悪戯は、観念する。
…ぱい、…先輩…
「澄夏先輩!」
「あ、ごめん、どうした?」
「私ここのフレーズの吹き方がずっと分かんなくて…」
「うーんとね、ここは16分休符が沢山あるじゃん?だからちゃんと意識しないと周りとずれてることよくあるからそこに注意かな、あと…」
「なるほど…ありがとうございます!」
「んーん、頑張ってね!…はぁ。」
なんだか最近、溜め息が多くなってしまった。
…理由なんて、分かりきっている。でも一旦意識するときっともう…今度は我慢できない。彼との約束を破ってしまう。彼とのハグをやめてから、練習にも割と集中出来るようになった。しかし…彼とくっ付けていない分、寂しさは増すばかりだ。トレードオフな関係にもやもやしながら、楽器庫からホルンを取り出そうとした。
…中に、彼とホルンの1年生の子が居た。女の子が恥ずかしそうにもじもじしながら彼に視線を送り…彼も何やら困っている様子で頭をポリポリ掻いている。突然、女の子が頭を下げて手を彼に差し出し…って、これって…
「あぁ、えっと…」
「…だめ…かな、私夕透くんのこと…。」
「いや、嬉しいんだけど…。」
「じゃあいいじゃん、私にしてよ…。」
「…うーん…。 」
「…未橋先輩がいるから…?」
「え?」
「…夕透くんって、未橋先輩のこと好きなんでしょ、」
「いや、それは…先輩としては好きだけど…」
「…じゃあいいじゃん…私じゃやだ…?」
…すごい可愛い女の子だ。うちのパートにはいない子、恐らくフルートとかトロンボーンとか…そっちの辺りだろう。…いや、彼女が誰かとかはこの際いい、問題は…。
「俺まだ君のことよく知らないからさ、まずはお友達からでどうかな…?」
「彼女になってくれたらもっと深いところまで教えてあげるよ…?」
「いやそうかもしれないけど…そもそも名前も知らないし…。」
…なんだか彼が押され気味だ。彼は女の子を傷付けることは絶対にしないし、相手の要求はなるべく叶えてあげる。だがそんな彼でもいきなり恋人になってくれと言うのは難しいのだろう…。
…その言葉は、私にも刺さった。
「お願い、もう夕透くん以外目に入らないもん…だめ…?」
「…今すぐに付き合うのは難しいかな、ごめんね、せっかく時間作って貰ったのに。」
「…ううん、私もいきなりごめん。もっと仲良くなってから…また来るね。ありがとう!」
ガラガラ
「あっ、」
「……(ぺこっ)」
「………」
「…澄夏先輩…?いつから居たんですか?」
「…あの子が夕透くんに告白して頭下げた時…かな。」
「…めちゃくちゃ最初からじゃないですか。」
「…OKしないんだね。」
「…澄夏先輩が居ますから。」
「…え?」
「澄夏先輩から告白してもらったのに答えないまま他の人と付き合うなんておかしいです。失礼です、そんなの。」
「…ばか、ほんとそういうとこ…。」
「え?」
「…何でもない。練習戻ろ。」
「あ、はい…。」
本当のことを言ったにも関わらず、澄夏先輩の機嫌は良くなるどころか悪くなるばかりであった。