水の力
黒い霧が蠢き、ローブの男の手元に収束する。
「無駄な足掻きだ」
男は嘲るように言った。
悠は拳を握る。全身に感じるのは、先ほどまで知らなかった冷たく澄んだ力。まるで身体の奥底から水が湧き上がるような感覚だった。
(これが、魔法……!)
悠は直感的に理解した。
「やれる……!」
敵の攻撃が迫る。悠は反射的に手を突き出した。
次の瞬間、空間に水が溢れ出し、悠の前に壁を作る。黒い槍のような霧がぶつかるが、静かに消滅した。
「やった……!」
悠は思わず口元を緩める。しかし、男は微かに笑った。
「その程度か。ならば、次はどうする?」
黒い霧が再び渦巻く。悠は焦ることなく、さらに魔法を展開しようとした。
「……!」
だが——その瞬間、全身の力が抜ける感覚に襲われた。
「な、なんだ……?」
急に身体が重くなり、膝ががくりと折れる。呼吸が荒くなり、視界がぼやける。
(なんだ……?)
「もしかして、もう魔力がないの…?」
悠は驚愕する。たった二、三回魔法を使っただけなのに、まるで全力疾走した後のように力が抜けていく。
「ふっ、案の定、素人だな」
ローブの男は悠を見下しながら、ゆっくりと手を掲げた。
「終わりだ」
黒い霧が槍となり、悠へと突き刺さる——
その瞬間——
「いい加減にしなさい」
堂々とした声が空気を裂いた。
次の瞬間、黒い槍が一瞬で消滅する。まるで初めから存在しなかったかのように。
「……何?」
ローブの男が驚愕し、霧を操ろうとする。だが、彼の動きが止まった。まるで見えない力に押さえつけられたかのように。
悠が声のした方向を見ると、一人の男がそこに立っていた。
白髪に眼鏡をかけた初老の男。落ち着いた深緑色のローブをまとい、優雅な雰囲気を纏っている。しかし、その眼差しには圧倒的な威厳があった。
「君たち、随分と騒がしいことをしてくれたね」
男は静かに言う。
「……あ、あなたは……!」
ローブの男の顔が青ざめる。
「魔法学校『アストレア学院』の校長、ライゼン・ヴァルトだよ」
ライゼンは手を軽く振るった。
その瞬間、ローブの男の周囲に光の鎖が生まれ、彼を一瞬で拘束する。
「ぐっ……な、なんで……!?」
「残念ながら、君たちの行動は見過ごせなくてね。闇の精霊に通じる者たちが、また動き出したとは聞いていたが……まさか、こんなところで騒ぎを起こすとは」
ライゼンは軽くため息をついた。
悠は膝をつきながら、ようやく状況を理解し始めた。
「魔法学校の……校長……?」
「うん、すごい人が来ちゃったね」
精霊も驚いたように呟く。
「さて、君も色々と話を聞かせてもらおうか?」
ライゼンは悠に向き直り、穏やかに微笑んだ。
「面白い出会いをしたからね」
—続く—