エピソード3 『ブーストアウェイクニング』
走りながら思い出していた。
この二週間弱の間にエイジがよく口にしていた、なすべき事をなせと言う言葉。
彼は口癖の様に言っていた。きっと、自分にとっての最善がエイジには見えているんだろう。
エイジが居なくなった後、僕は僕自身で自分にとっての最善の行動を選択して、なすべき事をなせるだろうか。
そんな不安を抱きながら走っていると時間なんてあっという間に感じた。気がつくと僕はもうギルドの前まで来ていた。
気持ちを切り替えて扉を開き、ギルド内へと足を踏み入れた時、僕は驚きの光景を目にする。
「どういう状況……」
ギルドが大勢の人で溢れかえっている。それもその殆どが負傷したハンター達だ。
見かけた事のあるパーティーも居るけど、人数がいつもより少ない。泣いている姿から最悪を理解する。
これはもしかして、エイジの読み通りだったのか。
「新種の魔物が各地で暴れ回っているらしいぞ」
入り口付近で困惑していた僕に話しかけてきたのは、僕がこの町で唯の一度も見かけた事のない人物。
エイジと同じく黒髪に黒目だけど、エイジとは違い光が照らされると茶色が強い様にも見える。
首には指輪の付いた金のネックレス、両手首には機械的なリストバンド。それらは見ていたら忘れ無さそうな程に特徴的だ。
間違いなく僕は会ったことのない人物。
「アナタは?」
「テツ。エイジの知り合いだ。お前だろう、エイジの言っていた見込みのあるハンターってのは。確か、名前はカイトだったか?間違ってたらすまん」
「見込みの方は分からないけど、僕がカイトだよ。それより、新種の魔物って言うのはキメラの事?」
キメラ、それを聞いたテツと名乗る彼は少しだけ驚いていた。
「話が早い、その通りだ。今回の事態を早期解決する為にエイジの力が必要不可欠だ。あのバカは今何処に居る?」
「それが……」
僕は少し前に起こった出来事をテツに話した。
バサラとの戦闘後に現れたキメラの事。その強さの前に僕とエイジが圧倒され、僕のミスでエイジが倒れたという事実。
話し思い返す度悔しさと後悔が溢れ出し、気がつけば握り込む拳から血が流れていた。
「なるほどな。一つ言うが、エイジとはそういう男だ。気にしたって意味が無いぞ」
付き合いは短いけど、そんな事は分かってる。
だけど、僕はどうしても僕を許せない。
「僕は……」
言葉を続けようとした時、何かに気がついたテツは僕をギルドの奥側へと突き飛ばす。
それからほんの二秒程の経過した後、何かが落下してきてギルドの入り口周辺が破壊された。
それから直ぐに、ギルドの外のあちこちから爆発音と破壊音が響き渡る。
「なんだなんだなんだ!?」
「きゃああああああああああぁぁぁ!!?」
「死にたくない死にたくない死にたくない!!」
キメラのせいで満身創痍に陥っていたハンター達にパニックが伝染して行く。
そのパンデミックを煽る様に、ギルド内に新たな起爆剤が瓦礫の中から姿を見せる。
「ウぎゃギャギャぎゃぎゃああァァァぁぁ!!!」
落下物はキメラだったのだ。
「いやあああああああああああぁぁぁ!!!!」
「助けてくれぇぇぇ!!?」
「いや!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!?死にたくない!?」
ギルドの出口はキメラに抑えられ、逃げ場を失った事実に複数のハンターと職員が悲鳴をあげる。
そんな中でも冷静に判断するハンターも勿論いる。
その筆頭がテツだった。
「烈翔斬!!」
彼が振るうのは先程まで持っていなかった大剣。
それは機械的な初めて見る武器で、エンチャント効果と設計された武器の性能によって僕のブースト顔負けの火力を体現しており、キメラを一撃で屠る。
けれど、キメラはその一体で終わる事無く、外から更に二体のキメラがギルドへと足を踏み入れる。
そして、その内の一体は僕達が戦ったキメラと同じ素材で作られているみたいだ。見た目が似ている。
「テツ、さん。アイツ、かなり強いよ。僕達が戦った個体に酷似してる!」
「アレか」
テツは姿勢を少し低くしてしっかりと大剣を構える。魔力を流して魔法式を展開、次の攻撃の準備を終えている。
「俺が道を開く、お前達は町を救え」
魔物がテツに襲い掛かる。
同時に二体も迫って来るも、テツは臆す事なくギリギリまで引き付けて自分にとってのベストタイミングで攻撃を放つ。
振るわれた大剣で切れたのは薄皮一枚くらいに見えるけど、攻撃による衝撃が二体のキメラをギルドの外まで吹き飛ばす。
「今の内に行け!」
今この場に置ける最善の手段、それを理解しているハンター達は一斉にギルドを飛び出す。勿論、心が折れてこの場を動けないハンターもいる。
僕もギルドから出るには出たんだけど、今自分にすべき事について迷いが生まれる。
「町を救わないと。でも、あの状態のエイジを危険な場所に放っては置けない。どうしたら……」
