悪戯は、万全を期す。
…彼からハグ禁止令を出されてしまった。まぁ、ありがたいけど…。
「…うぅ…。」
早速悶々として来てしまった。彼と会えなくなる訳でもないのに…ハグが禁じられただけでかなり辛い。
やだ、彼とくっ付きたい。ハグしたい、ぎゅーしたい、して欲しい、もっともっともっと…。
徐に抱き枕を抱き寄せ、力無く抱きしめた。
建前は私の彼への依存をストップするためなのだろうが…きっと本音は…私のことが…。
腕に力を入れた。拒絶なんて嫌だ。私は彼だけが良いのだ、彼だけが…彼じゃなきゃ…。
…またこの感覚だ。手足の先が痺れ、鼓動が速くなり、体が熱くなる。
彼とはもう暫く…下手したら、もう二度と…。
「…やだ…やだやだやだ…っ…!!!」
まだ彼とは出会ったばかりだ。2ヶ月ちょっとしか経っていないのに…もう疎遠になるなんて…
さらに力を込め、形が崩れるほど抱きしめる。
本当なら勝手に約束を破って抱きしめれば良いのだが…きっと彼も許してくれるだろう。でも…
それは彼に対して失礼だ。せっかく自分に向き合ってくれたのに、その優しさを無下になんてしてはいけない。
やり場のない欲求を無機質な抱き枕にぶつけ、ゆっくりと眠りに落ちた。
…人の好意に向き合うのがこんなにも大変で辛い事とは思わなかった。
別に、好意を向けられるのが嫌ではない、でも…できれば穏便に行きたい。これから二年間ほどお世話になる部活で、自分の招いた色恋沙汰で部が無茶苦茶になるのは…あってはならない。何とも贅沢な悩み事だ。
でも本当は…心のどこかで…あいつをまだ…。
「はぁ〜…。」
遠い昔の好きな人を諦められない自分に嫌気が刺す。もうきっと会えないのに。話せないのに。あの笑顔を見ることは出来ないのに。初恋とはきっとそう言うものだ。何年もぐずぐずと心の奥底に棲み着いてしまうものなのだ。
…いや、それは単なる甘えだ。そう言ってきっと自分は澄夏先輩からの好意を有耶無耶にしてしまおう、そう考えているに違いない。自分の情けなさに熟々(つくずく)呆れる。何で自分には他に考えるべきことがあるのにそれを優先しないのだろう、楓先輩の優しさにも澄夏先輩の情熱にも深涼さんの不器用さにも気付いていたはずなのに。自分が嫌いだ。あんなに魅力的な人を縛り、その責任も追えていない自分が…どうしようもなく。
「…ふう。」
ダメだ、思考が負のスパイラルに陥っている。短く息を吐き気持ちをリセットし、勉強に取り掛かった。
それからというもの、澄夏先輩からの過度な接触は無くなった。たまに我慢できないのか手や肩をわざと当てて来ているが…まぁ、このくらいは。
それと反比例するかのように、見るからに深凉さんの機嫌が良くなった。元々根暗だったとかいうわけではないのだが、前にも増して溌剌としている気がする。…流石にそこまで鈍感な訳ではない。きっと澄夏先輩と俺が少し疎遠になったから…多分うきうきしているのだろう。まぁ、嬉しいやら複雑なやら…仲良くして欲しいのが本音だが。
…恋心に気付くのは嬉しいと同時に、怖い。まだ告白されてすらないのに、勝手に今後のことを考えたり、どうしようも無い焦燥に駆られて落ち着かない。烏滸がましい事だなんてわかっている。でも…でも…二度と、恋心に気付けないまま、相手と別れることはしたくない。自分には…向き合う義務がある。