マリーの研究
「初日から大仕事だったじゃないかアルマくん」
その日の夜、食卓を囲みながらマリーは冗談めかして笑う。
基本的に屋内に篭りきりで活動するマリーと異なり、アルマの活動範囲は多岐に渡った。
「まさかあんなものを復元することになるとは思わなかったですよ」
アルマは今日の仕事内容を振り返った。
初仕事は崩れた建築資材の修復、その次は風化した大剣の復元であった。
アルマもまさか自分の身の丈ほどの大きさの武具を目の当たりにするとは思いもよらなかった。
「いやぁ、あの剣は大きかったねぇ」
「誰があんなもの作ったんでしょうね」
アルマとマリーの話題は剣のことで持ちきりであった。
依頼人であったシャロン曰く実家の蔵から出てきたとのことであったが、埃を被るどころか風化すらしていたことからよほど昔に作られたものだということが推察できた。
「マスターは今日何してたんですか?」
「今朝も話してた新薬の開発をね。途中で例の客が来たから進捗は芳しくはないが」
マリーは自身の仕事についてアルマに語る。
途中、アルマはとあることを考えついた。
「マスターは以前はどんな研究をしていたんですか」
「珍しいことを聞くじゃないか。普段は私が話してもどうでもよさそうに聞き流すのに」
「別に。単なる気まぐれですよ」
アルマはマリーに対して直接探りを入れた。
日記を読み解けるのが理想だが本人からヒントが得られればそれに越したことはない。
マリーが意外そうな反応を見せるとアルマは子供っぽい言い草でそれを流した。
「いいだろう。それなら教えてあげよう」
マリーはアルマの疑問に答えるべく話を広げだした。
「これの以前は『肉体の構築と再生』を研究していたよ。現状では私の納得のいく結果を得られなかったから没にしてしまったがね」
マリーは自身の研究の内容についてアルマに明かした。
マリーはかつて人体を研究しており、肉体を再構築する技術の開発を行っていた。
だが彼女の理論に反してそれを実現するには至らず、理想とする結果をどうしても得ることができなかったため没にして中断してしまっていたのである。
「それってボクと出会う前からやってたんですか?」
「そうだねぇ。その研究に手をつけ始めたのはキミと出会う五年ほど前からだ」
アルマは一つの確信を抱いた。
マリーが自身の研究を利用して自分の肉体を男から女へと作り変えたのは間違いない。
あとは男だった時の自分が何者だったのかを解明するのみであった。
「ずっと昔に一度だけ肉体の完全な作り変えに成功したことがあったんだが、それ以来なぜかその再現ができなくてね。今ではなぜ成功したのか不思議なぐらいだよ」
「その成功した人って、今はどうしてるんですか?」
「さあね。そんなことは私の知ったことではない」
アルマが踏み込んで尋ねるとマリーはシラを切るようにすっとぼけた。
「まだ知りたいことはあるかい?」
「いや、ここまでで大丈夫です」
饒舌になりつつあったマリーに対してアルマは話を切り上げると食卓にあった空の食器を回収していった。
「キミが錬金術の道に来てくれるなら私はいつでも歓迎するよ」
「いいですよ。ボクは魔術師ですから」
マリーの冗談にアルマはそっけない反応を返した。
一つの疑問が解けたことでアルマの中にさらなる疑問が浮かび上がったのであった。