悪戯は、愛に囚われる。
…少し前、彼の家に行ったことがあるという深凉ちゃんから彼の家の位置を教わった。割と分かりやすい位置にあったので覚えている…尤も、こんな動機で記憶を呼び覚ますとは思ってもみなかったが。
普段体育の授業以外で滅多に運動をしないのでとても疲れる。たかが600m程なのにこの息の切れよう。小さい頃の自分と比べると情けない。
そして彼の家に着いた。早く、早く彼が欲しい。息を整える間もなく、インターホンを押した。
「…ん?こんな時間に珍しいな…ごめん璃夜、先宵と一緒に飯食っといてくれ。」
「ん。分かった。」
ガチャ
「こんばんは…え?澄夏先輩…?」
「…こっち、来て…。」
「あ、はい…。」
「…ごめん、夕透くん…。」
「…ごめんって、何に対し」
ぎゅっ
「え、澄夏先輩…!?」
彼を抱きしめた瞬間、電撃のような何かが体を痺れた。ずっと、ずっと抱きしめたかったあの彼が今は目の前にいる。それだけで卒倒しそうなほど嬉しい。
「…夕透くん…夕透くん…っ…。」
「は、はい…?」
「わ、私…夕透くんのこと…大好きなんだよ…?伝わってる…?」
「え、っと…それは伝わってますよ…?」
「嘘だ、今日いっぱい女の子と話してた。やだ、やだ…夕透くんは私のものがいい…。」
「あ、あの…別に俺は誰の所有物でも…。」
「…ねぇ好き、大好き…夕透くん好き、愛してる…もっと、もっとぎゅー…。」
ぎゅっ
「す、澄夏先輩…?どうしました…?」
「…夕透くんからもぎゅー…ほら、早く…して…?」
「お、俺からもですか…?」
「そんなの良いから…今すぐして欲しいの、ほら、ぎゅーって…。」
「…は、はい…。」
ぎゅっ
「ひゃっ…!?(びくんっ)…う、うぅ…好き、夕透くん…大好き…。もっと、もっと強く…。」
「…あ、あの、流石にこれ以上は…。」
「…夕透くんが他の子と仲良くしてるともやもやしちゃう。やだやだ、夕透くんには私だけ見てほしい…。他の子なんて見ないで私だけ見て…。」
「…だからその、何があったんですか…?」
「…うぅ、うるさい…!ぎゅーするの…!」
「もうしてますけど…。」
だめだ、全然収まらない。どうしてしまったのだろうか。自分の身体が自分じゃないみたいだ。我慢できない、もっと彼を感じたい。
「…ゆ、夕透くん…。」
「…何ですか?」
「…お願い…ちゅー……して…?」
「…え?」
「私、夕透くんが居ないと…やだ、三日間も会えないなんてつらい、やだやだ…。」
「だから…ちゅーしよ…?そうしたら…我慢するから…頑張るから、私…お願い…。」
「…流石にキスは…恋人とかじゃないと…」
「…前したじゃん。」
「いや、あれは…その…。」
「…ダメ…?私ともっかいちゅーするの嫌だ…?」
「あの、ほんとに落ち着いて…。」
「……。」
全く状況が把握できない。まず何で家を知っているのか。何で急にハグをせがんできたのか。ましてやキスさえ。
普通こういうのはもっと親密な関係性の人たちがすることであり、自分と澄夏先輩はその域には当たり前に達していない、そう思うのだが…。
「…ちゅー…したい…ちゅー…。」
…こんなに涙目で情に訴えられるとなかなか心に来るものがある。しかしそれとこれとは話が別だ。明らかに澄夏先輩が正常でない今、自分だけの判断で物事を進めるべきではない。申し訳ないが断る他ない。
「…ごめんなさい、流石に以前一度したとはいえ、キスは…。」
「…やだ…ちゅーしたい…我慢やだ…うぅ…!!」
ぐいっ
「あ、ちょ、危な…っ!」
どさっ
奇しくも前と同じように彼を押し倒してしまった。
「…こっち向いて…。」
「…あ、あの…。」
「夕透くん。向いて。」
「…。」
「…すき、だいすき…。」
「ごめんね…かぷっ。」
…やってしまった。また彼の意向も聞かないまま…唇を奪ってしまった。ハグだけで終わろうと思っていたのに…彼を目の前にするとどうにも歯止めが効かない。これは早く治さないとダメだ。…でも…。
「………♡」
三日分の彼を摂取出来たので…私としてはこれ以上ない結果だ。