二通りの選択肢が僕を惑わせる。
正しい選択か否か、それなら選ぶのは簡単だ。
だけど、片方しか選べない正しい道はどうやって選べばいいのだろう。分からない。
「悩んでいるのか?」
「テツ、さん……」
「テツでいい。もう一度聞くが、悩んでいるのか?」
「それは……」
「どっかのお人よしが言っていたんじゃあないか?なすべき事をなせ、と。迷った時は自分の心に従え。答えはいつだってそこにあるもんだ」
「心に」
僕は一度落ち着く為に目を閉じて深呼吸をする。
すると辺りから聞こえてくる悲鳴と助けを求める人々の声。僕はどうしてもその声を聞いていない事には出来そうに無い。
だって、僕の憧れたエイジなら必ずこうするから。
「ごめんエイジ。少し遅くなるよ」
僕は町を救う。これが正しい選択だと信じて僕は真っ直ぐ前に進む。後戻りはしない。
「本当にタフだな」
テツの吹き飛ばしたキメラはゆっくりと起き上がり、更に合流してきた三体のキメラと共にテツの前に立ちはだかる。
「サウザーめ、この惨状も実験のつもりか。なら、コチラも試させてもらうとしよう。変身!」
テツはおそらく自身のソウルスキルを発動した。
その力は物体の質量、および形状の変化。それの開放によりテツはリストバンドサイズまで圧縮していたロボットアーマーをその身に纏う。
「変身……とは少し違うな」
まあいいと言うテツは地面に突き立てていた大剣を片手で持ち上げ肩にかける。力が桁違いだ。
この状態の継続時間は分からないけど、断言出来る。この状態のテツにはエイジと力を合わせても勝てない。
「凄い……」
「カイト、コレを持っていけ」
背後で呆気に取られる僕にテツが何かを投げ渡す。
それは唯のカードのようだったけど、僕の手元に来た瞬間にそれは光り輝き質量と形状を変えてゆく。
「コレは?」
「お前のスキルが成長したら渡す様にあのバカに頼まれていた、お前さん専用の武器『ツインブースター』。まだ意味を成さんかも知れんが、念には念を入れと言うやつだ」
僕は受け取ったその朱色のガントレットを両手に装着し、掌を開いたり閉じたりして試してみる。
凄い。こんなに機械的な見た目にも関わらず動作に支障が全くない。
手首の部分がダイアルの様になっていて、回して見ると紋様が繋がって魔法式が完成した。それも複数。
更に回すとその魔法式は全て解体されるけど、また別の魔法式が完成する。
こんな設計の武器は貴族時代でも見たことも聞いたことも無い。
なのに勿体無い事に、僕はソウルスキルの関係上でコレ等の魔法式をまともに使えない。
僕はまたその魔法式をズラし、何も完成していない状態に戻す。
「お代は高いぞ。必ずあのバカと払いに来い」
「うん、必ず!」
感謝を示す一礼をした後、今新たに起こった爆発の発生地点を目的地にして駆けて行く。
ギルド周辺は他のハンター達によって救出作業が進んでいるけど、遠くの方は人手が足りていない。
さっきの爆発した場所、僕の記憶違いでなければあそこは騎士団の本部や収容施設の辺りの筈。ギルドを襲撃してハンターの出動が遅くなったみたく、騎士団も敷地内から出られない状況に陥っている可能性がある。助けられれば大量の援軍が期待できて、流れはコッチに向く筈だ。
「見えてきた!」
敷地は大きな壁で覆われているけど、時間に余裕がない為入り口まで回ることなく、僕はその壁を殴り壊して近道で敷地内に入る。
「は?どういう事……?」
僕の入った騎士団の敷地内、そこは血の海だった。
辺りに転がる騎士の亡骸。生存者が見当たらない。
いや、正しくは二人だけいる。
一人は見知らぬ白衣の男で、もう一人は積まれた騎士の亡骸に腰を掛けている大男。
「おや?見覚えのあるガキじゃあないか。自らワシに殺されに来たのか?」
手に持った誰かの心臓を握り潰し、気持ちの気色の悪い笑みを浮かべながら男が言う。
その姿を前にして、僕は一瞬で理性が飛んだ。
「ラァバァン!!」
衝撃強化+ブースト、それを右腕と右足へ。
強烈な一撃で地面を蹴り、その力で一気にラバンまでの距離を詰めてこちらの間合いに。
これ以上何もさせないためにこの一発で決める。
「しま!?」
拳を振おうとした時、横から突っ込んできた飛行能力のある鳥型のキメラの攻撃を防げ無かった僕の攻撃はラバンへは届かず、ぶっ飛ばされて敷地を覆う外壁にぶつかる。
「ボクを忘れてない?まあボクは戦う気何て無いんだけどね〜。じゃあ、後は頼んだよラバンくん。これだけお膳立てしてあげたんだからさあ、沢山のモルモットを宜しく頼むよ〜」
そんな理解不能な事を話す白衣の男は十体程の鳥型キメラを口笛で呼び寄せ、騎士の亡骸を掴ませて持ち去ろうとしている。
「させるか!クリムゾンノヴァ!!」
僕の出せる最大火力の火魔法。なのに、最後に現れた五メートルを超える巨大な鳥型キメラに防がれてしまう。しかもコイツ、今何処から現れた?
