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第二話 戦士

 背後にアリネズミどもの足音を感じながら、俺は脳内でコバットに問いかける。


(もっと身体強化率を上げる方法はないか?)

『共鳴だ。使い方は頭の中に入ってるだろ』


 不思議だな。たしかに教えてもらわずとも、俺はその能力の使い方を知っている。どういう原理か……考えるのは後だ。


「――共鳴(リゾナンス)


 ドクン、ドクン。

 俺の心臓が先ほどまでより激しく脈打ち、全身が熱くなる。身体が強靭に作り変わって行くのが分かり――なるほど。トーテムの戦士になることの意味を、俺はこの時ようやく理解した。


 フルフェイスのヘルメットを被ったまま、女子中学生を抱えて全力で走る。以前の俺なら数秒で息切れしていただろうが、今は何の負担も感じない。


「あの……改めて、ありがとうございます。助けていただかなかったら、あのままどうなっていたか」


 移動しているうちに、少女が我に返ったらしい。

 俺は努めて優しい声色で話しかける。


「君を助けられて良かった。あと無理に敬語は使わなくていいから。今は緊急時だし、とっさの会話は短く済ませたい」


 俺がそう言うと、彼女は「分かった」と言葉を崩す。子どもにしては物腰が丁寧で落ち着いているが、良いところのお嬢さんだろうか。

 しばらくすると、彼女もようやく気持ちが落ち着いて来たらしい。


「これからどこに向かうの?」

「うーん。悪い、ノープランで逃げてるんだ。緊急事態だと思ってとっさに割り込んだが、そもそも俺はこの辺の地理に詳しくなくて」

「なるほど」


 彼女は何やら思案している様子。


「行き先が未定なら……グルッと大回りして、タワーの近くまで行ってもらうことは出来る? 私の職場があって」

「それは……そこは安全なのか?」

「それを確認したいんだよ。人がたくさんいるの」


 少女は震える手のひらをギュッと握る。

 というか。


「えっと……職場?」

「そう。タワーの見える結婚式場で働いてるんだ」

「中学生が?」

「……社会人です。ちんちくりんで悪かったわね。私はこう見えて二十五なんですぅ」


 まさか三つも年上だったとは。

 ごめん、だいぶ子ども扱いしてしまってた。


「それなら、道案内は任せていいか?」

「うん。ナビは得意なの」


 彼女はそう言って、ニコリと笑う。


「私の名前は神楽シオネ」

「俺は尾引ダイゴ。よろしくな」


 すると彼女は、俺のヘルメットを急にガバッと取り外した。そして俺の顔をジーッと見る。どこかおかしいだろうか。


「入れ墨?」

「え? あぁ、ついさっきトーテムと戦士契約をしたばかりなんだ。戦闘態勢を解除すれば消えると思うが……やはり目立ちそうだから、ヘルメット被せてもらっていいか?」


 そうやって会話を重ねながら、俺はシオネを抱えて走っていった。


 彼女の案内に従って到着したのは、一棟の小さめのビルだった。この建物はまるまる結婚式場らしく、一階はレストランになっていて、二階より上に執務室や打ち合わせスペース、その上に披露宴を行うホールや結婚式を行うチャペルがあるらしい。


 普段は幸せに満ち溢れているそのビルも、しかし現在は、アリネズミどもに食い破られる寸前であった。


 入口に組まれたバリケードを、アリネズミどもがガリガリと齧る。人間たちは震えながら、建物の中から追加の資材を――テーブルや椅子などを運んできて、バリケードを強化していた。


「シオネ、あのビルの内部は安全か?」

「屋上とかならたぶん」

「分かった。俺がアリネズミを片付けるから、シオネはあの人たちを屋上に避難させてくれ」


 俺はシオネにそう頼むと、彼女を地面に下ろす。


「――召喚(サモン)


