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かわいさは蹄でやってくる!―乗馬クラブで働く私の、馬まみれエッセイ―  作者: 時雨オオカミ
第二章 個性の宝箱、あるいは個性の闇鍋

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3/5

・エンジェルくん②

 馬房掃除の際、エンジェルくんは背後霊となる。

 その印象的な行動を、私の日常の一部として覗いてみよう。

 

 馬房掃除というのは、基本的にひとり作業である。

 プラスチック製のフォークを持って、ひたすらおがくずを掘り返し、表面のボロ(馬糞)をさらい、大きな二輪車にまとめて運ぶ。単純作業だが体力はごっそり持っていかれる。

 掃除のあいだ、馬は基本的に自由だ。

 さっきまで朝ごはんをもぐもぐしていたり、ぼんやり立っていたり、馬房の端でこちらを眺めていたりする。

 そんなある日、いつものようにエンジェルくんの馬房を掃除していると、ふと違和感を覚えた。

 

 ……近くない?

 振り返ると、真後ろにエンジェルくんがいた。

 

「……?」

 

 ついさっきまで、あっちで朝ごはんを食べていなかっただろうか。

 フォークでボロを掘って集めているほんの数十秒の間ににいつのまにか距離がゼロになっている。

 うーん、気のせいかなと思って作業を続ける。

 すると今度は、腕にじんわりとした温もりが伝わってきた。

 ……鼻息?

 どう考えても、エンジェルくんの鼻先が私の腕にぴったりとくっついている。

 

「……?」

 

 横を見ると、彼は何事もなかったかのような顔で、こちらに顔を預けている。ふにゃっと潰れた鼻が私の腕に埋まっている。あまりにも可愛い。

 

 仕方がない。おねだりされてるんだからこれは仕方ないことだ! と、ほんの一瞬だけ、ほんの出来心で、首のあたりを軽く撫でる。

 

「はいはい……ちょっとだけね」

 

 すると、分かりやすすぎる反応が返ってくる。

 首を少し伸ばして、目を細めて、明らかに「嬉しいです」という顔。

 

「……ああ〜」

 

 心の中で、何かが溶ける音がした。撫でているこちらまで、ほんわかしてくる。危険だ。これはとても危険である。心がぴょんぴょんしてしまう。

 

 ――はっ!

 

「掃除……!」

 

 我に返り、慌ててフォークを持ち直す。ここは仕事場。癒されに来ている場合ではない。時間は有限。ちゃんとやらねば!


 場所を変えて作業再開。

 ……数秒後、彼はまた真後ろにいた。

 

「……??」

 

 完全についてきてしまっている。中途半端に構ったのが良くなかっただろうか? いや、いつも彼はそうなのでどちらにせよこうはなる。

 私が一歩動くと、一歩。二歩動くと、二歩。方向を変えると、当然のように方向転換。

 腕に鼻。背後に気配。そして、たまに耳元で、ふうっと温かい鼻息。

 

「……かわよ……」

 

 思わず漏れる。だが、ここで撫でたら負けだ。

 

 うおお、我慢……!

 

 フォークを握り直し、視線を前に固定する。見ない。触らない。今は仕事に全集中……!

 

 しかしエンジェルくんは諦めない。静かに、しかし確実に存在を主張してくる。真後ろという、逃げ場のない位置で。

 

「はいはい、いるのは分かってます……」

 

 声をかけるだけに留めて、作業を続ける。すると少しだけ満足したのか、半歩ほど距離を取る……が、視線は外さない。

 

 数分後。

 やっぱり真後ろにいた。もはや背後霊である。

 

「やっぱ来るんかい」

 

 気づくとそこにいる。定位置と化した背後にぴったり。本当に、気づくといる。

ただし、これをやるのはエンジェルくんだけではない。他の馬も、似たようなことをするんだなあ、これが。

 

 人の後ろをついてきたり、作業の合間に気配だけ近づいてきたり、掃除中のフォークの先をじっと見つめてきたり。

 

そう、馬は意外と、「構ってちゃん」である。

 

 犬ほど分かりやすくはなく、猫ほど気まぐれでもないが、構ってほしいときは、ちゃんと分かる方法で来る。

 

 静かに、しかし確実に真後ろという逃げ場のない位置を選んで。

 

 掃除がひと段落し、馬房を出る準備をすると、エンジェルくんがこちらを見た。

 

「はい、お待たせしました」

 

 ここでようやく、我慢を解く。

 首、頬、額。思う存分ヨシヨシして自分の欲も解放!

 

「はいはい、えらいね〜。かわいいね〜」

 

 満足そうに目を細めるエンジェルくん。

 しばらく撫でられたあと、彼は何事もなかったかのように、また朝ごはんの残りへ戻っていった。

 

 もぐもぐ。

 さっきまでの密着が嘘のようだ。

 

「……切り替え早いな?」

 

 だが、その背中はどこか軽やかで、どこかご機嫌だ。

 今日もエンジェルくんは天使で、今日も私はちょろい。

 

 気づくとそこにいて、撫でたくなるのを我慢して、最後に全部許してしまう。それが、エンジェルくん……いや、馬という生き物なのだ。



(※セリフはさすがに内心の言葉だよ!!)

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