次なる依頼
初仕事の現場を離れたアルマは足を止めると膝に手をついて息を切らした。
「なんなのさ……みんなしてボクのことを可愛い可愛いって……」
アルマは帰路に就きながら独り言を零した。
周囲の人物がアルマを褒めたたえるときに使う言葉は決まって『可愛い』である。
アルマはふと街を歩く魔術師たちの格好に目がいった。
街の通りには他の魔術師たちも歩いていた。
彼らはアルマと違い、国家公認魔術師の勲章はついていない。
だがそれはそれとして目を引くものがあった。
「すごいなぁ。谷間が見えちゃってるし、スカートもあんなに短くて……」
アルマは女性魔術師の格好に注目していた。
街で見かける女性魔術師は肌の露出が多い格好をしており、見た目が若い魔術師は特にその傾向が強かった。
マリーが先日言っていた流行に偽りはなく、逆にアルマのような肌を見せない姿の方が少数派のような気さえ起きるほどであった。
「いや、ボクは絶対にあんな格好しないから」
アルマは一瞬だけ目の前を通る女性魔術師と同じ格好をした自分の姿を想像するとすぐにそれを否定して首を何度も横に振った。
そんな彼女の姿を街の人たちは奇異なものを見るような視線を送った。
帰り道でもアルマは考え事に耽っていた。
アルマの名を与えられる前の本当の自分が何者なのか、どこでマリーと出会ったのか、なぜ女の子にされなければならなかったのか。
マリーの日記だけでは判明しなかった部分が気になって仕方がなかった。
アルマが読んだマリーの日記はまだほんの一部である。
もしかしたら自分と出会う前の行動を読み取れれば自分の正体がわかるかもしれない。
そう思ったアルマはどうにかしてマリーの日記をもう一度閲覧できないものかと画策しはじめた。
まずマリーの目を盗むのは簡単であった。
というのも、マリーは錬金術に没頭している時はまず研究室から動くことはない。
それに加え、いざとなれば酒を与えて酔わせておけばそのまま気分よく眠ってしまうためである。
日記には丁寧に鍵が施されているため、そのままでは閲覧することはできないがアルマの魔術を持ってすれば鍵を壊してこじ開けることは簡単であった。
情報を得られたら鍵を復元して元の状態に戻しておけば証拠も残らない。
マリーの目を盗み、鍵を壊して日記を閲覧する。
やや乱暴ではあるがそれが最も手っ取り早い方法であった。
そんなこんな考えてる内にアルマは家へと戻ってきていた。
「ただいま戻りました」
「おかえりアルマくん。キミ宛にお客さんが来ているよ」
アルマが帰宅を報告するとマリーが客間の方から来客の存在を知らせた。
アルマが客間に向かうと、そこにはマリーと一人の少女の姿があった。
「この子がお客さんですか?」
「お初にお目にかかる。シャロン・スカーレットという者だ」
少女は堅い口調でアルマに自己紹介をした。
彼女は一風変わった見た目をしており、スカートの後ろ側が長く伸びたような青いドレス調の服を纏った彼女はアルマよりもさらに小柄で、燃え盛る炎のように赤い髪と頭頂部からジグザグに伸びた長いアホ毛が特徴的である。
だがそれ以上にアルマの目を引いたのはその胸であった。
少女の背丈はアルマよりも小柄であるにも関わらず、その胸はドレスの上からでもはっきりとわかるほどに存在を主張している。
「彼女は今朝から訪ねてきてね。時間を改めた方がいいと言ったんだがキミが戻るまで待つと言って聞かなくてね」
マリーはシャロンが訪ねてきたおおまかな経緯を説明した。
それを聞いたアルマは自分がその場に居合わせておらず知らなかったとはいえ、長く待たせてしまったことに多少の申し訳なさを感じた。
「ボクを訪ねてきたってことは、何か直してほしいものがあるんですよね?」
「うむ。これを復元してはもらえないだろうか」
シャロンは本題を切り出し、大きな荷物の中から巨大な板のようなものを取り出した。
板は朽ちて風化しており、不用意に触れれば崩れてしまいそうであった。
「これは……?」
「我が家の蔵から見つけ出したのだが、これがなんなのかを確かめたいのだ」
シャロンが持ち出したそれはシャロンの家の所有物のようであった。
蔵の中から発見され、その正体がわからず扱いに困っていたところにアルマのことを聞きつけてここまで持ち出してきたのである。
「そういうことでしたら。上手くやれるかはわかりませんけど……」
「よろしく頼む」
アルマは成功する保証はないと前置きをした上でシャロンからの依頼を承諾したのであった。