エピソード1 『駆け出しと何でも屋』
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こちらの作品は全5話での完結を予定しています。
人生は実につまらない。
貴族の家系に生まれながら、潜在魔力が人並み以下しか持たなかった僕は、十二歳の誕生日に死んだ事にされ捨てられた。
そこから僕は四年の間誰にも頼らずに一人で生きてきた。地獄だった。
頑張ったよ。一生懸命に地獄の中でもがいてきた。
ハンターになって魔物を倒してお金を稼ぎ、ギリギリの生活を続けてきた僕の結末がこれか。
ギルドに騙され、意図的に実際より低い難度に設定したクエストを受注させられた結果、魔物に敗れた僕はあと死を待つのみだ。
魔力は枯渇。武器も無い。逃げ道も無い。道具も無い。手段も無い。運だって無い。
「なんだよ……僕がいったい何をやったって言うんだよ!!…………なんで、死なないといけないんだよ」
死ぬ間際だからだろう。初めて溢した弱音に涙が溢れて止まらなくなる。
嗚呼、やはり人生とは実につまらない。
絶望した僕を取り囲むコボルトの群れ。
群れを統率しているのは特殊な個体、バサラ個体と呼ばれる凶暴な種だ。僕はきっと残酷に殺される。
諦めている僕にコボルト達は錆び付く剣を構え、ヨダレを垂れ流しながら襲い掛かってくる。
ここか。ここが僕の終着点なのか。
「嫌だ……死にたくない……誰か、助けて」
「受諾した!」
声が聞こえた。
目を閉じて俯いていた僕はその声につられて目を開いて顔を上げた。そこには見た事の無い剣を使い、コボルトバサラを背後からの一撃で斬り伏せた同い年くらいの少年の姿が。
魔法だろうか、少年の周りを雷がバチバチと弾けている。
「え?あれ!?」
バサラは倒された。でも他の個体に斬られそうになっていた筈だったのに、何で僕は助かった?
入れ替わったからだ。群れで一番外側にいたコボルトと僕のいた場所が入れ替わっているんだ。
さっきまで僕のいた場所には仲間に斬られたコボルトの姿。入れ替わっていなければ今頃は僕が。
「数が多いな。なら、コレかな?」
僕を助けた彼は右手に持つ剣を左手の指で下から上に触れ、その部分に術式が浮かび上がってきた。
その剣を振るうと直線上に龍の形を模した稲妻が駆け巡り、群がるコボルトを食い漁るように殲滅してししまう。
「凄い……」
「以上が調査結果になります。もう言い逃れは出来ないですよ」
コボルトから僕を助けた彼が向かった場所は僕がクエストを受けたギルドだった。勿論僕も同伴だ。
どうやら彼は仕事でこのギルドの不正を調べていた様で、彼の並べた資料からかなり悪どいことをしていた事がよく分かる。
「おや、デタラメばかりではないかね?この様な事実は存在せんよ」
目の前にいる筋肉質の大男、ラバン支部長はあくまでもしらをきるようだ。
この人は二十五歳から七年間も支部長を務める人物。彼の話が本当なら、被害者はいったいどれだけいるのか想像も出来ない。
「横領目的によるランクの下方修正、訂正ランク外の指名依頼の斡旋。クエストランクの不当修正は重罪だぞ、アンタのやってきた事でどれだけの犠牲者が出たと思ってる?」
「ですから、全てデタラメだと申した筈です」
支部長が答えると彼は更なる書類をダンと力強く支部長の机に置いた。それを見て支部長の表情が少し曇った様に見える。
「今この支部で扱うクエスト全てを本部の依頼で、本来の査定方法で調査した結果だ。四割以上のクエストが適正難易度では無いとでている」
「時が経って」
「最新のクエストは昨日出されたものだ。発注から一日で二ランク上昇とは、この辺りはかなり魔物の成長が随分と早いんだな。それはそれで本部に伝えて大規模な調査が必要だと思うが、何故そうしない?出来ないんだろう?本部職員に長期滞在されると困るもんな」
「し、資格の無い者の調査結果などに信憑性などあるものかね!そんなものを信用して調査員を派遣できる程本部は暇では無い!……しかしだ、今回は彼にたまたま迷惑をかけたようなので、その分は報酬を上乗せしようじゃないか。き、君にも報酬を出そう」
「は?いらねーよ」
キレた彼の魔力が少し漏れ出して周囲にバチバチと電流が走る。彼は潜在的に魔力量が多く、感情の昂りで不意に溢れてしまうみたいだ。
その魔力量の迫力と威圧力は凄まじく、支部長の額に冷や汗が滲んでいる様に見える。
「一つ言っとくけど、アンタもう詰んでんだよ」
支部長を前に彼は追加の書類を提示して見せる。それとあれは、帳簿?
