第1話:暴力沙汰起こして割と真っ当に追放されました。
「――アリア・ミル・ローゼン! 貴様との婚約を、今ここで破棄する!」
帝都の夜会。
シャンデリアの輝きの下、魔導騎士団の若きエース、カイル・フォン・バーンズの高らかな宣言が響き渡った。
音楽が止まり、華やかな会場は一瞬にして静寂に包まれる。
周囲の貴族たちは、扇子で口元を隠しながら、憐れみと嘲笑の視線を「断罪された令嬢」へと向けた。
アリア・ミル・ローゼン。
名門ローゼン伯爵家の令嬢でありながら、魔力測定値はたったの『2』。
一般市民の平均すら下回る、正真正銘の「魔力なし」である。
「聞こえているか、アリア! 貴様のような無能は、私の隣にふさわしくないのだ!」
カイルは隣に侍らせた、魔力の高そうな美女の腰を抱き寄せ、勝ち誇った顔でアリアを見下ろした。
アリアは無言で俯いている。
その肩が、小刻みに震えていた。
(可哀想に……泣いているのかしら)
(無理もない、衆人環視の中で捨てられたのだから)
観衆がそう思った、次の瞬間だった。
「……ぷ」
「あ?」
「ひゃひゃひゃ!! ざけんじゃなぇよ! 色ボケ公爵が!」
アリアが顔を上げた。
そこに涙はない。あるのは、憤激に燃え盛る紅蓮の瞳だけだった。
彼女はドレスの裾を豪快に蹴り上げると、床を強く踏みしめた。
「ガタガタうるせえんだよ! 破棄でも何でも好きにしな!」
「なっ、き、貴様!? なんだその口の利き方は――」
「隙だらけなんだよッ!」
ドゴォォォォンッ!!
鈍く、重い音が会場の空気を震わせた。
カイルの言葉が物理的に遮断される。
アリアの右拳が、カイルの整った顔面に深々とめり込んでいたのだ。
「ぶべっ!?」
魔導騎士団長であるはずの男が、きりもみ回転しながら宙を舞う。
彼はそのままビュッフェのテーブルに突っ込み、色とりどりの料理を撒き散らして沈黙した。
「キャァァァァッ!?」
「か、カイル様!?」
悲鳴と怒号が飛び交う中、アリアは拳についたクリームをドレスで拭い、仁王立ちになった。
「あー清々した! こんな貧弱男、こっちから願い下げだ!」
それは、令嬢にあるまじき暴挙。
だが、その拳の冴えは、一流の格闘家すら戦慄するほど洗練されていた。
アリアの身体は、未だに僅かな戦慄きを保っていた。
恐怖ではない。
武者震いだ。
「思い出すぜ……てめぇの理不尽な行為の数々……お父様の顔を立てて大人しく従ってやったが、婚約破棄だってんなら、自由にやらせてもらうぜ……!」
「ふへ? ありあ?」
カイルの動揺も最もだった。
目の前にいるのは怒髪天を突くほどの激情を顕にする少女。
それはこれまで、自分が虐げてきた大人しく従順な少女とは懸け離れていたからだ。
(猫かぶってやがったのか……)
瞬間、カイルの脳裏には、今までのアリアの様子が、走馬灯のように流れた。
出会い、屋敷での日々、いびり……
再び目の前に拳が迫っていることに気がついたときには、もうすでに手遅れだった。
──────
「勘当だよ。当たり前じゃないか、この馬鹿娘……」
その日の深夜。
実父であるローゼン伯爵自ら、アリアは屋敷の外へ放り出された。
手荷物は愛用の長剣一本と、着替えが詰まった鞄のみ。
「カイル君は、帝室とも遠縁だがつながりがある。そんな相手と婚姻を結べたこと事態奇跡だったのだ……」
「えぇ、でも婚約破棄されたのは向こうの事情ですし……」
「それだけならまだしも、殴ったらいかんでしょ……」
御尤も。
アリアはぐうの音も出ない。
「カイル君からは、どうにか許しをもらえた。お前が二度と家の敷居を跨がなければ、この件は、不問としてくれるそうだ」
「いやいや、騎士団長にコネで入っただけの男ですよ! ただの女の子にボコされたなんて醜聞が知られないようにしたいだけですって!……」
アリアの言い訳を遮るように、バタン! と重い門が閉ざされた。
冷たい雨が降る帝都の路上に、アリアは一人取り残された。
「……ケッ。クソ親父がよ」
アリアは濡れた前髪を乱暴にかき上げた。
悲壮感はない。むしろ、憑き物が落ちたような清々しい顔つきだった。
「上等だよ。魔力、魔力って、どいつもこいつも馬鹿の一つ覚えみたいに。魔法がなくたって生きていけるってことを、私が証明してやる」
そう息巻いて歩き出した彼女だが、現実は厳しかった。
宿を取ろうにも金がない。
冒険者ギルドに行っても「魔力ゼロ? 荷物持ちも無理だな」と門前払い。