巨大なキメラは追加で放ったクリムゾンノヴァも完全に防ぐと、白衣の男を背中に乗せて上空へと羽ばたく。
「待てよ!」
「よそ見とは随分と余裕そうではないか!」
再びキメラに向かって魔法を放とうとした所、ラバンが僕に魔力を込めた拳で殴り掛かる。
展開しようてしていた魔法を中止した僕は次に衝撃強化を発動。ラバンの攻撃してきた瞬間に合わせて攻撃を重ねて相殺した。
けれど、今ので一人逃してしまった。
「ワシはお前に興味などは無いが、お前を殺せばエイジを絶望させる事が出来るかもしれんからな。バラして首だけを頂いていくとしよう」
「出来ると思うか?」
「当然!」
殺意剥き出しのラバンは身体強化の魔法を発動。効果量は展開された魔法陣からおよそ一点五倍程度だと推測。誤差は前後零点二程だろう。
このくらいであれば今の僕でも対応出来る。
「インパクト+ブースト」
使い続けて記憶したこの魔法が今の僕のメインウェポン。それを両手に展開したこのファイトスタイルで速攻終わらせる。
最初に動いたのは僕だ。ラバンは基本的に力任せの大振りが殆どで見切りやすく、誘い出したその一撃を避けて腹部に強打。掴みもかわして更に一撃見舞う。
「かなり成長しているな。けれども、それでもワシには遠く及ばんよ!」
僕の攻撃を受けて尚も平然としていたラバンは更に身体強化魔法を使う。今度も効果の値は同じだけど、一点五に一点五が加わり、今の効果値は二倍だ。
またも発動、効果値二点五倍。更に発動、効果の値三倍。追加で三点五倍、四倍、四点五倍、五倍。
ありえない。これだけの効果を人間の肉体で耐えられる筈が無い、文字通りの化け物か。
「ッ!?」
五倍強化が終わった次の瞬間、ラバンは僕の腹部に強烈な一発を見舞った。
「ゲホ!ゴホ!」
速過ぎて避けられなかった。
僕は今の攻撃のダメージで膝から崩れそうになったけど、ラバンが僕の髪を掴んで倒れないようにする。
「はな……せ」
火球を放ち僅かながらの抵抗。五倍強化されたラバンの肉体強度の前には意味を成していない。
かといって、ここでクリムゾンノヴァを使えば僕も巻き込まれてしまうから使えない。頼れるのは衝撃強化の魔法だけ。
「メテオッ」
魔法式を構築、魔法陣展開。ソウルスキルの強制発動で威力倍増、準備完了。
僕は魔法式を使わずに魔力を属性変化させて放出。髪の毛から手を離して一歩下がったラバンへ、僕は炎の中から二歩踏み出して回避不可能な距離で撃つ。
「インパクトォォ!!」
これで勝てる筈。
そう思っていた僕は実に愚かだった。
「軽いな!」
あのキメラすら倒せた一撃だったのに、ラバンにはそれがまるで効いていない。
そんな事ある訳が無い。だってラバンは防御魔法すら使っていなかったんだ、強化されたとは言え単純な肉体強度だけで耐えれる程軽くは無い。
だとしたら何故耐えれる。
「アンタ、本当に人間かよ……」
「ワシとて少し疑問な所だな。……そうだな、気分が良いので死に行くお前には話してやろう」
素早いカウンターを腹部に貰い、よろける僕の背中にラバンは両腕を振り下ろす。地面に叩きつけられた僕の背中を踏み付け、ラバンは高らかに自慢話を始める。
「今この町で起きている騒動、その主犯は我々だ。全てはセブンスに至る為の実験なんだよ!」
「うッ……!?」
あのキメラがあそこまで従順に従っていたんだ、予想はしていた。そして逃したあの白衣を着た男、アイツがキメラを作った張本人だろう。
だとするなら、僕はまた大失態を犯してしまった。
「それにしても、セブンスだって?子供染みた理想の為にこれだけの犠牲を出したって言うのか?ふざけるなよ!お前もあの男も、僕は絶対に許さない!!」
成長可能なソウルスキルにはレベルが存在する。
ソウルスキルの成長はその効果を増すだけに止まらず、自身が秘める潜在能力をも開花させる。
世界最強のハンターの到達レベルは六と聞く。
ラバンの言ったセブンスとは、そのソウルスキルにおける現代の人類では未到達の最高地点と呼ばれる領域、そこに踏み込んだ超越者を指す言葉。
つまり、御伽話だ。
「話は最後まで聞けよ若造!」
「ぐっ!?」
踏みつける力が増して僕は一瞬意識が遠退く。
危なかったけど歯を食いし張りギリギリで堪える。
「ワシの肉体には魔物の臓器を移植していてな、特殊な薬を投与する事で魔物の魔力活性状態、バサラ化の力を宿す事が出来るのだよ!魔法耐性は得られなかったが、身体機能は人間を超越している!」
