03 モラハラ夫、嫁いびりされる
インターホンに、どっかのおばさんが映っていた。
えっと、誰だっけ・・? なんて考えていたら、インターホンのモニターを見た陽一が、驚くほど早く動いてビックリ。
いやいや、それだけ動けるんなら先に自分で動けよー。
陽一は通話ボタンを押すと、明るい声で話し出した。
「お母さん、どうしたんだよ。すぐにドアを開けるから待っててよ」
俺に向かってはいつもの不機嫌な声だ。
「お母さんが来たから、早くドアを開けてこい」
「わかっーーーげええ」
『分かった』っていう間もなく、吐き気でトイレに駆け込んだ。
後ろで「チッ」って舌打ちがしたが、それどころじゃない。
陽一がドアを開けたら、騒々しい話し声が聞こえてきた。
しかも、足音がドスドスとうざい。
そして、姑は廊下のトイレの前を通る時、わざわざ声を大きくして喋る。
どうせ、俺に聞かせるようにしているんだろうか?
「まあ、真弓さんったら、また、つわりとかなんとか言って、家事をさぼっているの?」
さぼってるわけじゃねえ。
つわりがしんどいんだよ。
「そうなんだよ、お母さん。今日疲れて帰ってきたら、ご飯も何もしてなくてさ、俺、ずいぶん待たされたんだぜ」
そう言うなら、自分で作れよ。
「陽ちゃん、かわいそうに。お母さんが今から軽く何か作ってあげるわ」
「え?本当? さすがだよ。頼りになるな。真弓、後でお母さんにお礼を言っとけよ」
おいおい、俺が吐き気我慢してまでさっき作っただろ?
それを陽一も食ってたじゃねえか?
トイレの便器に抱きつきながら、俺のムカムカはマックスだった。
胃もムカムカするし、気持ちもムカムカするし、今の状況にムカつく。
できるなら張り倒してやりてー。
だが、今はつわりが辛すぎて、動けない。
なんて母親だよ。おまえも陽一を産んだんなら、つわりを経験してるんだろ?
女なんだから、嫁の気持ちわかんだろ? だったら優しくしろよ!
その時、俺は男だったときの、自分の母親(富子)の言葉を思い出した。
『まあ、千春さんたら、妊娠は病気ではないのよ。なのに、家事を疎かにするなんて、どうなっているの? それに妊娠中は体を動かす方がいいのに・・甘えているのね』
俺の母は、千春に向かってそんなことを言ってたけど、今日の産婦人科の主治医は、妊娠初期は無理をするなと言ってた。
俺もそんなことを知らず、お袋の言うことは正しいと思い込んで、一緒になって言ってたな。
だって、出産を経験した母親の言うことが間違ってるなんて、思わないだろう?
だから、俺も言っちゃったんだ。
「つわりだとか言ってないで、動けよ。その方がいいんだって。お袋みたいになんでもやってくれるのが、よかったよな。千春は弱くて、『はずれ』だったな」
俺・・もしかして・・、千春がつわりで吐いてる時、こんなに辛い思いしてると思わなくて・・、なんて酷いこと言ってしまったんだろう。
あの時、千春は何を思っていたんだ?
そう振り返りながら、俺はトイレでゲーゲーしてた。
それからも、真弓の姑の留子は何度も家にやってきた。
俺が吐き気を堪えて、会社から帰って来た頃を見計らって、来るんだ。
手伝いなんかするわけじゃない。
俺に嫌味を言うためだ。
毎回毎回で、我慢できなくて、陽一に母親が家に来るのを止めてくれって言ったのに、アイツ、全く見当違いのことしか言わないの。
「お母さんは、真弓のことを思って見に来てくれてるのに、感謝しろよ」
だってさ。
アイツ、バカなのか?
あんなに嫌味言ってるのに、感謝だ?
アイツの頭の中って、どっかの回路がぶっ壊れてて、母親の言葉は美化されて聞こえるようになっているのか?って思うよ。
ピンポーン。
ああ、姑のやつ、また来やがった。
無視してたら、ガンガン、ドアを叩く。
仕方なくドアを開けると、「いるならさっさと開けてちょうだい」って言いながら、ドスドスと入ってくる。
そして、何をするかと言うと・・。
俺が必死で作る晩御飯を、横で見ながらニヤニヤしてやがる。
こんなときは、絶対に嫌味なことを考えてるんだ。
「あら、お味噌汁は出汁からじゃなくて、袋のだしを入れるの? ああ、陽ちゃんがかわいそうねー」
「お義母さんも、袋のだしを使っているって陽一さんが言ってましたよ。一緒ですね」
真弓が言い返すと思ってなかったのか、姑はちょっと怯んだが、すぐに嫌味を思い付いたらしい。
また、嬉しそうな顔をしやがった。
「袋のはねぇ。私はたまに使うのよ。忙しいときだけね。でも、あなたは毎日使っているでしょ。お里が知れるわぁ」
イラッとする。なーにが『たまにねー』だ、箱買いしてるの知ってるんだぜ。
先日、陽一が『安いからお母さんに3箱買っててくれって頼まれた』って愚痴ってたの、聞いているんだ。
反論してやろうと思ったら、ストレスからか、また吐き気が!!
俺、トイレに駆け込む。
後ろで『またなの! しっかりしなさいよ!』って罵声が聞こえるが、もうなんか色々と無理だ。
あれ?
俺のお袋も、千春にグダグダ言ってたな。料理のこと、ダメだしをいっぱい言ってた・・。
それで、ある日千春が俺に言ってきたんだ。
『お義母さんを来る頻度を、減らしてほしいの!!』
千春の顔って・・。
そうだ、目に涙を溜めて訴えてきた。
俺は・・。
ああ、俺、陽一と一緒じゃないか。
俺も、お袋をめっちゃ庇ってたわ。
だって、お袋が嫁いびりするわけないじゃんって思って、本当に千春の心配をして家に見に来てるって思ってた。
でも、今ならわかる。
真弓の姑の留子も俺のお袋も、一緒の顔してんの・・・。
お袋が、嫁いびり?
まじか・・。
そして、それに賛同してた俺は、マザコン決定だ。