悪戯は、場を俯瞰する。
…なんだか、最近澄夏先輩の様子がおかしい。頻りにハグをせがんで来るようになっている。あの頃のクールな第一印象はどこへやら、今はもうへにゃへにゃな先輩である。別にハグが苦しいとか、澄夏先輩が嫌だとかそういう訳では無い。…訳では無いのだが…。
…申し訳ないが、今は澄夏先輩だけの好意に応えることは出来ない。勿論澄夏先輩のことは慕っているし、自分には勿体ないくらい素敵な人だ。だからこそ…他の人を蔑ろにする様な真似は許されない。ただ…なんというか…澄夏先輩のハグはすごい。全てを包み込む圧倒的母性を感じた。あれを繰り返すと抜け出せなくなってしまいそうだ。果たして自分は誰を選ぶべきなのだろうか。依澄さんに対しても曖昧でお茶を濁した回答をしているのにこれ以上有耶無耶にしてはいけない。
…それにしてもみんな、揃いも揃って何で自分なんかを好きになったのだろうか。単純に理由が気になる。自分にそんな彼女達を惹きつけるのに値する魅力があるようには感じないが…。あの人たちは自分に何を求めているのだろうか。好きになってもらえるのはもちろん嬉しい。むしろ恐れ多いまである。
「お兄ちゃん?ご飯冷めちゃうよ?」
「え?あぁ、ごめんごめん。いただきます。」
「…で、ここを代入すると①の式と等しくなるので…。」
…今日も相変わらず夕透くんがかっこいい。席替えなんてもうしなくて良いのに…。
「じゃあここちゃんと復習しておくように。終わります。」
「んっ…はぁ、終わったぁ〜…」
「お疲れ様です、遠野さん。」
「夕透くん…お疲れ様。」
「今日の授業は寝てませんでしたね。」
「べっ、別にいっつも寝てるわけじゃないし…!」
「いつもだなんて言ってませんよ。今日は頑張ってましたね。」
「あ、うん、それは…その…夕透くんが隣だから…」
「はい?」
「あ、いや、あの、夕透くんが隣だからこう…ちゃんと迷惑かけないようにしなきゃなっていう…!!」
「はは、遠野さんが迷惑だなんて思うわけないじゃないですか。」
「ほ、ほんと…?」
「はい。もちろん。」
「…///…えへへ、ありがとう…。」
「今日部活オフですよね、なんか予定あるんですか?」
「いや、特にはないかな…夕透くんは?」
「僕は自主練に勤しみます…。」
「はぁ…ほんと、夕透くんはストイックだなぁ…。」
「いや、ちょっと課題曲が大変で…フルートはそんなですか?」
「まぁそうだね…Fからはちょっと難しいかも?」
「確かに、主旋律ですもんね。」
「え、他のパートのことまで覚えてるの?」
「合奏で合わせるためには大事ですよ、他のパートの把握も。」
「…ほんと、凄いなぁ夕透くんは…。」
「いやいや、自分はそんな…。」
「…そんなんだから皆から…。」
「なんか言いました?」
「いや、何でもないよ。それじゃあお疲れ様。自主練頑張ってね。」
「ありがとうございます。また明日。」
「あ、ハンカチ忘れた…タオルタオル…えっ…?」
「…ふぇっ…?」
「み、深凉さん!?何でこんなところで着替えてるんですか!?」
「いや、これは違、その、更衣室まで行くのが面倒で…!っていうか早く出てって!!」
「はぁ…びっくりした…。」
「いや、それはこっちのセリフなんですけど…。」
「だって…放課後誰か来るなんて思わないじゃん、ましてや部活も休みなのに…。」
「いや、倉庫ぐらい来るに決まってるじゃないですか…。」
「…あ、のさ…。」
「…?」
「…どこまで見た…?」
「…何も見てないです。」
「嘘つき!そんなわけないじゃん!」
「…下着が…見えました…。」
「…!?///…へんたい…。」
「いや、元はと言えばあんなところで着替えてた深凉さんの方が…!」