「つまり、化け物って訳ね……はは」
運良く首謀者に出会したっていうのに、僕ではコイツに勝てる気がしない。エイジかテツが居れば。
「なんて!後ろ向きな考えしてるから何時までも追いつけないんだろうが馬鹿!!」
「急に何言ってる?」
「お前は僕が倒すって事だよ!!」
インパクト+ブースト。それを両腕両足に付与し、地面を全力で殴り砕く。
思惑通りに僕は拘束から逃れ、左足で背後からラバンの膝を蹴って体勢を崩し、残る右足の強化分の一撃を回し蹴りで顔面に入れて地面に叩きつける。
ここで再び右手にインパクト+ブースト。倒れるラバンの腹部に渾身の一撃を繰り出す。
今度は左で、と魔法を展開しようとした時、ラバンの右拳の一撃をもらってしまい攻撃中断。そこに追撃の両足蹴りで突き飛ばされた。
「どうせ勝ち目なんて無いんだ、もうそろそろ死に晒せぇ!!」
受け身で即座に臨戦体勢に入るも、反応出来ない速度から繰り出されるラリアットをもらい、外壁を突き破って市街地に身が乗り出した所、追尾してきたラバンの攻撃によって地面に打ち付けられる。
倒れる僕を踏みつけにしようとするけど、横に転がってかわし距離を置く。が、それに対応してきたラバンの追撃を受けて僕の体は大きくぶっ飛んで住宅の壁を壊してしまう。
更なる追撃はしゃがんで避けて衝撃強化のアッパーをクリーンヒットさせる。
「効かないなぁ!」
怯みもしないラバンは僕の顔面を掴んでそのまま壁に力一杯に押し付け、その状態のまま走り出して僕を引き摺り回し、次の建物の外壁目掛けて投げ捨てる。
そこへドロップキックを放って僕の命を確実に削り取って行く。
全身が痛い。骨も幾つか折れてる。出血も酷い。
意識も薄れ視界が霞む。魔力も残り僅か。
それでも、背後の壁を背もたれにして立ち上がる。
悲鳴が聞こえる。助けを求める声が聞こえる。
コイツを倒しても終わりじゃあない。だから、こんな所で倒れる訳にはいかない。
僕は勝つんだ。
そう覚悟する僕に、この町のハンター達に、現実は更に過酷な追い討ちを仕掛ける。
「ギャアアアアア!!」
「ギャギャギャアア!!」
「グギャァァァ!!」
町の入り口が魔物に壊された。
外には既に数えきれない魔物が集まっており、そいつらが町の中へと一気に雪崩れ込む。
「ウソ……こんなの、どうすれば……」
絶望を前にして考えが纏まらない。
どうすればいい。どうすればこれ以上被害を出さずに済むのだろうか。
「クリムゾッがはッッ!?」
まだ玉になっている今なら数を一気に減らせるかもしれないと思い、僕はそこへ最大火力の魔法を発動しようとした。なのに、ラバンの強打が僕の邪魔をする。
「邪魔を……」
「するさ!するに決まっているだろう!」
「ッ!ぐっ!ッッ!!」
ラバンは無抵抗の僕を右拳で殴り、左拳で殴る。
それでも踏み止まり倒れない僕をラバンはひたすらに殴り続ける。
これ以上は本当に時間が無いのに、コイツの攻撃から抜け出せない。
「止まりなさい!!」
魔物大群の前に立ちはだかったのは一人の少女。
淡い青色の髪を風に靡かせ、浮いた魔導書の頁をめくり、開いた頁に記された魔法陣を展開する。
二十センチ程の杖を降ると魔法が発動し、魔物の軍勢を氷柱が襲撃する。
彼女は繰り返し魔法で攻撃する。けれど、数が多すぎて一人で抑えるには無理がある。
案の定、取りこぼす魔物の数は増えて行き、魔物の持つ剣が彼女に迫る。
「やめろおおおおおおおおぉぉぉ!!!」
僕は自爆紛いの攻撃魔法を使ってラバンから逃れ、魔物に襲われる彼女の元へと駆け出す。
これ以上命が失われるなんてあってはいけない。
そう思っているのに、そう理解しているのに、僕の距離では助けられない。攻撃魔法も間に合わない。
「ちくしょおおおおおおおおおぉぉ!!!」
手を伸ばしても到底届かない距離の先で、一人魔物の軍勢に立ち向かった少女に刃が振り下ろされた。
「ソウルスキル、エクスチェンジ」
次の瞬間、少女に一番近かった魔物は姿を消し、見覚えのある一人の少年の姿が。
「雷華、華龍」
刹那に放つ一閃。龍の形を成した雷が町へ侵入してきた魔物達を食い荒らして行く。
手に持っていた錆びついた剣は今放った華龍に耐えられずに砕け散り、彼はそれを軽く投げる。
