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好奇心は私を殺す

作者: 水色屋

夢オチです。

下町を歩いていた。


このあたりの商店の並びには、周辺の町からも人々がやって来る。にぎやかといえばにぎやかで、広くもない道を町の者たちがあちこちに行き交う。


私も、何も買うともなしに歩いた。

興味の移りゆくのに任せて、店の物を冷やかした。人々が雑多に流れていくのを眺めつつ歩いた。


店番たちは威勢よく声を上げている。


そこの魚屋では、ご婦人たちが干物をお買い上げのようだ。となりの駄菓子屋では、元気なおにいちゃんたちが懐かしさに顔を綻ばせておやつを吟味している。

玩具屋なんてのもあった。これはでんでん太鼓というのだったか……

どうやって遊ぶのかよく分からないものも多い玩具たちが道沿いに陳列されている。昔からあるものなんだろう。メンコやお手玉くらいなら分かるのだが。


店の立ち並ぶ道を進み続ける。

不思議と飽きない。店の陳列はそれぞれ味があるし、行き交う人々の波も絶えないから、一人で町歩きする私の好奇心と安心を満たしてくれている。




――だが、ここまでだ。ここより先に進んではならない。

予感。というよりも、より確かな予兆を感じる。


かつて友人が言っていたような気がする。

戻れなくなるぞ、と。

運良く助けて貰えたから良かった……なんて話を一体いつ聞いたのやら。


ああ、すぐそこで引き返せば良かったのに。

気付けば店に並ぶ商品の様相が変わっていた。


ざるに並べられた、ぶくっと太った蛞蝓のようなものたち。

水槽にはムカデに似た虫たちがいくつも蠢いている。

これらは食べ物として売られている。

生きたまま食べろということなのだ。


雑踏の中に異形が混ざっている。

やたらと背丈の高い蜥蜴男が、人間のおにいちゃんたちと歩いている。あれはさっき駄菓子屋にいた人たちだろうか。

居酒屋ののれんの向こうには、サラリーマンたちがガヤガヤと話している。彼らのウシガエルのような皮膚がスーツを汚している。

店番たちは静かだ。

目を合わせてはいけない気がする。話してはいけない気がする。

彼らは人間ではない。



異形の店番たちの視線を感じながら歩く。

今も、太って大きな蛞蝓を陳列する店番に見られている。背が高く、首が太い蛇のような女だ。顔は横に長く、大きな目でこちらを見ている。

商品の蛞蝓を食え、と私に言っているのだ。


店の先に線路が見えた。小さな駅がある。

少しの安堵を覚えたそのとき


「ねえ、待ちなよ。あんた、こちらにいらっしゃい。」


私は飛ぶように踵を返した。


雑踏をかき分けている暇はない。

動け!動け!と、無理やり自分の身体を滑らせ、人々の間をくぐり抜けて逃げた。

声に応えたら、アレを食べたら、ここの住民になってしまう。


さっきの女の笑い声が耳元で聞こえる。


「く、く、くくく……カカカかか」


「ねえ、待って。いらっしゃい……」

「あはは、はあ。ふふふ、はは」

「待って、待って。待ってよ、ねえ」


どれだけ早く駆けようと関係なく、声はすぐ近くで聞こえている。

ああ、これは振り返ったらだめだ。

来た道をひたすら引き返して逃げた。


道を線路が横断している。来た時には線路など渡っていないはずだった。


遮断機が降りている。

ここで止まったら、すぐに捕まってしまうだろう。

電車が丁度来てしまうが、止まっていられない。

この場所は尋常ではない。私自身、逃げ足が早すぎる。もしや電車を飛び越えられるかもしれない。


電車が通過する。飛び越えてなお走る。


線路は3本あって、全て単線だった。


線路を飛び越えてからは、あの女の声はしなくなっていた。


道の終わりにたどり着いた。突き当たりの右脇に、狭い階段がある。

ここだ。友人はここで助けてもらったのだ。

必死に階段を駆け上がる。転げ落ちそうになりながら、いくつかの踊り場を切り返して登りきると、襖があった。


ここはどなたかの所有地で、私は侵入者だ。

ここの持ち主は、私が関わって良い存在ではない。なんというか、身分が違う、存在の格が違うと分かった。

バレてはまずいと思い、襖をそっと開けて、こっそりこの大きな建物から出ようと考えた。

しかしすぐに見つかってしまった。巫女たちがせっせと掃除をしている間に出てしまったのだ。


巫女たちの中には知っている顔もいる。向こうも私を知っているようだ。しかし、彼女たちにとって私は侵入者に変わり無かった。鋭い目と、錫杖のようなものを向けられる。

知り合いの巫女が私を睨みつけて言う。

「なぜここにいる!どこから来た!何をしに来たんだ。」

「私も分からない!異形から逃げてきた。前に友だちが助けてもらったと聞いて、ここなら助けてもらえると思ったんだ。見逃して欲しい。すぐ出ていくから、家に帰るから…」


知り合いの巫女は私に鋭い目を向け続ける。

私は必死に助命を乞いながら、建物の外に出ようとじりじり進んだ。

そのとき何かの予感…念のようなものが私の頭をよぎった。

「今、聞こえたな!?逃がす訳には行かない。ここで殺す。」

聞こえなかった。聞こえなかったが、今の「何か」は巫女が私に向かって発した念で、恐ろしいセリフを飛ばしてきたのだと悟った。



私は畳の上をのたうち回るようにして頭を下げ続けた。

ほとんど発狂しながら助命を願った。

巫女は断固として、私を逃がす気は無いようだ。



遠くから足音が聞こえる。急いでこちらへ向かっている。

男の人が襖を開けた。やや細身の長身で、髪の毛は短髪でベージュがかった灰色。白の装束を着ている。赤い布が部分的に見えている。立派な装束だが、頭に烏帽子もなければ、御顔を隠す布もない。

この方にしては相当着崩された状態だ。慌てて出向かれたことが分かる。

この住まいの所有者だ。私が出会ってはいけない尊い方だ。

私はこの方の御顔を見てしまった。常ならばこの方の御顔は隠されているはずと知っている。



その方は焦燥感を御顔に浮かべて私を見つめた。

私はなおも錯乱しながら「助けてください…異形から逃げて…」等と言い募っていたが、かの方は私の全身の無事をつぶさに見てとり、ふっと表情を和らげた。

未だ私を警戒する巫女を宥め、幼い子を相手にするように私に話しかけた。

「うん。ようここまで戻ってきたね。大丈夫。

そうやね、きみの友だちが家に帰るのを手伝ったな。

きみも、おうちに戻れんのか?」


はい、大丈夫です、家には多分帰れます

言い終わらないうちに、その方が一瞬にして遠くなった。いや、私が遠く離された。




――携帯のバイブ音がする。

知らない番号だ。

番号を調べると、迷惑電話らしい。


検索ついでに、あの方の装束について調べてみようか……


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