初夜に白い結婚を宣言されたお飾り伯爵夫人がなんだかんだあって最終的に溺愛されるってだけのお話
「私には他に愛する人がいる。故に君とは白い結婚となる。ああ安心したまえ、君の実家への援助はちゃんとしよう。……もちろん君が役目を果たしている間は、だがね」
結婚式が終わり、これから初夜、と言うところで夫となったマークス・モノケロス伯爵にそう言われたエリザは屈辱に身を震わせながらも黙って受け入れるしかなかった。
エリザはモノケロス伯爵領と隣接するグリンウッド男爵領の令嬢であった。
貴族とは名ばかりの貧乏男爵家で、山間の寒村を3つほど領地としており、産物は木材と蕎麦と芋くらい。麦すら取れない貧乏領地と周囲からは蔑まれていたが、むしろ無理に合わない土地で麦を育てて飢饉を起こすよりはマシと開き直っており、事実産物は買い叩かれて現金は無いものの餓死者は出ていなかった。
その状況が変わったのは2年前の事である。王国北西部を襲った暴風雨はグリンウッド領に壊滅的な被害をもたらした。山間の領地は大規模な斜面の崩落により農地はほぼ壊滅。居住地も村の一つが土砂に埋まる事になった。人的被害こそエリザの父による迅速な避難誘導によりなかったが、グリンウッド家単独での復興は不可能であり、国に災害支援を求めたものの豪雨にやる災害は広範囲に渡っており、特に堤防が決壊して大規模な水害が発生した穀倉地帯に国の支援は優先され、グリンウッド領は後回しにされてしまっていた。
そんな時に条件付きではあるが支援の手を差し伸べたのがモノケロス伯爵であった。
条件は一つだけ。長女であるエリザの嫁入りである。
しかしながら既に爵位を継いでいるにも関わらず独身である伯爵はあからさまに訳アリであり、複数の愛人を囲っていると言う噂もある。
しかしながらすでに資金も食糧も尽きていたグリンウッド男爵はこの手を払いのける事は出来なかった。
男爵はこの2年ですっかりやつれた顔でエリザに不安を隠せない顔でそれを告げたが、エリザは領地の為と表面上は笑って婚姻を受け入れた。
そして初夜、案の定の言葉である。
エリザとて覚悟はしていた。だがだからといって傷つかないと言う訳ではない。
ただ悲しみに涙を流すと言う事も無かった。湧いてきたのは純粋な「怒り」であった。
こちらの弱みを握っているから逆らえないと、弱いからとあからさまに蔑り、自分の利の為に利用しつくそうとする伯爵の様にエリザは嫌悪しか感じなかった。
利用した謝罪が欲しいとは言わないが、せめてギブ&テイクで感情を挟まない契約くらいのスタンスであって欲しいと思うのは贅沢だろうか?
まあ言い捨てていそいそと離れの別邸へと向かった伯爵の背を見送る使用人達の目が明らかに「汚物」を見るものだったのは幸いであろう。どうやら使用人達はまともな感性を持っているのようなので使用人から冷遇を受けるなどと言う物語のような展開は無さそうだとエリザは胸を撫で下ろした。
夫婦用の寝室で一人寝から目覚めた翌朝。エリザは庭の散歩をしていた。
山育ちのエリザはどうにも屋敷でじっとしていると言うのは性に合わない。実のところ令嬢としての教育こそ受けているものの、普段は近所のガキどもと一緒に山の中を駆け回って自生する果物やら沢の魚やらの山の幸を取ってオヤツにしていたという立派な山猿であった。
もちろん嫁いだ以上はそんな真似は出来ないと思っているが、だからと言って普通の貴族夫人のように過ごせる自信はあんまりない。こっそり「庭の一角を耕して家庭菜園とか作ったら駄目かなぁ」とか使用人達が聞いたら宇宙猫になりそうな事を考えていると、彼女の目に2mほどの塀が目に入った。
「……? あれは?」
一緒に行動していた侍女に聞けば、あの塀の向こうに伯爵が愛人達を囲っている別邸があるのだとか。
「……申し訳ありませんが、旦那様より奥様をあの塀の向こう側には入れないように命じられております」
そう侍女はエリザに対して言った。彼女達はエリザに対して同情的だし、伯爵に対して嫌悪感を抱いているがそれはそれ、あくまでも主人は伯爵でありその命令にはしっかりと従うようだ。
と、ここでエリザの無駄な反骨心……いやむしろ悪戯小僧心とも言うべきものが鎌首をもたげた。
そう、やるなと言われれば言われるほどやりたくなるアレである。ましてやそれがムカつく相手からのものとなればどうなるかなど自明の理であろう。……問題はそれが悪ガキではなく仮にも貴族夫人の思考だと言う事だが。
さて、それを実行に移すならば侍女達は邪魔である。
まずは「疲れたから部屋で休むので1人にして欲しい」と言って1人になると実家から持ってきた簡素なシャツとズボンに着替えて身体強化魔法を発動、窓を開けて人目が無いのを確認したらそのままダイブ!