すると、その朽ちて持ち手だけになっていた剣は彼のエクスチェンジの効果で誰かの落とした剣と入れ替わり、再び華龍を放つ。
嗚呼、彼はやっぱり凄いや……。
「エイジ」
腰を抜かして座っている少女の目線まで膝をついて合わせ、いつもの笑顔で彼女に安心を与える。
「大丈夫だった?君の頑張りで僕は間に合えた、ありがとう。少し休んでて」
悔しい。さっきまでは追いつくつもりで居たのに、また一歩置いて行かれた気がするから。
「来たか!ならば、お前の相手はもう終わりだな」
「そんなつれない事言わないでよ。僕は、君に勝たないといけない理由が増えたんだからさ」
けれど、やはり嬉しいという思いが勝る。
君はいつだって僕の進みたい道を示してくれる。君が先に行くから、僕は追いつきたくてどれだけでも頑張ることが出来る。
僕は、君と並び立ちたいから。
「終わらせよう、ラバン」
残りの魔力はかなり少ないからもう魔法の無駄使いは出来ない。だけど、それで十分だ。勝ち筋ならもう見えているから。
「ラバン、アンタは支部長になる前は名の通ったハンターだったと聞いたことがあるよ」
「そうだ。それがどうたと言うのだね?」
「いや別に。確認と時間稼ぎだよ!」
四、三、二、一、今だ!
インパクト+ブーストで一気に攻撃の間合いまで距離を詰める。
「もっと魔法の勉強をしとくべきだったね!」
今まで使ってこなかった攻撃魔法の魔法式を展開。
攻撃までの時間が長くなれば長くなるほどブーストによって強化され、僕への負荷が酷いものになるから使えなかった切り札。
今までは魔力を込めてただ殴るだけだった。そこへ攻撃魔法の魔法式を与えてブーストで強化。
おまけに火魔法を上乗せ。
打撃系統魔法+衝撃強化+火魔法+ブースト。
「クリムゾンスマッシュ!」
腹部への強打と同時に火花が散る。
「ゴフッッッッ!?な、何故ダメージが?!」
理解の追いついていないラバンへもう一撃。
「ガハッ!?……まさか!?」
何故効いているのか、その理解が遅れた時点でラバンに勝機は無くなった。
ラバンは名の通ったハンターだった。だけど、僕は一度もラバンが攻撃魔法を使ったと聞いた事が無かったんだ。たぶん、ラバンは僕と同じで保有魔力が少ないんだ。
だからだろう。ラバンが使った強化魔法、あれは随時魔力を消費して維持するタイプの強化魔法では無く、発動時の消費魔力で効果適用時間が決まるタイプの強化魔法だった。
僕はエイジの授業を受けていたから、ラバンの展開させた魔法陣からタイムリミットを知る事が出来た。
だけど、ラバンはそのタイムリミットについて知らなかった。
勝負の決めてとなったのは魔法の知識差だ。
段階的に発動した魔法は一つづつ解除されて、ラバンに通るダメージは増える。
再発動する隙は与えない。
三倍強化に一撃、二点五倍に一撃、二倍に一撃、一点五倍に一撃。
「やめ!やめてくれ!ワシはセブンスにッ!」
「わるいね、諦めろ!クリムゾンスマァァァァァァーーーーッシュ!!!」
強化効果は完全解除。そこへ今の僕が出せる最大火力の大技を残る魔力の全てを乗せてぶつける。
拳の直撃を知らせる衝撃が周囲の建物の窓を割り、崩れかけの建物を倒壊させる。燃やし尽くす勢いの炎が標的に纏わりつき、振り抜く拳はそれを火球の様に前方へとぶっ放す。
「がああああああああああッッッッがはッ!!?」
町を覆う頑丈な外壁へとラバンは激突し、上半身が埋まった状態で伸びている。
「僕の……勝ちだ」
もう魔力が残っていない。本当にギリギリだったけど、これで僕も一歩前進出来たかな……。
「あ」
力が抜けて膝から崩れ、僕は両手を地面に着く。
「まだ、倒れちゃダメだ……」
戦うのが難しくても避難誘導くらいなら出来る。今は無理してでも動くべき時だから。
僕は歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がる。
「あーあ、ここが潮時か。ま、最後までボクのモルモットとしてデータを提供してよね、ラバンくん」
刹那感じた遠くからの魔力干渉、対象は戦闘不能状態のラバン。
「おいおいおい、冗談でしょ!?」
意識が無いはずのラバンは外壁から抜け出し、その肉体を変異させ始めた。
「タ、スケ、テ……」
肉体の変異による痛みが意識を取り戻させたラバンは、その苦しみから涙を流しながら助けを懇願する。
自我があったのもそれが最後。変異を終えて周囲に瘴気を垂れ流しながら咆哮する姿はもう、人間とは似ても似つかない魔物そのものだ。