この世界は、どこまでいっても魔法至上主義だった。
「……チッ。どこかに、腕っぷしだけで雇ってくれる場所はないのか」
腹の虫が鳴く。
路地裏で雨宿りをしていたアリアの足元に、風に乗って一枚のチラシが飛んできた。
『王立魔導戦術学院 第六期生募集』
『学歴不問・魔力不問。衣食住完備。腕に覚えのある者求む』
「……魔力不問、ねえ」
アリアはニヤリと笑った。
そのチラシには、最近できたばかりの白亜の校舎が描かれていた。
巷では「魔力のない人間や、変わり者ばかりを集めた収容所」だと噂されている場所だ。
「いい度胸だ。私の実力が通用するか、道場破りといくか」
──────
翌日。
アリアは「王立魔導戦術学院」の入学者選抜試験会場にいた。
演習場に集まっているのは、薄汚れた平民や、目つきの悪い冒険者崩れ、そして──アリアと同様に魔力の低い貴族の落ちこぼれたち。
「受験番号402番、アリア・ミル・ローゼン。前へ」
試験官を務める中年の魔導師が、アリアの履歴書を見て鼻で笑った。
「ローゼン家の令嬢か。夜会で暴行事件を起こしたと聞いているが……。ふん、魔力値は『2』か。ゴミだな」
「あんだと?」
アリアが眉をひそめる。
「事実だろう。ここは戦術学院だ。本来なら、魔法も使えない人間に用はない。……だが、理事長の方針で『来る者は拒まず』だ。そこに試験用の『練習用ゴーレム』がある。あれを破壊できたら入学を認めてやる」
試験官が指差した先には、岩でできた巨大な人形が立っていた。
対魔法防御術式が刻まれた、堅牢なゴーレムだ。
生半可な魔法では傷一つつかない代物である。
「魔力2の貴様に何ができる? 爪が割れないように、ぺちぺち叩いて――」
アリアは無言で剣の柄に手をかけた。
腰を落とし、深く息を吸い込む。
(魔法? いらねえよ)
意識を研ぎ澄ます。
筋肉のバネを圧縮し、爆発させるイメージ。
「――シッ!」
ズバンッ!!
轟音が、試験官の嘲笑を遮った。
アリアの姿がブレたかと思うと、次の瞬間にはゴーレムの背後に抜けていた。
いわゆる「縮地」と「抜刀術」の複合技。
ドオオオォォォン……!
巨大な岩のゴーレムが、斜めにズレ落ちる。
真っ二つになった断面は、鏡のように滑らかだった。
「……は?」
試験官が口を開けて固まる。
アリアは剣を鞘に納める動作を終え、肩越しに振り返った。
「手応えねぇな。……で? 合格か?」
「あ、あ、あ……」
試験官は震える手でハンコを握りしめた。
目の前の少女が、魔法使いよりも遥かに危険な生物に見えたのだ。
「ご、合格だ……クラスは『E(実技特化)』だ! さっさと行け!」
通されたのは、校舎の最下層にある薄暗い教室だった。
『第18基礎クラス』、通称『Eクラス』。
そこに集まっていたのは、見るからに柄の悪い連中ばかりだった。
「おい見ろよ、お姫様のお出ましだぜ」
「教室間違えてんぞ」
教室に入るなり、ニヤニヤした男たちが絡んでくる。
どうやら、ここは「落ちこぼれ」の中でも、特に粗暴な連中が集められる掃き溜めらしい。
巧妙に隠させてはいるが、教室の壁には死角のないようにいくつかもの監視用魔道具が埋め込まれている。
(ろくでもねぇ学校だな。どっちも)
アリアはトランクを机の上にドンと置き、彼らを睨み返した。
「ああ、お似合いだよ。どいつもこいつも、殴り甲斐のありそうな面構えだ」
「なんだと? 女だと思って手加減してやると思ったら――」
男の一人が胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてくる。
アリアはその手を掴み、流れるような動作でひねり上げ、机に顔面を叩きつけた。
ガンッ!
「あがっ!?」
「悪いが、私の辞書に『手加減』なんて言葉はないんだ。手ぇだしたのはてめぇからだからな」
ゴキ。
鈍い音が教室に響いた。
静まりかえった教室では、その音がより一層印象的に響いた。
アリアは男の背中に足を乗せ、教室を見渡した。
その瞳は、獲物を前にした猛獣のように獰猛に輝いていた。
「今日から私がここの級長だ。文句ある奴は前に出ろ。魔法でも何でも使っていいぞ? 詠唱が終わる前に沈めてやるからよ」
シーンと静まり返る教室。
数秒後、誰かが「お、面白れえじゃねえか!」と口笛を吹いた。
こうして、アリア・ミル・ローゼンの新しい生活が始まった。
魔力至上主義のこの国で、魔力ゼロの少女がどこまでやれるか。