「証拠の裏帳簿。それとこっちはアンタが裏組織としていた取り引きの履歴。それと、アンタが今までに口封じで消してきた人物のリスト。その他、アンタの余罪についての証拠資料だよ。それとだ、アンタ、サウザーって名前の科学者と通じてるだろ?」
誰の事か分からないけど、そのサウザーの名を口にした時のエイジの声色からかなり因縁のある人物なのだろうと思わせる。
それに、サウザーの名前を聞いたラバン支部長は露骨に態度を変え、空気が一気にヒリつく。
「ハァ……実に面倒だな」
これは、殺意。
「まあいい。息の良い奴隷は金になるから、なッ!」
強行手段に打って出たラバン支部長は机をこちらに蹴り飛ばす。
「ぶつかる!?」
不意に目を瞑ったから何が起きたか見えなかったけど、何故か机は僕達にはぶつからなかった。
「え?え!?」
「君、危ないから少し下がってて。あ、でも下がり過ぎないでね。扉の向こうに伏兵が隠れてるからさ」
そう優しく説明する彼に、ラバン支部長が壁に立て掛けてあった大剣を手に取って切り掛かる。
それなのに、見えてないその攻撃を彼はヒラリとかわし、僕にも当たらない様に大剣を横から強打して攻撃の軌道をズラす。
すかさずガラ空きの胴を目掛けて魔力を込めた拳を振るうが、その一撃はラバン支部長には効いていないようだった。
「マジ?」
驚く彼にラバン支部長は彼と同じく魔力を込めた拳を振るうが、威力が全然同じじゃ無い。彼は一撃で部屋の隅までぶっ飛んで行き、ぶつかった衝撃で血を吐き崩れた壁と一緒に床へ落ちる。
何て彼の心配ばかりもしていられなかった。だって、彼が倒れたなら次の標的は僕じゃないか。
何か、何か反撃をしないと。と考えている時には既にラバン支部長の拳は僕の目の前に。
「あれ?まただ」
不思議な事がまた起きた。
「今度は防いだぞ!」
僕の見ていた景色が一瞬で変わり、またも無傷。
また立ち位置が変わっている。今度は僕と彼の場所が変わっていて、ラバン支部長の一撃を彼が防いでいた。
「便利なソウルスキルだな。だが、場所の入れ替えならお前とワシの場所を入れ替えれば良かっただろうに。負けず嫌いが過ぎるのでは無いか!」
次の一撃。彼はそれを払う。
「負けず嫌いなのは否定しないけど、こっちのが最速勝利の道なんでね!!」
「あれは!?」
彼が狙うラバン支部の腹部には、魔力で記された刻印。さっきの一撃の狙いはコレだったのか!?
「やめッッッッッッッ!?」
「る訳ねぇだろ!!」
彼の拳が刻印の上から腹部に命中。
爆発的に跳ね上がった衝撃が紫電と共にラバン支部長を襲い、漏れ出た双方がこの支部長室内を暴れる様に破壊してゆく。
「究極の一発、完全勝利。だな」
流石のラバン支部長も今の一撃を前に膝から崩れる。意識はあるけど、これはどう足掻いても勝負ありだろう。
「以上が事の顛末です。これ資料」
事を済ませた後、僕は彼に連れられて飲食店に来ていた。
そこで彼は砂糖たっぷりで甘々の珈琲を飲みながら、今回の調査を依頼したギルド本部の職員へと調査報告をしている。
「素晴らしい、期待以上の結果です!後はこちらで全て引き受けますので。今回の依頼料になります。が、過度に破壊された建物の修繕費用として三割は減額させて頂きます」
「スゥ…………はい」
「それでは、私はこの辺りで失礼します」
「あ、ちょっと待って!」
立ち上がった職員さんを止めた彼は少しだけ声色を変えてお願いを口にする。
「サウザーとグリム。この二人の情報が入れば必ず教えて頂きたい。二人は俺が必ず……」
またサウザー。一体全体、その人物は誰なのだろうか。聞いて良いものか分からず、僕は黙り込む。
「ラバンの聴取で得た情報は必ずお伝えします」
忙しそうな職員さんは一礼するとお店を後にした。
「…………」
「付き合わせちゃってわるい。少し君に興味があってね、話を出来ないかと思ってさ。その詫びって訳じゃないけど、好きなもんジャンジャン頼んでよ」
そう言う彼は今受け取った報酬袋を振りながらにっこりと笑い、メニュー表を手渡してくれる。
「あ、ありがとう。じゃあ……コレとコレを」
「了解。俺はコレだな」
二人が料理を決めると彼は慣れた様に注文を店員さんに頼む。僕は外食しない訳じゃないけど、この店は初めての雰囲気で少し落ち着かない。
メニューにある商品も見たことも聞いたこともない物ばかりで、ワクワクもあるけど少し怖くもある。
「あ!今更だけど名前聞いて無かったや。俺、エイジ!気軽にエイジって呼び捨てにしてよ。何でも屋やってるから、困った事は何でも任せてくれ」
「僕はカイト。今更だけど、助けてくれてありがとう。君のお陰で命拾いしたよ」
やっと言えた。
チャンスはあったのに礼が遅れるなんて人として恥ずかしい。きっと、恵まれた彼に対して僕が劣等感を抱いたのが原因だ。彼は僕とは正反対、本当に羨ましい。
「暗い顔なんかしちゃって、どったの?」
「いや、何でも無いんだ。本当に、何でも……」
「そう?」
僕にも彼くらいの魔力があれば、きっと今とは違った人生を過ごせたんだろうな。
「それにしても、君は凄いよな」
「え?」
彼は何を言って?