最悪な事に、ラバンの瘴気に当てられたキメラを含む魔物達が一斉に凶暴化し始める。
「雷華、華龍!今だ、頼んだ!」
「任せてください!」
エイジの攻撃で入り口付近の魔物を一時的に蹴散らすと、少女が氷魔法で分厚い氷壁を作り出して入り口を塞いでしまう。
「雷華!」
エクスチェンジで武器を交換したエイジは即座に刃にエンチャントを施し、ラバンの方へと走り出す。
僕が戦える状況じゃないと判断したからの行動、この場に置ける最善策。だけど、それを予知していたかの様に都合よくエイジの前に別の強個体のキメラが割って入る。しかも、防御力重視のその個体はエイジの振るった剣では傷すら付けられず、脆い剣の方が砕け散ってしまう。
勝敗だけで言えば間違いなくエイジが勝つ。ただ、援軍は望めなくなってしまった。
一つ幸いな事に、現時点に置いてではあるが、ラバンの狙う的は僕に限られているみたいで、近寄ってきたエイジにすら見向きもしなかった。
「一か八か……」
僕はラバンに背を向けて走る。
半分倒壊している建物の屋外に潜り込むと、ラバンも追いかけてきて建物内のあっちこっちを破壊しながら僕を探し回る。
隙を見て壊れた壁部分から屋外へと抜け出し、次の建物へと移り渡る。それに気づいてラバンは瓦礫を投げて妨害してきて、怪物の様な巨体を使い壁なんかを無視して破壊しながら飛び移ってきた。
「金は後で払います!」
ラバンの巨体が迫るなか、僕は逃げ込んだ建物に売ってあった商品を手に取り、中身を一気に飲み干す。
その商品とは、最上級品の魔力ポーションだ。
「間に合った!クリムゾンスマッシュ!!」
右手に溜め込んだ魔力を一気に解放して無防備なラバンを飛んできた建物まで殴り返す。
流石は高級品、回復の即効性が安物とは別格だ。泣ける程に高い品物だけど……。
「命には変えられないからな……はぁ」
僕は腹を括り、体力を回復させるポーションにも手を伸ばす。
ただその覚悟も虚しく、ラバンが投げてきた瓦礫が商品棚の生きていたポーションを破壊した。
「ちょ!?」
次々に破壊活動を繰り返し、次々にポーションが失われてゆく。一撃弾いて何とか守り抜いたのは安物の回復ポーション一本だけだったけど、それを有り難く飲み干し、照準を合わせて魔法を連射する。
火球程度であればと避けもしないラバンは直進して僕をタックルでぶっ飛ばす。
壁にぶち当たり止まった所を、必殺の右ストレートで捉え壁を打ち抜きながら僕を斜め下方の地面へ。
衝撃強化で角度をつけて地面へ向けた空撃ちの風圧でダメージを緩和しながら着地。追撃を宙返りでかわし、顔面を踏み台に使って衝撃強化の力で距離を離す。
甘かったと言えば距離だろうか、離した距離は強化されたラバンにすれば一瞬で詰められる距離で、僕は着地先でラバンの腕に捕まれてしまい空中へ投げ飛ばされる。その落下先で構えるラバンの渾身の一撃に対して、僕は争うことが出来ずに直撃をもらってしまったんだ。
「カイト!?ッ退きやがれぇ!!」
怒れるエイジは立ちはだかっていたキメラを殴り殺し、大ダメージで倒れる僕へトドメを刺しに迫り来るラバンへ立ち向かう。
けれどもそれは上手くいかない。
大きな鳥型のキメラがエイジの前に姿を表して道を塞ぎ、その口を開いて魔力玉を吐き出す。
殴りで魔力玉を相殺するも、続けて放っていた二発目の直撃をもらってしまう。
「やっほ〜。エイジくん、久しぶり〜」
「やっぱりお前かサウザァァァ!!」
「うるさいうるさい、叫ばなくても聞こえてるよ」
乗っていた巨大なキメラから別のキメラに乗り移った白衣の男、もといサウザーはズレた丸レンズのサングラスを掛け直し、ニヤリと笑いながら指を鳴らす。
するとラバンは再び苦しみだし、またもや姿を変異させ始める。今度は更に大きくなり、撒き散らす瘴気もより濃いものになり周辺のキメラ達を次々に強化させてしまう。
「不甲斐ないラバンくんの失態をボクがフォローしてあげてるとこなんだからさぁ、邪魔しないでくれないかな?」
「断る!エクスチェンジ」
「ああ、それ禁止ね〜」
禁止、その言葉がトリガーとなり、エイジの発動させたエクスチェンジは無効となる。
再発動を試みるも、それは全く発動しない。
「どう?凄いでしょう、ボクのソウルスキル。プロヒビットって言うんだけど、条件を満たせばあらゆる魔法式を無効化できちゃうんだよ〜」
