情からは余裕が消えつつあった。
(……マジで硬え。今のフルスイングでも傷なしかよ)
「もういい。貴様の程度は知れた」
セオドアが、ゆっくりとポケットから手を出した。
その優雅な動作に、観客席の空気が凍りつく。
「攻守交代だ」
セオドアが掌をアリアに向けた。
詠唱はない。構えもない。
ただ、そこにあるのは圧倒的な「死」の予感だけ。
「――踊れ」
セオドアの指先が、指揮者のように虚空を弾いた。
それが、一方的な蹂躙の始まりだった。