僕に凄い所なんて、他人より秀でた部分なんて何一つ有りはしないのに。
「俺が現場に着いた時、正直言ってかなり驚いたよ。だって辺りがクレーターだらけだったし。もしかしたら助力なんて必要無いんじゃないかなって思ったよ」
そういう事か。
僕が魔物を倒すハンターになって直ぐの頃にもよく同じ勘違いをされていた。
「威力だけだよ」
本来なら隠すべき事だけど、僕はエイジに全てを話す事にした。
この世界には魔法がある。スキルもある。
スキルはダンジョンでスキルが記されたスクロールを入手したり、教会で神様の祝福で得たり出来るんだけど、スキルは会得時点から成長はしない。
でも、一部例外がある。それがソウルスキル。
ソウルスキルは魂に刻まれた力。誰もが生まれ持つスキルであり、唯一成長するスキル。
僕のソウルスキルはブースト。発動した魔法の威力を増幅させる能力だ。これによって、僕の少ない魔力で使う魔法も地形を変えるほどの威力を出せる。
でもダメだ。このスキルは全く制御出来ない。
剣術がダメな僕に残された唯一残る頼みの綱。だけど、制御が出来ないからパーティを組めない。巻き込んでしまう可能性が高いから。
「魔力が少なくて連発も難しい。僕はデメリットだらけで、少しも凄くない……」
「能力のデメリットには察しがついてたよ。でもね、俺はそれらを含めて凄いって言ったんだ」
「え?」
「必要なのは工夫。その一工夫は君を格段に強くする。間違いない、断言する」
そう話す彼に嘘は感じられない。彼は、エイジは本気でそう思ってくれている。
何故だろう。悲しいわけじゃないのに涙が流れた。
多分、嬉しいからだ。僕は今、生まれて初めて誰かに向き合ってもらい肯定された気がしたんだ。
だから、嬉しくて涙が流れてしまう。
「よかったら協力するよ」
優しい顔で彼は僕に手を差し出してくれた。
少し戸惑いながらも、僕はその手を取る。
「宜しく、カイト」
「こちらこそ。宜しくお願いするよ、エイジ」
「よーし!先ずはカイトの魔法とスキルを見せてくれ!ブーストの効果を検証する!」
「わ、分かった!」
ここは町よりかなり離れた平原。
少し離れた場所にいるエイジの指示に従い僕は誰も何も無い場所に向かって何時も通りの無駄な高火力魔法を放つ。
それはいつも通りに増し過ぎた威力を僕が制御出来ず、狙った場所に飛ばないし着弾前に分散して広範囲を無駄に破壊する。
「成程ねー」
エイジは一人で何かを理解したかと思ったら何かを手に持つ手帳に書き記し始めた。
書き終えるとそのページを切り取り、何故だか僕に手渡してきた。中身を見るとそれは見覚えの無い謎の魔法式のようだった。
「これは何?」
「カイト限定の魔法だよ。その魔法式を使って魔法を発動させてみてくれる?」
「……一応言っとくけど、ベースの魔法から威力を差し引いたとしても意味ないからね。僕はどの魔法を使っても基本同じ威力なんだから」
「だろうな。だからその魔法式だ」
何を言っているのかはまるで分かんないけど、まあ物は試しだ。
僕は紙に描かれた魔法式に魔力を通して式を記録して、狙う方向に右手を向けて記録した式を展開。次の瞬間に僕はあまりの驚きで言葉を失う。
何故なら、今まで出た事ない発動速度で今までに無い弱い火球が前方に飛び出したんだから。
「ありゃ?想定より威力が低すぎた。少しだけ出力を調整しないとだ。まあでも、何はともあれ取り敢えず実験は成功かな」
「嘘でしょ!?な!え?!苦悩した僕の四年が何だったんだって言えちゃうくらいアッサリ!?え?そんなに簡単な事だった訳?!」
「簡単な事って訳じゃないよ。ただ、魔力操作や魔法式の構築は身につくまでひたすら反復練習したからね、今では得意分野だよ」