ならばと近場で拾い上げた剣を使って次の攻撃を試みる。
「一重裂き、八重裂き、乱れ裂き、狂い裂き、華翔斬舞、華龍、これらも禁止ね」
が、エンチャントした攻撃の魔法式は無効化。他を試してもその全てが効果を一切発揮しない。
「そこで大人しく見てよっか、ラバンくんが頑張ってカイトくんを殺す所をね」
「ガアアアアアアアアアアアア!!!!」
変異を終えてラバンが動き出す。
僕も起き上がるけど、新形態のラバンはボロボロだとか関係も容赦も無く一撃を見舞う。
攻撃を受けた僕が倒れないよう左右交互に殴る蹴るを繰り返し、対応出来ていない僕の命をゴリゴリと削いで行く。
強化魔法を使っていないのに、今のラバンは五倍時よりも強い。
悲鳴が聞こえるのに、助けを求める声が聞こえるのに、僕がコイツを倒せないから被害が広がる。
コイツを倒さないとキメラの暴走は終わらない。コイツを倒して瘴気を断たないと、キメラの強化を解除しないといけないのに、僕は何をしている。
勝たないといけないんだ。その為のブーストなんだ。
僕の目指す道は先が見えないくらいに長い。だから、こんな所で足踏みしている暇なんてない。
僕はエイジに貰った魔法式ではなく、暴走して扱えない魔法式を発動させる。
超高火力の一撃をもろに受け、流石のラバンも大ダメージで奇声をあげる。
勿論、近場の僕も巻き込まれて身体中大火傷だ。
また一歩死に近づいた。
なのに何故だろう?何故だか力が湧いてくる。
今なら何でも出来そうと思える高揚感、力を掌握したと感じる超越感。
これは、魂の昇格!
「ラバン、終わらせよう」
僕は左ガントレットの手首にあるエンチャントダイアルを回して魔法式を完成させる。
攻撃力強化、魔法攻撃力強化、属性魔法強化、衝撃強化、多重撃+三倍ブースト。
右ガントレットのエンチャントダイアルも回して攻撃魔法式を五種類完成させて、その内の一つに魔力を流して魔法式を展開、魔法を行使する。
「クリムゾンスマッシュ」
腹部を捉えた火炎を纏う拳。その強化された強烈な衝撃は一撃で三度もその身を襲い、強固なラバンの身を持ってなお吐血するに至る。
右ダイアルを更に回し、攻撃魔法式を近接から遠距離に変更。攻撃魔法クリムゾンジャベリンに五倍ブーストを適用し、仰け反るラバンへ連射する。
クリムゾンジャベリンには五倍ブーストだけでなく、左側の魔法攻撃力強化と属性魔法強化と衝撃強化も上乗せされており、今までとは違って一発一発が確実にダメージを与える。
ラバンは自身に強化魔法を最大まで付与し、クリムゾンジャベリンから逃れ、地面をくり抜いて大岩を投げつける。
それに僕が対応している内にラバンはありったけの魔力を右拳に集約させ、僕の息の根を止める為に最後の攻撃に打って出た。
「魔法攻撃力強化+属性魔法強化+クリムゾンショット+五倍ブースト」
迫り来る邪魔な大岩を五倍ブーストを用いたクリムゾンショットで粉砕する。即座に右手首のダイアルを一つ手前の近接戦闘用の組み合わせに戻し、最後の大技を展開させてラバンを迎え打つ準備を行う。
「攻撃強化+五倍ブースト。魔法攻撃力強化+三倍ブースト。属性魔法強化+三倍ブースト。衝撃強化+五倍ブースト。多重撃+十倍ブースト。攻撃魔法式展開!」
これが正真正銘、最後の一撃。
僕のありったけを乗せた拳を強く握りしめる。
僕の目の前、めり込ませる勢いで地面を力強く踏み込んだラバンがトドメの一撃を放つ。
振るわれたその拳に合わせ、僕もトドメの一撃を。
「クリムゾンヘルフィストォォォ!!!!」
互いの最後の一撃がぶつかり競り合う。
強化と強化、互いに一歩も譲らない一撃の衝撃が突風を起こし、砂埃を巻き上げながら周囲の瓦礫も瘴気すらも、巻き込む全てを吹き飛ばす。
押し負け無いよう力を込める度、踏み込む力がまして地面に亀裂が入る。
「グガアアアアアアアアアア!!!」
「負けてたまるかああああああ!!!」
拮抗する互いの全力。
何時迄も続きそうに見えたその均衡を崩したのは一発の衝撃音だった。
そう、それは僕の発動させていた多重撃による追加の物理衝撃だ。
ズドンッと上乗せされた衝撃、それも衝撃強化によって強烈な一発。不意を撃たれラバンの力が緩み、僕は更に力強く一歩を踏み込む。
諦めずに力を込め競り合うラバンにズドンッと更なる衝撃が走る。
ズドンッ!ズドンッ!ズドンッ!
