06 モラハラ夫出産する
低周波地獄のあと陽一は、お腹が張って、俺が寝てても何も言わなくなった。
妊婦の痛みが少しはわかったみたいで、よかったぜ。
その後、産休に入って少しは楽になると思ったけど、陽一と姑がぐちぐちと嫌味を言い出した。
アイツらは進歩がない。
3歩進んで5歩下がる勢いで、人を気遣う心を忘れてくんだな。
その陽一の言いぐさがこれだ。
「会社にも行ってないんだから、家のことをちゃんとしろよ」
だの。
「真弓さん。あなた、陽ちゃんが働いているのに、ゴミを捨てに行かせたそうね。あなたは家でごろごろしてて、楊ちゃんをこき使うのはやめてあげて。可哀想なことをしないでちょうだい!!」
だと。
元々二人で働いてた時も、家事なんて陽一はほとんどしてないのに、何を言っているんだ?
あのマザコン、逐一報告してやがるんだ。
しかも、玄関ホールを出たすぐのゴミステーション場所にゴミを置くだけが、可哀想なことなのか?
しまった。俺も洗濯物を取り入れただけで、家事を手伝ったってお袋に報告したことがあったんだ・・。
冷や汗が出てくる。
洗濯するのは千春。干すのも千春。取り入れるのを一度手伝った俺。そして、畳むのも千春。その後タンスやクローゼットに片付けるのも千春。
洗濯と言ってもこれだけの作業があったのに、俺、良くお袋に言い付けたよな。我ながら、後悔してる。
あの後、千春は手伝ってとは言わなくなったな。
俺は、漸く千春が俺の仕事を認めたんだと威張っていたが、そうじゃない。
諦めたんだ。それが、今なら分かる。
お腹が大きくて動くのも一苦労だから、産休があるってのに、俺もだが、陽一も全くわかってないんだ。
その夕方、陽一が早く帰って来たと思ったら、姑と一緒に帰宅してきた。
あらら、こりゃまたイヤーな予感。
姑がスーパーの袋を手に、悪意しかない笑顔を向けてきた。
「仕事帰りの旦那様に、買い忘れの玉子を頼むなんて、どういうことかしら?」
「そうなんだよ、メール一つで夫をこき使う嫁って酷くない? 家で働きもしてない嫁がだよ?」
なるほど・・、そうきたか。
俺は冷ややかに、冷静に感情を出さずに口を開いた。
「では、あなたの家事労働に対して賃金を払うわ。最低賃金で約1100円として・・帰り道にスーパーマーケットによったから、掛かった時間は精々15分くらいかしら?じゃあ275円払うわね?」
俺は財布からにこやかに275円をとりだし、陽一の目の前に置き、話を続ける。
「それじゃあ、朝からあなたのご飯作ってお弁当作って掃除洗濯、風呂掃除。買い物行って夕御飯・・そしてその後片付けまで5時間かかったとします。それを一か月で計算したら165000円になるので、支払ってくださいね。私が本当に寝ていただけなら、この支払いはしなくてもいいのですが、現に動いてますからねぇ」
一気に捲し立てたら、しばらく呆然としていたけど、陽一が我に返り反撃してきた。
「他の嫁はそんなことでグチグチ言わず、黙ってやっているんだ。おまえもー」
「他の旦那はグチグチ言わず黙ってゴミ捨てくらいしているんだだから、黙ってゴミくらい捨ててこい!」
被せて論破してやった。が、陽一の劣性に姑が加勢する。
「よそのお宅のお嫁さんは、旦那さんにそんな酷いことを言わずにー」
「よそのお宅のお姑さんは、つわりで寝込んでいる妊婦に、いびるようなことしてませんわ。それに、毎回こうやって、夫婦のことに口出しもしてきませんことよ!」
論破!!
あースッキリーーー!!
二人は真弓が言い返したことに驚いて、すごすごと引き下がったぜ。
母は強し!
◇□ ◇□
ますます、お腹の中で赤ん坊がパンチしたり、動いているがそれも、もう少しで終わりだ。
後数週で予定日だった。
俺は仰向きで寝る癖があったけど、さすがにこのお腹じゃ、仰向けはしんどい。
でも、横向きってどうしても肩がいたくて眠りが浅くなる。
それで、寝不足になったのか分からないけど、昼間なのに、あくびが出るんだ。
それを見ていた陽一が、またしてもグチグチと言ってきた。だが、先日の反撃のこともあるので小声だ。
「お昼寝の癖でもついたのか? いいご身分だな」
この言葉も、千春に言ってた俺の言葉と被った。
俺、こんなにもお腹が重くて大変だとは思わなかったんだ。
ごめん・・、千春。
俺が最低な夫だったと認めるよ。
反省してから数週間。予定日だ!