「う、うるさい…!…はぁ、もうお互いこの件は無かったことにしよう、ね?」
「…はい。」
「ん、よし。」
「…プーーーーッ(別にあれ俺悪くなくね…??)」
「…ほほう、自主練とは感心だね夕透くん。」
「お疲れ様です部長。」
「あれ、すみすみは?」
「いや、今日はまだ…珍しいですね。」
「だね〜…あ、よかったら一緒に合わせない?Allegroから本当に吹けなくてさ〜…」
「僕もそこやろうと思ってたところです。良いですよ。」
「ありがちょ!楽器取ってくるね。」
「はい。」
「…あ、夕透くん。」
「未橋先輩…お疲れ様です。」
「…む〜…名字呼びになってるよ、私のこと。」
「あ、ごめんなさい…。」
「…いや、謝らなきゃいけないのは自分のほうだね、ごめん。この間は急にあんなこと…。」
「…いや、大丈夫ですよ、気にしないで下さい。」
「…なんかね、最近夕透くんのこと考えてたら…胸がきゅんきゅんしちゃって…何かに抱きつかないと、その…抑えられなくなっちゃうようになって…。」
「…は、はぁ…。」
「…べ、別に四六時中夕透くんのこと考えてるって訳じゃないよ…!?……いや……。」
「…どうしました?」
「…正直、ずっと考えてる。君のこと…。」
「…え?」
「いや、正確には考えざるを得ないっていうか…何だろう、もう…夕透くんのことで頭がいっぱいで…。」
「最近ずっと…頭に靄が掛かってるというか…頭が回んないっていうか…言語化は難しいんだけど…その…。」
「…とにかく、好きなの。夕透くんのこと…。」
「…あ、ありがとうございます。」
「…夕透くんはさ…私のこと、好き…?」
「…え?」
「告白の返事を欲してるって訳じゃなくて…ちょっとでも…その…。」
「…私にきゅんっとしたことがあるかどうかは…教えてほしい…。」
「…それは…ちょっと今は分からないです。」
「…なんで…?」
「…なんでと言われましても…どこからがきゅんっとしたかが分からないのでなんとも…。」
「…それは、今どきどきしてないから…?」
「別にそういう訳じゃなくて…単純に基準がわからな」
ぎゅっ
「澄夏先輩…!?ここ学校ですよ!?」
「…私は、どきどきしてるもん…ずっと…。」
どくどくどくどくどくどく
「…聞こえる…?私の心臓の音…速いでしょ…?」
「…。」
「…だめだ、私また…きゅんきゅんしてきちゃって…身体が…。」
「じゃ、じゃあ一回離れましょうよ!」
「だっ、だめ…!…離れるのは、やだ…。」
「…最近どうしたんですか、先輩なんか…おかしくないですか…?」
「…おかしくない、これが私だし…。」
「…まぁ、なら良いんですけど…いや良くはないですけど。」
「…すんすんっ…夕透くんの匂いすき…もっと、もっと嗅ぎたい…こっち来て、もっと近付いて…?」
「あの、これ以上は流石にやめません…?そろそろ名塩先輩来ちゃいますから…。」
「…私より、楓のこと気にしてるんだ。」
「いや、そういう訳じゃなくて見られた時の話を…!」
「…やだ、ぎゅーしてる時ぐらい私のことだけ考えて…。楓のことなんか…気にしないで…。」
「怒られるのは多分僕の方なんですけど…。」
「…ちゃんと、答えてよ…夕透くん…。」
「…好き…?私のこと…。」
「…。」
「黙ってちゃわかんないよ、ほら、早く…。」
「……。」
「…ね、ねぇ…早く答えてよ…じゃないともう…私…。」
「………。」
「…我慢できなくなっちゃうから…早く…っ…。」
「…………。」
「…夕透くん…っ…、夕透くん…っ…!」
ガラガラ
「よしゃ、早速問題のAllegroを詰め…はえ?」
「あ、良いところに楓先輩、なんか澄夏先輩顔赤くて体も熱いんで熱あるんじゃないかと思うんで…保健室まで連れ添ってもらっても良いですか?」
「えぁ、うん。行くよ澄夏…。」