着地の瞬間に脚の関節を段階的に曲げて衝撃を完全に吸収、ほぼ無音で着地すると体を倒し前傾姿勢になるとたわめた脚を一気に解放、前方に向かって大きく跳躍すると一気に木々の密集したエリアに突っ込み人目から逃れる。そのままスルスルと木の幹を登り枝の上に出ると再び跳躍、木の枝から木の枝へと次々と跳び移動していく様は東方の島国にいると言われている「ニンジャ」の様だ。
……もはやツッコミ所しかないが、彼女は山遊びの中、体力で男子に勝てない事から魔法での強化に希望を見出した。日々の遊びの中で鍛え上げたその身体強化魔法の練度はもはや達人クラスである。彼女はその能力を持って領内3つの村でガキ大将として君臨し、「グリンウッドの山猿」の名を欲しいままにしてきたのだ!
……お分かりかも知れないがエリザの父が結婚の話を告げた時に不安そうだったのは相手に愛人がいるからとかではなく、彼女に嫁が務まるのかとか伯爵をぶん殴らないかとかそーゆー不安だったのである。
伯爵は結婚相手の下調べでその行状に気付かなかったのかと疑問に思うかも知れないが、実のところ領民の大多数はエリザの事を「男爵様の所のエリ坊」と言う男の子だと認識しており、一つ上の長男の名前がエリオットであるのも誤解に拍車をかけていた。男爵の御令嬢と言えば姉を反面教師としたお淑やかな妹のエリスであり、こちらも親しみを込めて「エリちゃん」なんて呼ばれていたもんだから調査チームが誤解したのも無理なからぬ事であろう。ついでに言えば「女装」したエリザは普通に美少女だったのでよもや中身が山猿であるとは伯爵家関係者は誰も思わなかったのである。一応令嬢教育は受けていたので結婚式などではしおらしく装っていたのでバレる事も無かった。結婚式に招待された家族一同は大人しく花嫁をやっている山猿の姿に感動の涙を流したものである……外からは普通に花嫁姿に感動していると誤解されていたが。
さて、山で獣を相手に鍛えた気配察知能力を駆使して人を避けて気付かれないように別邸を囲む塀の元までやってきたエリザ。身を潜めて警備状況を確認、死角を確認すると木の枝から跳躍してあっさりと塀を跳び越えて別邸の敷地内への侵入へと成功する。
別邸は木々に囲まれた赤い屋根と白い壁が特徴的などこか可愛らしい印象を受ける。
ここまで来たら愛人の顔でも確認しようと木に登り、屋敷の窓を一つ一つ確認していく。
2階の窓を覗くとそれなりに金を掛けられたと思われる調度品が置いてある部屋と美しいドレスに身を包んだ人物の姿があった。だが……
「……? 子供? 隠し子かしら?」
そこに居たのは10才くらいの少女だった。伯爵は27才、これくらいの子供がいたとしてもおかしくはないであろう。
ベットに座って俯いたままじっとしているだけでろくに動かないので観察していても面白くない。木を伝って隣の部屋の窓を覗く。
「……ここも子供部屋?」
居たのは8才くらいだろうか? 椅子に座って呆然としたようにじっとしている。気のせいか目が死んでいるような……
この時点で嫌な予感がしていた。
隣の部屋、12才くらいの少女。ベットにうつ伏せでピクリともしない。
その隣、10才くらいの少女。床に体育座りで膝に顔を埋めている。
その隣、たぶん5、6才くらい……泣いてる。
その隣……
「いやいやいやいやーっ!」
「ふふふ、駄目だよ我儘を言っては。ご両親はもうお金を受け取っているから君はもう僕のものなんだからね?」
服を半ば脱がされた10にもなっていなさそうな少女とスケベな笑みを浮かべた伯爵。
男の手が少女の下着にかかった瞬間。
開いていた窓からフライングクロスチョップで飛び込んだエリザによってロリコンは成敗された。
その後、普段は王都のタウンハウスで暮らしているが結婚式の為に本邸の客室に滞在していた引退した前伯爵夫妻に今回の事をチクったところ、前伯爵夫妻がブチ切れて伯爵は「病気になって」療養生活を送る事になった。領地の管理は王都で文官として働いていた次男を呼び戻していづれは家督を継がせる事になるとの事である。
どうやら愛人が居たのは把握していたが結婚を機に関係を清算するとの言葉を信じていたようだ。ましてやそれが年端のいかない少女ばかり、それも人身売買じみた方法で集めていたのは思いもよらなかったようだ。
一方でエリザの立場であるが、流石に実家に戻すのも外聞が悪いし、そもそもそんな事をしては何かがあったのがまる分かりである。とりあえず伯爵夫人としての立場そのままで保留と言う事になった、のだが……
「義姉上」
「マイケル様。どうかなさいましたか?」
「義姉上に会いにくるのに理由が必要ですか?」
……何故かやたらとその次男に気にいられ、やたらと構われるようになった。どうもあの変態が嫌いでそれを討伐したエリザの好感度がやたらと高いようだ。
数年後、病気療養していた伯爵が「病死」して正式に伯爵を継いだ次男と再婚する事となる。
新伯爵のエリザへの溺愛っぷりは社交界でも有名となるのだが、結婚しても癖が抜けず「義姉上」呼びをしてしまい、その度にエリザは困ったように笑うのだった。
>>最終的に溺愛される
白い結婚を宣言した相手に、とは一言も言ってない。
次男「義姉と義弟の禁断プレイって燃えない? 義姉上呼びは癖が抜けないのではなく癖になったのだ!」(結局変態)
エリザ「一途に愛されるのはいいんだけど……(困ったような笑い)」