 強く共鳴している今の状態ならば、トーテムを実体化させることも可能である。そうして勾玉の中から現れたコバットは、みるみる存在感を増していく。


「コバット、頼む。シオネを運んでくれ」

『へいへい、分かったよ』


 コバットはシオネを抱きかかえて飛び、上空からバリケードの内側へ入る。きっと内部は混乱しているだろうが、今は気にしない。俺は自分の仕事をするだけだ。


「――武装(アムド):爪」


 俺の右手の甲に、一本の長い鉤爪が現れる。

 バールのようにも見えるそれは、強固な鈍器だ。


 全力で地面を駆け、膂力に任せて鉤爪を振るう。アリネズミの頭部を一撃で破裂させると、すぐさまその場を離れ、次のターゲットを見定める。

 フルフェイスのヘルメットを被っていても、臭いまでは完全にシャットアウトできない。アリネズミどもの前歯をへし折り、腹を吹き飛ばし、頭部を叩き潰すたびに、漂う血煙は濃くなっていく一方だ。


 一匹一匹に苦戦することはないが、とにかく数が多いな。


 少し日が陰ってきたため、視覚では奴らを捉えづらくなってくる。いつしか俺は目を閉じて、聴覚に集中していた。エコロケーション……超音波による状況把握はコウモリの得意とするところだ。


「とはいえ、ずっと戦い続けるのはキツいな」


 そうボヤいていると、コバットが戻って来る。

 シオネたちの避難が済んだのだろう。


『おう、派手にやってんな』

「コバット。お前も手伝え」

『任せろ。数には数をぶつけようぜ』


 なるほど。それは良い手だ。


「――分裂召喚(ブランチ・サモン)

『よし。オレも久々に暴れるぜ』


 十体ほどに分裂したコバットは、後足でアリネズミどもを捕まえながら飛び、上空から奴らを叩き落して葬る。なるほど、あの戦い方もアリだな。


「――武装(アムド):翼」


 すると俺の背中には、コウモリの翼が生える。

 まるきり悪魔のような見た目だな。


 両腕に生やした鉤爪でアリネズミを引っ掛けながら上空へと飛び、地面に向かって思い切り放り投げる。奴らは空を飛べないから、抵抗もできない。

 とはいえ、時間あたりの処理効率はそんなに良くないか。飛び回りながら頭部を叩き潰す方が手っ取り早そうだ。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 結婚式場に集まってきていたアリネズミどもを軒並み処理すると、俺はコバットの分体にその場の警備を任せ、ビルの屋上へとやってきた。見たところ、シオネは無事そうでホッとする。


 屋上の隅には、数十の人影が震えながら固まっている。


「ヒィ、化け物!」


 一人のオバサンが叫んだ。

 そう言われ、初めて俺は自覚する。


 あぁ、たしかにこれは化け物だ。背中から悪魔のような翼を生やし、両腕には鋭い鉤爪。全身にアリネズミどもの血や肉片を浴び、臭気を振り撒いている。

 顔こそヘルメットで隠れているが、脱いだところで出てくるのは凶悪な入れ墨顔だけだ。


「うああああ、化け物!」

「お、お前がネズミの親玉か!」

「来るな! 来るな!」

「食べないで、食べないで、食べないで」

「今すぐここから立ち去れ!」

「化け物!」


 虚勢を張る者、怖がる者、逃げようとする者。

 反応はそれぞれだが、彼らの声は一様に震えている。


 今の状況ならそれも仕方ないだろう。俺が逆の立場でも、きっと似たような反応をしてしまう。そもそも感謝されるために助けたわけでもないのだ。今さらだが、皆の前に現れる前に身綺麗にしておけば良かったかな。


