いつもの通り
ジンは執事然とした男に案内されながら微妙に色の違うレンガで構成された館への道を進む。
背筋を伸ばし規則正しい靴音を響かせる執事然とした男、彼の名前は”ガブリエル・ムートン”と言う。
常に周囲に気を配りながら真っ直ぐ進む様子に隙は全く見当たらなかった。
ガブリエルは妻”アシュリー”の実家でありジンの後見人でもある、”エヴァンス”公爵家にかなり長く仕えてきたらしい。
ジンは本人にどのくらいの年月使えてきたのか尋ねたこともあった。
「さて、何年になりますかな・・・・・・遠い昔のことなので忘れてしまいました。やはり寄る年波には勝てませんね・・・・・・。」
などと言いはぐらかされた記憶がある。実に底の見えない人物でもあった。
「迷宮の中層から半日で往復とは・・・・・・流石は”トレイルランナー”と言うところでしょうか。」
ジンはこの世界に来た時に”トレイルランナー”と言う奇妙なクラスを得ていた。
これはジンが日頃、体を鍛えるために行っていた”トレイルラン”が影響した物と思われる。
召喚者にとって”トレイルランナー”と言うのは聞いたことも無いクラスであり、”トレイルラン”事態が何の意味も無い理解しがたい物であった。それが辺境に追いやられる一員になったとも言えた。
「・・・・・・ところで、旦那様、何か気になることでも?」
そのガブリエルが何かに気がついたのか足を止める。
どうやらジンは無意識のうちに首を傾げていたらしい。
「西門を通った時に死体漁りと言われる冒険者の一人なのだが、あの時間だと完全に出遅れているのが気になってね。」
「死体漁りが出遅れてダンジョンに向かったのですか?妙ですな・・・・・・調べますか?」
ジンはガブリエルの提案に大きく頷いた。その動きを見たガブリエルは庭影に目をやると軽く頷く。
庭影の草が軽く動き小さな影が屋敷の外に向かって飛び出していった。
影の主、彼もしくは彼女はこの屋敷に何人かいるガブリエル配下の者だろう。
普段の彼らは何人かいる庭師やメイドとして仕事をしている。しかし、何か問題が起きると必要に応じ諜報員として活動するのである。
「・・・・・・一両日中には何か情報を得てくると思います。しばらくお待ちいただけますか?」
恭しく話すガブリエルにジンは同意する様に軽く頷く。
ジンの今までの経験から考え、一日二日の間に何らかの報告が上がると考えたのだろう。ガブリエルに対し軽く頷くと屋敷の玄関扉へ向かう。
ガブリエルが年季の入った玄関扉を開けると数人のメイドや執事と一緒にジンに向かい深々とお辞儀をする。
「「「「「「おかえりなさいませ。」」」」」」
異口同音、一切乱れることのない歓待に初めの頃、ジンは戸惑いを覚えたが今は慣れたものだった。
「ヘレン、アシュリーは執務室か?」
ヘレンと呼ばれた年嵩のメイド長に尋ねると、間髪を入れず答えが返ってくる。
「はい、仕事をしながら旦那様の帰りをお待ちのようです。」
「そうか・・・・・・。」
ヘレンの返答を聞いたジンは執務室へ足を向け階段をゆっくりと上って行く。
その後ろを、執事のガブリエルとメイド長であるヘレンが付き従う。
執務室は階段の上から続く長い廊下の先にあり、所々補強されているかなり強固な扉になっている。
ジンはその執務室の扉を開けた。
立て付けが良いのか、手入れが行き届いているのか、あまり音もせず開く。
扉の先にはかなり小柄な女性が座って大きく豪勢な机で一心不乱に積まれた書類と格闘していた。
ジンは開いた扉を軽く叩く。
「アシュリー、ただいま。」
その声にアシュリーは手を止め、勢いよく顔を上げ立ち上がった。
「旦那様!」
アシュリーは立ち上がった勢いそのまま、ジンの元に駆け寄ろうとする。
しかし、ジンが手を前に突き出しアシュリーを押し留める。
「よしなさい、淑女らしくありませんよ。」
「…朝から頑張った私には旦那様の成分が足りないのですよ?」
アシュリーは少し首を傾げジンを上目遣いで見た。
「それでは我々は食事の用意をしましょう。ガブリエル、手伝ってください。」
アシュリーの様子を見たヘレンが食事の用意と称しその場を離れようとする。
ガブリエルはヘレンの同意するように軽くうなずくとヘレンに付き従った。
「「それでは失礼します。」」
二人は恭しくお辞儀をすると階段を降りて行く。
ジンは左右を見回し、誰もいないことを確かめるとゆっくりと扉を閉めた。
そして、軽く微笑みながらアシュリーの方へ身体を向け両手を広げた。
「さぁ、おいで。」
「旦那様〜、」
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ヘレンとガブリエルが一階に降りてしばらくすると、2階の扉から何かにぶつかる大きな音が聞こえた。
(・・・・・・奥様と旦那様の仲が深まるのは良いことです。)
元々ヘレンは男爵家の4女であり、乳母兼教育係として幼い頃よりアシュリーに仕えていた。
教育の中には当然の事ながら結婚初夜の教育もあり、翌朝ヘレンが“本日の予定はお休みで問題ないでしょうか?”と声をかけることになっている。
そして、何の問題もなくすごせた場合、“はい”と返事をすることになっていた。
(あの様子だと明日にでも”はい”のお答えが聞けるかもしれませんね・・・・・・。)
しかし翌日、その希望が叶えられることは無かった。
いつもの通りである。