悪戯は、恋煩う。
私、遠野千春は人生で初めての恋をしていた。
これまでは自分に自信のない人生を送り続けていたから、自分が誰かに好かれる、ましてや誰かのことを好きになるのなんて烏滸がましい、そう思っていた。
でも高校に入ってから、いろんな人に容姿を褒められるようになって…自分に自信が付いてきた。それは良いことなのだが…同時に、好きな人が出来てしまった。
別に悪いことじゃない。そんなことは分かっている。誰かを好きになるのは良いことだと思うし、そこから始まる出会いだってある。でも…何かが引っ掛かっていた。
…やはり、自分の心の底ではまだ自分に自信が持てていない。
彼に興味はある。彼はホルンの神童だと聞いているが、そんな人は他の楽器に目もくれない、ましてや他の人に興味さえない、冷淡な人とばかり思っていたが、全くの杞憂だった。思いやりに満ちているし、フルートにもかなり精通していた。やはり餅は餅屋、蛇の道は蛇というようにある程度他の楽器も極めているのかもしれない。
…でも、彼の目には私だけ映っているわけじゃない。
分かってはいるが、辛い。
頭が私だけを考えて、瞳が私だけを捉えて、体が私だけを追い求めてくれればいい。
私だけに感けてくれればいい。そんなことを何度も考えた。
…好きだ。
「…夕透くん…。」
あの人は今誰と居て、誰を見て、何をしているのだろうか。
無力な私には、知る由もない。
「…はっくしょん、ずるっ…。」
「お兄ちゃん風邪引いた…?」
「そうかもな…ちょっと今日は部屋篭っとくわ、璃夜と宵に移したら悪いし。飯とかは俺がやるから腹減ったら言いに来てくれ。」
「ん、分かった。」
「お兄ちゃん…大丈夫…?」
「宵は優しいな、大丈夫だよ。宵もちゃんと手洗いうがいしろよ、分かった?」
「うん!私がんばる!」
「『体調が優れないので休みます』かぁ…大丈夫かな結宮くん。」
「あの子ほっそいもんね…身体弱そうだけど…。」
「てか夕透くん無しで合奏って初じゃない?一年ホルン大丈夫かな…。」
「…まぁ深凉ちゃんとかいるし、今日の曲そんな難しくないからいけるでしょ。」
「…まぁ確かに…って、噂をすれば電話が…。もしもし?」
「あぁ楓先輩、お疲れ様です…。今日ほんとすみません、わざわざ日にち空けてもらってたのに…。」
「全くねぇ…どこまで君はお人好しなんだか…そんなの気にしなくて良いの、体調不良なら仕方ないでしょ。」
「…ありがとうございます、次回までには治すんで…。」
「はいはい、謝るのやめ!ちゃんと休んでね、分かった?」
「…はい。」
「おーい、今の間は何だね?」
「…何でもないです。」
「…間違っても譜読みしようだなんか考えちゃダメだよ、いいね?」
「…ハイ。」
「ん、よし。待ってるからね。…全く、ほんとホルンバカだなぁ…。」
「…かえかえ、その彼女ムーブみたいなのやめて?」
「ば、ばかっ、そんなんじゃないし!ほら全ミするよ!」
「逃げた。」