「見てたぞ! ネズミを肉片にして喜ぶ狂人め!」

「暴れたいなら他所でやれよ!」

「来ないで、近づかないで、食べないで」


――君、ウザいって有名だよ。


 そう。俺は別に見返りを求めて行動したわけじゃないんだ。この人たちも混乱して怖がっているだけ。

 それを理解していても……それでも、なぜか心が冷えてしまう。言葉が何も出なくて、宙を掴もうとした俺の手が、力なく垂れ下がる。あぁ、やはり俺は。


 全身から力が抜け、コバットとの共鳴が解ける。翼も鉤爪も消えれば、そこに残るのは情けない男がただ一人だけ。

 やはり俺にヒーローは無理だ――そんな風に思っていた時だった。


「黙りなさい! みんな聞いてよ! ダイゴは、この人はね、私たちを助けるために戦ってくれたんだよ! 正義の味方なの!」


 そう言って立ち上がったのは、神楽シオネ。

 彼女は小さな体を大きく動かして、皆に訴える。


「ダイゴはね、ネズミに連れ去られた私を助けるためにコウモリの戦士になってくれた。私のお願いを聞いて、みんなを助けるためにここまで来てくれたんだよ。みんな、彼がネズミと戦うところは見てたでしょ! 助けてもらったでしょ! そんな彼にかける言葉は、そんな罵倒なんかじゃない!」


 彼女の迫力に、その場の皆が気圧される。


「ダイゴは震えてた。私を運んでくれた時も、この式場でネズミたちを見た時だって、ダイゴは震えていたんだよ。腕の中にいた私は知ってる。それでも……それでも彼は走ってくれた。動いてくれた。戦ってくれた。そんな彼が化け物? ふざけるのも大概にして!」


 それは強くて優しい光だった。

 あぁ、この人は……なんて眩しいんだろう。


「――ダイゴは私のヒーローだ! 誰にも、否定なんかさせない!」


 彼女の言葉に、胸の奥底から熱い何かが溢れる。

 あぁ、ヘルメットをしていて良かった。こんな表情、誰にも見られたくないからな……そうしていると、胸の勾玉からコバットが現れた。


『キシシシ。良い女じゃねえか、なぁダイゴ』

「まったくだ。さっき口説いとくんだったな」

『勾玉をあいつに渡せよ。そうすればお前は――』


 ドン。俺たちの会話を遮るように、離れた場所で轟音が鳴り響く。一定何が起きたのか……屋上を駆け抜け、音のした方向を見てみれば。


 身の丈が十メートルほどある巨大ネズミが、地下鉄駅の階段を吹き飛ばし、こちらを睨んでいる。


『女王アリネズミってとこか。手下を殺しすぎて目ぇ付けられたな、ダイゴ』

「……勝てるか、あれに」

『もちろんだ。それには良い巫女が必要だが』


 コバットはそう言って俺の背後を見る。

 釣られて振り返れば、そこには仁王立ちするシオネの姿が。


「ダイゴ! 巫女って何?」

「えっと……会話聞こえてたのか?」

「うん。私にも聞こえてるよ、コバットの声」


 そうしている間にも、女王アリネズミはズンズンと大きな足音を立てて歩いてくる。もはや迷っている時間はない。俺は勾玉の首飾りを外すと、シオネに差し出した。


『キシシシ。神楽シオネ。その勾玉を受け取れ』

「うん」

『巫女の役割は、人間の祈りを集めることだ。人々の心に訴えかけ、湧き上がった感情をその勾玉に込めろ。それが戦士の力になる』

「わかんないけど、やってみる」

『よし、巫女契約といこう。俺の名前を呼べ』


 俺から受け取った勾玉をギュッと握り、彼女は胸を張る。


契約(コントラクト)――よろしくね、コバット」


 すると彼女の体から清浄な光が溢れ出て、周囲を満たす。

 そして俺の中に、先ほどまでとは違った力が宿った。


「ダイゴ、行けそう?」

「あぁ。シオネはここでみんなを頼むよ」

「分かった。私はダイゴに力を送るね」


 そう言ってシオネは柔らかく微笑んだ。

 西の空を見れば、太陽は地平線の下まで潜り込み、夕焼けの名残りが世界を薄ぼんやりと赤く照らしている。


『ダイゴ、力の使い方は分かるな』

「もちろんだ、コバット。いくぞ」


 黄昏時。

 今こそ、コウモリが覚醒する時間。


「――変身(トランスフォーム)


 そう宣言すると、腹の奥底から湧き上がる溶岩のような熱が、一気に全身を満たす。そして、俺は戦うための身体へ――コウモリの戦士へと生まれ変わった。


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