国家公認魔術師
お使いを終えたアルマはマリーの元へと戻ってきた。
早く要件を済ませて私用に入りたかったのである。
「マスター。頼まれてたものが届きましたよ」
「悪いねぇアルマくん。そこに置いておいてくれたまえ」
マリーはアルマに指示を出す。
彼女はアルマを小間使いに走らせることはあるが素材や道具の管理は自分で行う人間である。
アルマは指示通りに実験室の片隅に調度品をまとめると一度自室へと戻っていった。
「髪よし、衣装よし、勲章よし、書類よし」
アルマは鏡の前で点呼して確認した。
彼女の私用とは魔術師の開業手続きであった。
国家認定魔術師は自治体の許可を得ることで活動を収益化することができるのである。
畏まった場に赴くということもあり、髪をきっちりと整えて衣装も汚れなく、衣装の左胸部分には勲章が輝いている。
魔術師として初めての活動ということもあり、気合いが入っていた。
「行ってきまーす」
「気をつけて行ってきたまえ」
アルマはマリーに挨拶をするとそのまま家を飛び出していった。
マリーは返事をするが錬金術に勤しみ顔を向けることはなかった。
「アルマ・メディチ様の開業手続きが承認されました。こちらが認定証になります」
町の役場に赴き、書類手続きを経てアルマの名が記された認定証が発行された。
認定証は魔術師が個人として活動するには必須であり、自治体への登録のない魔術師の収益活動は違法となり処罰の対象となるのである。
「これでボクも一人前の魔術師だ。活動内容はどうしようかな……」
開業手続きを終えて認定証を手に入れたアルマは意気込みながら自身の活動について考えた。
魔術師にはそれぞれ得意分野があり、それを活かした内容を専業にすることがほとんどである。
アルマの場合は回復、復元魔術が得意であった。
彼女の技量を持ってすれば壊れたものを元通りにしたり、材料の状態まで戻したり、生傷を塞いだりなどは自由自在である。
「マスターに無茶を言われてきたのが功を奏したのかな」
アルマはここに至るまでのことを思い出した。
彼女が修復を得意とするようになったのはマリーの無茶振りが最大の要因である。
『アルマくん。この配合は失敗だったよ。別のパターンを試すから元に戻してくれないか』
『アルマくん。道具が破損してしまったから魔術でパパッと修復してくれないかね』
マリーは錬金術において仮説の検証のために実験を行うが望んだ結果が得られないことが多々ある。
その度にアルマの魔術を頼って材料や道具を復元し、新調用の費用を踏み倒しているのである。
そういった体験もあってか、マリーは実験の試行回数を稼いで成果を出しているし、アルマの魔術の腕の向上にも繋がっている。
開業の記念も兼ねてアルマはとある場所へと向かった。
向かった先は魔術師が身につける装飾品を扱うブティックであった。
「いらっしゃいませ。おや、アルマ様ではありませんか」
ブティックの店員はアルマを認識すると気さくな反応を見せた。
このブティックはアルマの行きつけの場所であり、店員はアルマのお得意先である。
「帽子を買いに来ました。そろそろ新しくしようと思いまして」
「ということは……国家認定魔術師になられたんですね⁉︎」
「はい。さっき開業手続きも終えてきたんですよ」
アルマは得意げに胸を張って勲章の存在をアピールした。
普段は自分の身体にコンプレックスを抱えるアルマだがブティックの店員の前では鳴りを潜める。
「国家認定魔術師様のためとあらば、とびっきりいいのをご用意させていただきますよ」
ブティックの店員はアルマに負けず劣らずの意気込みを見せるとアルマを連れて店内へと進んだ。
アルマが普段立ち入らないそこには豪華な装飾が施された帽子が並んでいる。
高級感あふれる品の数々にアルマは思わず気圧された。
「どうです?普通のものとは雰囲気が違うでしょう」
「すごいなぁ……」
アルマは帽子を眺めながら独り言を零した。
帽子は生涯を通して魔術師を象徴するアイテムであるため、新調にも気合が入る。
「あっ、これとかいいかも」
そう言ってアルマが選んだのは黒地の大きな三角帽子であった。
光沢のない硬派な素材で作られ、その鍔の上には真紅の宝石が一つあしらわれている。
「きっとよく似合いますよ。試しに着けてみましょうよ」
ブティックの店員は試着を促した。
アルマは言われるがままに帽子を被り、大鏡の前に立って自分の姿を確かめる。
「どうですか?どこか変なところとかないですか?」
「変なところなんてありませんよ。とてもよくお似合いです」
アルマが感想を求めるとブティックの店員はアルマを褒めちぎった。
「じゃあこれにしようかな」
「ありがとうございます。きっとマスターも褒めてくれますよ」
ブティックの店員はマリーのことを引き合いに出した。
彼女はアルマの師がマリーであることを知っている。
そしてアルマはマリーが自分を褒めるときになんというか想像がついたため、それを思い出して恥ずかしくなった。
「あんまりそういうこと言わないでもらえますか……?」
「まだ購入前の商品なんで顔をつけるのはやめてくださいねー」
照れ隠しに帽子で顔を隠すアルマをブティックの店員は窘めたのであった。