やっと、我が子に会える。それにこの動き辛い体からおさらばできると、喜んでいた。
だが、出産には陣痛というものがあることを一切合切忘れていたのだ。
40週。予定日から2日遅れていたが、まだなんの前兆もなかった。
だが、お昼前、今までと違う強い痛みを感じたのだ。
急いで産婦人科に連絡すると、痛みの感覚が短くなってきているから、急いで来てくださいって言われ、俺パニック。
会社が休みでさっきまで家にいたはずの陽一が出掛けたのか、いない。
電話をかけるが繋がらない。
何度かかけると、漸く出た。
「陣痛が始まったみたい。だから、産婦人科まで送ってほしい」
そう言ったが、返事がない。
ごそごそと誰かに告げているが、誰といるのか、すぐにわかった。
姑のでかい声で喚いたからだ。
「昔は出産なんて、一人で行ったものよ。何を甘えてるのかしら!」
この後に陽一が返事をする。答えなんて聞かなくてもわかったことだが。
「お母さんと一緒に買い物してるんだよ。バスで行ってくれない?」
だと・・。
せめてタクシーで行けと言わないところもクズだな。
何も言わず電話を切って、前に用意していた入院セットを持って、調べていたタクシー会社に電話をした。
病院についたら、まずは部屋に案内されて、そこで説明を聞いていたが、陣痛がくる度に俺が大騒ぎするから、落ち着いてからということになった。
いや、舐めてた。
陣痛って痛すぎるよ。耐えられるの?
この痛みに耐えて耐えてしてたら、死んじゃわない?
あの、お腹が張るって低周波地獄の百倍くらいの強い痛みがくるんだよ。
しかも、その痛みの長さがちょっとずつ長くなってくるんだ。
千春に言った言葉を取り消すよ!!
『陣痛なんて、みんな乗り越えてるんだからたいしたこと、ないっしょ』
「だあああ。悪かったあああ。だから、誰かこの痛みを止めてええ。誰かかわってええ」
「大丈夫ですよ。産まれたらこの痛みなんて、すぐに忘れちゃうからね」
看護師さんが、にこやかに励ましてくれる。
もしかして、さっきの心の声、出して言ってたのか。
今、陣痛の波が収まって冷静になると、恥ずかしくなった。
そしたら、看護師さんがそろそろ移動しましょうって。連れて行かれ、本格的に出産が始まると覚悟した。
いや、覚悟、できてない。
いたたたた
いだだだだ
はーはーはーはー
「そんなに細かく息をしないで下さいね。酸素が行き渡らなくなったら、赤ちゃんもお母さんもしんどくなりますよ」
そ、そうなのか。だから、ひっひっふーなのか?
でも。いたたたた・・いだだだだ
いつまで続くん? もう何時間、こうやってるのか分からん・・。
終わらねえええ・・。
2分おきに陣痛がきてぐぐっぐって陣痛がくると、痛さがさらに倍増。
「赤ちゃんも頑張ってます。お母さんも頑張ってね。あ、髪の毛見えたよ。
もうちょっとだよー」
産婦人科の先生が優しく、ゆっくり状況を説明してくれた。
「次、きたら頑張ろう」
次きたら?ヘロヘロなのに、まだ頑張れと?
いたたたた!!いだだだだ!!
「あっ、ちょっとイカンな」
え? 何が?
何がイカンの?
先生の言葉に凍り付く。
「お母さんの皮膚がね。思ったより伸びなくて、このままだと一気に裂けそうなんで、その前に切っちゃうね」
皮膚?
切る?
先生が手にしたのは、ハサミ!
「ま、麻酔は?」
「麻酔はなしでいけるよ。陣痛の痛みの方が痛いから、切るくらいわかんないよ」
どういうこと?
皮膚切るのに、痛くないって。そんなことある?
ジョオキ!
今、すんごい切る音したよね?
でも、痛くない・・。
それより・・
いたたたた。いだだだだ・・
陣痛の方が痛い・・・ほんとだああ。
「死ぬううううううう」
「はい、頑張って!!」
「ムリムリ、いだーーーー」
「おぎゃーおぎゃー」
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
う、産んだああ?。産まれた?
俺、頑張ったー。
感動で、涙が出そうになる。
それと同時に二人に感謝したくなった。
一人はお袋だ。
んで、もう一人は、千春だ。
俺の子供を産んでくれてありがとう
ー!!
くそっ!
青翔を産んでくれた時に、なんでこの気持ちが出なかったんだ!!
だって、女の人ってなんだかんだ言ってても、赤ちゃん産んで育ててさ。
だから、それって当たり前のことだって思ってたんだ。
それに、こんなに痛くて辛い思いを十月十日抱えて、最終的に死ぬかと思うほど痛い思いしてたなんて、分かんなかったんだ。
遅いけど、千春ありがとう!
そして俺の二人の子供たち、産まれてきてくれてありがとう・・。
ああ、千春と青翔に会いたいな・・。
「はい、お母さん。赤ちゃんですよ」
看護師さんが、産まれたばかりの赤ちゃんを、俺の胸に置いてくれた。
・・・?
「この子・・青翔? え?なんで青翔が、ここに?」
えええーーー!?