スラスラと次のページとその次のページにも別の魔法式を書き記すとそれらも切り取り、それも再び手渡されたので受け取る。
「ちゃんと実戦で使える式を完成させたいから、取り敢えずブーストの現状での正確な効果倍率がしりたい。魔力回復ポーションならあるから、その三枚を使って何発か撃ってもらえる?」
「わ、分かった。その前に質問をいいかな?」
「勿論構わないよ。何でも聞いてくれ」
「何で今の魔法はあんなに威力が低かったのかな?込める魔力を絞っても今まで無意味だったのに、エイジはこの魔法式でどう対処したんだい?」
「いい質問ですねー。良いですとも、お答えします」
そこからの説明を分かりやすくする為、エイジはイラストを描きながらなるだけ伝わりやすく解説し始めてくれた。
エイジの出した結論として、僕のブーストは現状では一切の制御が出来ないそうだ。おそらく、ブーストのスキルレベルを上げ成長させれば変わるかもとの事だった。
そんな制御の出来ない現状での対策があの魔法式。僕のブーストは魔法の構築から発射までの間、ひたすらベタ踏みの状態らしく、ブーストの倍率上限があの制御不可能な威力の状態らしい。
そこでエイジが考えたのがあの魔法式。基本威力を下げ、更に威力は下がるけど構築から発射までがかなり早く出来る速攻魔法の式を用いたそうだ。
構築から発射までの時間が短くなればなるほどブーストの恩恵は弱まり、無駄な魔力消費が無くなる。
デメリットを補う様に全てが計算されてる。
「まだ仮説だけどね。確信を得るのとブーストの魔力消費量を調べる為、今から兎に角数撃ってもらってデータを得る。他に質問ある?」
「いや、大丈夫。難しいけど何となくは理解できたよ。ありがとう、取り掛かるよ」
そこからは日が暮れるまでの間、僕はひたすらに魔法を放ち続けた。
魔力消費がかなり少なくなっていて今までよりかなり長持ちする様になっていたけど、流石に何度も魔力切れになって魔力回復のポーションを飲んだ。あまり美味しいものでは無いから少しキツいけど。
そんな頑張りも相まってエイジはブーストの効果をある程度把握出来た様だ。
「ここまでにしよう。カイトもだいぶ疲れたろ?」
「はぁ、はぁ、はぁ……あ、ありがとう。エイジのおかげで僕は変われそうだよ」
「気にしなくいいよ。半分以上は趣味だから」
「ねえ…………やっぱなんでもない」
どうしてそこまでしてくれるの?その質問を僕はそっと飲み込む。だって分かっているから。
損得勘定じゃない。理由は無いんだ。
裏表無く真っ直ぐで、誰にでも手を差し伸べる。彼はきっとそんな人間だ。
「よし!帰ろうぜ」
「そうだね」
僕がそんな彼に憧れたのは言うまでもない。
次の日。
昨日の問題もあり、今日はギルドでクエストを受ける事は出来ないらしく、今日の宿代がない僕は朝から非常に困り果てていた。
そんな時、ギルドから出てきたエイジを見かけた。
「お。ヨッス、カイト」
「おはよう、エイジ。今日もトレーニングだよね?」
「勿論だとも。だからこそのこの荷物量さ」
そう話すエイジは大きな大きなリュックを背負っていて、中身がパンパンに詰まっている。それを見て僕は物凄く嫌な予感が過ぎる。
「何をするのか先に聞いても?」
「何をって、そりゃあ危険地帯でのキャンプだろ?」
「却下!!」
当たり前だろ?みたいに言わないで欲しい。え、僕の四年間を更なる過酷で塗り潰すつもりなの?
ヤバい、昨日はカッコよく見えたエイジが今はただのバカに見える。
または――
「僕には君が死神に見えるよ」
「……アイツ程俺は強くないよ」
何の事を言っているのかはわからなかった。だけど、そう呟いた彼が凄く悲しそうに見えた。
「カイト。強くなってくれよ。死神よりもさ」
「僕が君より強くなる何て出来る気がしないよ」
「……ま、頑張ろうぜ」