04 モラハラ夫、嫁に会う
俺、ダメかも・・。
職場のトイレで動けなくなっちまったんだ。辛い。
30分こもったトイレから、なんとか戻ってきたら、上司や男性社員が冷めた目で見てくる。
55歳の上司が、俺のデスクに近寄ってきて、わざとらしい大きなため息をついた。
「はあー・・。困るんだよね。皆の士気が下がるから、動けないなら有給使って当分休んでくれよ」
え?産婦人科で聞いたけど、まだまだつわりは続くし、つわりが酷い女性は産まれる寸前まであるって・・。
どうすんの?
いまから有給使ってたら、なくなるよね?
検診も午前休み取って行かなくちゃいけないし・・。
有給なくなったら、どうすればいいの?
そういや、他の支店で、つわり長引いて、早産の危険性があるって人が有給目一杯使って、それでもダメで、退職勧告を受けた人がいたって聞いたことがあるぞ。
あんときは妊娠なんて関係なかったし、「いっぱい休んだんだから、しかたないよなー」なんて思ってたよ。
今、俺に振りかかってきてる!
俺、突然のことでパニクる。
今まで、元気一杯だったから、有給は旅行とか遊びでしか使ったことがなかった。
「でも、有給を使ったら・・」
有給を使いきったら欠勤扱いだろ?
どうしようって、おろおろしてる俺を見る男性社員の目が、まあ冷たいこと。
「かまってちゃんかよ」って、ぼそって言いやがった。
いや、俺『かまってじゃないし!』と言いたかったが、以前の俺もそう思ってたから、言い返せない。
でも、すぐにおばちゃん社員が俺のところに来て、フォローしてくれた。
「初めての妊娠で、色々不安よね。でも大丈夫よ。あなたはまだ有給つかえるから、大丈夫。その後、産休と育休で乗り越えられるわ」
優しい言葉に、今までの俺自身の態度が思い出される。
俺、女子社員が生理が重いとか、そんな理由で休んだり、つわりで早退や、子供が病気したからって遅刻してくるってのを聞くと、ちょっとうんざりしてた。
俺自身も子供がいるのに、子供が病気だからって、他の男性社員がそれを理由に休むことにも腹を立てていた。
奥さんに任せろよって・・。
あれ? 青翔が熱を出したとき、どうしてたっけ?
そうだ、自分の子供なのに、自分が休んでまで面倒を見るなんて考えず、千春が子供の面倒を見るもんだと決めつけて、相談もせずに会社行ってたよ・・。
情けなくて涙が出るぜ。
俺の目の前のおばちゃん社員の他に、もう一人、育休から復帰したばかりの女性社員も俺に付き添ってくれた。
「岡田さん、食事は摂れてるの?」
「・・いいえ、なんとかバランスの良い食事をしなければって思うんですけど、食べたら吐くし、そもそも見るだけで食べられないし・・。」
二人が顔を見合わせて頷く。
女性社員が優しく経験談を教えてくれた。
「いいこと。今は無理せず、とにかく食べられる食材だけでもいいからね。私はつわりのとき食べられるのが、オレンジだけだったから、それしか食べてなかったわ。だってそれ以外だと吐いちゃってー」
おばちゃん社員も、昔のことを懐かしそうに語りだした。
「そうだったわねー。一人目の時、私はうどんしか食べられなかったわ。しかも三本くらいしか食べられなかったわ。でも、二人目のときは、逆に食べづわりになっちゃって、30分ごとにおにぎり食ってたわ。数分すると、もうダメでね、食べないと吐き気がするんよ。もう、いつも片手におにぎりって、笑うでしょ」
俺はその情報に驚愕だった。
「でも、赤ちゃんのためにバランスの良い食事をとれって・・姑が・・」
女性社員が俺の肩をポンポンと叩く。
「今の情報と違うのに、昔の考えを押し付ける人はいるの。だから、あなたも色々な情報を調べて、打ち勝つのよ!!」
握り拳を高くつき出す女性社員。
ああ、この人も戦っているんだって気がついた。
情報交換って大事なんだ。それに話を聞いてもらってすんげー気持ちが楽になったよ。
それに、生理の話も聞いたけど、生理が重い女性は、献血の成分献血した後のようなだるさが、続くと聞いた。
俺もしたことがあるけど、辛くて、本当にしんどかった。
そうか、あれが1週間か・・。
しかも毎月か・・。
働く女性には、色々な事情があるのを知った。
そして、彼女たちの情報網がすごいことも。
あれやこれって色々教えてくれた。
すげー連帯感。
皆さん、アネキって呼びたい。
気が楽になったせいか、俺、再び気絶。
そのまま、入院。
気がつくと、再び病院。
処置室で寝かされていたら、横にもベッドがあって、もう一人、つわりが酷い妊婦が寝かされていた。
その妊婦さんは、旦那さんが付き添っていて、旦那さんの方がずっとおろおろしてる。
きっと優しい旦那さんなんだろうな。
俺の旦那なんて、倒れたのを会社から聞いてるはずなのに、来やしねえ。
まあ、来たとしてもあの姑と一緒に文句を言いに来るだけだし。
隣の旦那さんが俺を見て、ビックリしてる。
えっと、誰だっけ?
なんか俺も見たことあるんだけど・・。
向こうが先に思い出した。
「支店の岡田さんですよね。僕は本社の源です」
思い出した。本社勤務で若くして役員になった源 治直だ。
先日の社内報に載ってたな。
そのエリート君の横から、奥さんが体を起こして、俺に挨拶をする。
「私、源の妻の千春と申します。どうぞ、よろしくお願いします」
ち、千春!!!!!!!
俺の嫁だぁぁぁぁ。
なんで、源って名乗ってるの?
おまえ、岡田、岡田千春だろ?
「はーはーはー・・ううう」
興奮したら、頭痛がしてきた。
「大丈夫ですか? 看護師さんを呼びましょうか?」
俺は手で止めた。
そうだ、俺は真弓で陽一の妻。
なら、千春も誰か他の人と結婚しててもおかしくないんだ。
「大丈夫です。ちょっと頭痛がしたけど、良くなりました」
千春はホッとしたようだった。
でも、次は千春が吐き気に襲われたみたいで、いきなり、近くの桶に吐き出した。
「大丈夫かい。背中をさすっててもいい? 大丈夫かい? 苦しいならやめるよ」
千春の旦那は、本当に甲斐甲斐しく世話をしている。
俺が夫だったとき、千春の背中をさすったことなんてない。
それに比べて、今はこんなに大事にされて、千春は幸せなんだろうな。
俺がもっと、千春のことをちゃんとしていたら、こんなことになってなくて、千春の背中をさすってるのは俺だったのかな?
なんで、もっと大事にしなかったんだ。千春は俺の子を身籠ってくれていたのに・・。
俺、本当に最低な男だった。
急に悲しくなって涙が溢れた。
それを見た、千春が自分も辛いのに、「どうしたんですか? 大丈夫?」って聞くんだ。
それ聞いて、なんか、吹っ切れた。
「私って、取り返しのつかないことしちゃってた・・でも、お腹の子供のために、これからは頑張りたい」
本当にお腹の子のことを守りたいって、思ったんだよ。
でも、俺が母親になれるんかな?