三回の追加衝撃で完全に流れは僕が掴む。
六回目の衝撃の後、完全に弾かれたラバンの胴体を僕の強化された拳が捉える。
「これで最後だあああああああ!!!」
力一杯に振り抜く拳。
追加四回の衝撃を残したラバンは直線上に居たエイジと戦うキメラにぶつかり、そのキメラを巻き込みながら残る最後の衝撃が身体中を駆け巡る。
「これが覚醒したカイトの力……スゲェ」
許容限界を超えた衝撃は、ラバンとキメラの肉体を最後の一発と同時に弾き飛ばした。
「嘘でしょ、ラバンくん。これだけお膳立てしてあげたのに負けちゃったの?ほんっと、つっかえな〜」
サウザーは萎えた様にほざく。
「あ〜あ、もういいや。瘴気も無くなっちゃったし、これ以上手駒を失うのも無駄だしね。はい、撤収徹底〜」
サウザーが両手を二度叩くと、町にいたキメラ達はその動きを止め、突如として現れた次元の裂け目を潜り抜けて次々にその姿を消して行く。
「待て!お前は絶対に逃がさない!」
ダイアルを回し、僕がサウザーに魔法を放とうとした時、サウザーは僕を指差して言う。
「はいはい、それ禁止ね〜」
瞬間、僕の発動した魔法が不発した。
けれど、背後より放つエイジの華翔斬舞がサウザーの乗っていたキメラを斬り殺す。
「条件は分からないが、どうやらプロヒビットの効果対象は一人に限る様だな」
「もうバレちゃったか〜、流石はエイジくん」
両断されたキメラの死骸と共に地上に落下してきたサウザーは特に焦る様子無く、余裕そうに舞った埃が付着した白衣とズボンを叩いている。
そんな彼を僕達二人で挟み、いつでも攻撃を仕掛けられるよう臨戦態勢に入る。
「あれ?もしかしてだけど、このままボクに勝てるとか勘違いしちゃってる?」
両手を広げ、高笑いをするサウザー。
「無理に、決まってるよねぇ」
低い声で言う。
二人同時に最初の一歩を踏み出す。が、その一歩で僕達は足を止めた。
僕もエイジも悟ってしまったんだ。ここより先、たった一方であろうとも進めば……死ぬ。
背筋が凍る。息をする事すら忘れる恐怖。
コイツはいったい何者なんだ。
「うん、啓明な判断だよ」
サウザーが今新たに現れた次元の裂け目に一歩を踏み出し、振り返ってサングラスの位置調整をクイっと行いながら言う。
「エイジくん、ボク達を止めたければ君も進みなよ。頂への道、セブンスロードをね」
その言葉を最後に、サウザーは閉じられた次元の裂け目に姿を消した。
やっと酸素を取り込んだ僕たち二人はその場に倒れるように座り込む。生きた心地がしない。
「……悔しいな」
ボソっとエイジが溢す。もしかすると独り言だったのかもしれないけど、僕も同じだったから言葉を返す。
「エイジ、僕は強くなりたい。全部を救えるくらいに、こんな中途半端な勝利にならないくらいに!」
「だな。俺も同じ気持ちだよ」
そう言って立ち上がったエイジ。彼は近くまで歩み寄り、僕に手を伸ばして言う。
「なら、進むしかないな」
僕はその手を取り、引っ張ってもらいながら立つ。
僕等は進む、超越者への道を。
頂を目指して、セブンスロードを。