精霊との契約
寺の境内に広がる静謐な空気を、突如として破るかのように、再び黒い霧が立ち込め始めた。悠の前に、ローブを纏った男が再び姿を現す。以前よりも濃く禍々しい気配が漂っていた。
男は冷たい声で告げる。
「この場所は、我々の領域だ。お前はここで終わる」
その声に、悠の肩の上にいた小さな存在がわずかに震えた。
「……悠、見た? あの男の力……僕一人じゃ太刀打ちできない……」
青い光をわずかにまとったその姿は、まさに水の精霊そのものだった。しかし、その表情には焦りが滲んでいる。
悠は、いまだに目の前の状況を飲み込めずにいた。自分はただの普通の学生で、特別な力も持っていない。だが、この場に立たされている以上、そんなことを言っている余裕はなかった。
「どうする?」
精霊は一瞬ためらいを見せた後、息を整えながら言葉を紡ぐ。
「僕は水の精霊だけど……あの男の黒い霧、ただの魔法じゃない。僕一人ではどうにもできないんだ」
「つまり?」
「悠、君と契約しなければ、僕らは……もう、ここで終わるかもしれない」
悠は思わず息を呑んだ。
「契約……?」
「そう。君が僕と契約すれば、水の力を分け与えることができる。君にも魔法が宿るんだ」
この精霊はとても必死だった。
黒い霧はさらに濃くなり、ローブの男が悠たちを睨みつける。
「貴様らの足掻きなど、無意味だ」
精霊は、悔しげに歯を食いしばった後、改めて悠を見つめた。
「悠……お願いだ。僕と契約してくれ!」
悠の胸の奥で、何かが熱を帯びるのを感じた。今まで平凡な日常を送ってきた自分が、今ここで大きな選択を迫られている。
だが、迷っている時間はない。
悠は、精霊が差し出す小さな手を、迷いなく握りしめた。
その瞬間、青い光が二人を包み込む。湖面に広がる波紋のように、魔力が悠の体内へと流れ込んでいった。
指先に伝わる冷たく清らかな感触。それはただの水ではなく、確かに魔法の力だった。
「これで、二人で力を合わせられる!」
精霊が嬉しそうに声を上げたと同時に、悠の身体の内側から力が溢れてくるのを感じる。
ローブの男が黒い霧を操り、悠たちに向かって手を掲げた。
悠は深く息を吸い、静かに決意を固める。
「……覚悟を決めろよ。俺」
そして、二人は黒い霧を纏う敵に向かって、一歩踏み出した。
—続く—